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039

「イリアル!!」


 昼間のギルド長室。怒号とともに飛び込んできたのは、いつもの幼女姿のノーンだった。片手には新聞が握られており、彼女の様子から原因はそれであると推測できる。

 部屋には肝心のイリアルはおらず、仕事をサボって女漁りというものだ。代わりに居たのは酷く驚いた顔をしていたペトラだった。


「どうされましたの?」

「ん!」


 ペトラの座るソファの前、ローテーブルの上に新聞を叩きつける。ノーンはペトラの前のソファにどかりと座り込んだ。

ペトラは少し急ぎ気味に紅茶――甘めの紅茶と茶菓子を用意して、再びソファに腰掛けた。目の前に置かれた新聞を手に取り一面を読めば驚愕する。


「――《某権力者に似た人物、暴力行為か》」

「ふん」


 そこに描かれていた絵は、確実にイリアルを想像させる絵だった。そして書かれている内容はタイトルの通り。イリアルがスラム街で誰かを殴っているのを目撃した、という情報だ。

 イリアルは多方面に敵を作っている。レスベック=モアの姓を持って受ける罰が恐ろしく震える人間も存在するが、それに対抗して戦おうとする――所謂正義の味方も存在するのだ。

その時のイリアルの気分によって対処方法も異なるが、大抵は死んでいた。

故にこの記事に携わった人間は、イリアルの気分次第では死ぬ道しか残されていない。

 しかしながらメディアには案外敵が多く、その処理の面倒さからイリアルも放置することがたまにあったのだ。そしてその残りカスが行った仕打ちがこれである。


「そういえば先日――酔って帰宅した日があったと執事の方が仰ってましたわ」

「その日か……! その日ならば我もペトラもついていなかった日じゃないか」

「確かにそうですわね。エレーヌを付けるべきでしたわ……」


 はてさて問題の人物は今ここにはいない。二人が悩んだところで解決案が決まるわけではないのだ。

恐らく当の本人はまた美女を引き連れてホテルにでも籠もっているのだろう。ローゼズの一件が片付いて荷が降りたというか、ストレスが減ったのか更に女遊びが酷くなっているよう感じた。

いやローゼズを引っ張り出す作戦のために、我慢していた分が爆発したと言っても間違いではない。


「わたくしの時のように時間を逆行してみるのはいかがですの?」

「可能だが面倒だ。場所も分からぬしな。それにこれはイリアルに疑惑が掛けられているだけで、事実とは限らない……。いや我らからすれば、事実のようなものだが」

「ではイリアル様のお名前で、新聞社ごと……」

「金持ち思考は怖いな……。だがただ単純に消すのであればつまらぬな……。二度とこのような愚行が成されぬよう、他の会社にも見せつけねばならぬ」

「見せしめですの。素晴らしいお考えですわ」


 ぱん、と両手を叩いてニコニコと微笑み称賛する。このずる賢い少女は、ノーンの中では子供同然。そんな愛し子に褒められて嬉しくないものがどこにいようか。

この魔王の母も同じである。自慢気に「ふふん」と鼻を鳴らせばその態度で見て取れる。

 ペトラもペトラで褒めた相手が嬉しそうにしているのを見て、更に微笑んだ。

 二人はイリアルが帰るまでに出来るだけ計画を話し合うことにした。イリアルの「やだ」の一言で全てが崩れる可能性も大いにあるが、それを差し引いてもノーンとペトラが話し合うだけでも楽しかったのだ。




 当たり前といえばそうなのだが、その日中にイリアルがギルドへ顔を見せることはなかった。相当楽しんだのだろう。

夜も更けて二人がレスベック=モア邸に帰宅すると、ワインを片手に夕食を待つイリアルが居た。ホテルから直帰したのだろう。

こんなだらしのないギルド長が上に立っていようが、あの冒険者ギルドは問題なく回っている。優秀な部下達に感謝、というところだろう。

 とはいえ、イリアルという名の悪質クレーマー対処窓口がなければ、更に混乱を極めていただ。一応こんな体たらくでも、必要不可欠なのだ。


「おい、イリアル。貴様、新聞を読んだか?」

「うん? 女の子がなんか言ってたかも」

「……読んでいませんわね」

「はぁ……。見ろ! 貴様らしき貴族風の人間が、スラムで人を殴ったと書かれておる。明らかに貴様をピンポイントで批判したがる会社だ。どうする?」

「うん? うーん、別にいいんじゃない」

「んなッ……」

「だって勝手に潰れてくよ、そこ」


 新聞社というのは、必ずスポンサーが存在する。それは貴族であったり冒険者であったり様々だが、何かしら金を出してくれる人間がいる。

このイリアルを糾弾している会社だって例外ではない。多数の貴族達などから、金をもらい新聞を世に送り出している。


 しかしよく考えてほしい。

貴族――王族すら恐れるレスベック=モアの人間を、非難している。そんな会社の援助を続けようと思う馬鹿がどこにいよう。優先すべきは(おの)が命である。

そんなわけで、そういった新聞が出回ったらスポンサーは降りていく。新聞社も先立つものが存在しなければ、出せる記事もないというものだ。

 イリアルはいつからかそういうことが起きると知っていた。だから黙っていた。

 恐らく彼女の言う通り内容は今晩の相手にでも教えてもらったのだろう。どういう反応を示したかは知らないが、今みたいに余裕を見せていたに違いない。


「むぅ……。そうか。金持ちの思考には至らなんだ」

「オウサマなのに?」

「我は金でのし上がった王ではない」


 三人が食卓に揃ったことで、キッチンから今晩の食事が運ばれてくる。ノーンは乱雑に椅子に座ると、マナーもへったくれもない作法で食事にありついていく。


「でも良いんですの? どうせ暇なのでしたら、遊んでみては」


 口を開いたのは今まで静観していたペトラだ。貴族の令嬢だった通り美しい所作で食事を口に運ぶさまは、なんとも優雅である。屋敷の主(イリアル)もノーンよろしくマナーなんて気にしていないが、彼女はノーンと違ってやろうと思えば同じく美しいマナーで食事が出来るのだ。

 さてマナーはさておき、ペトラの発言だ。つい先程まで「興味がない」といいそうなイリアルだったが、そこでピクリと反応を見せる。


「見せしめにするのです。ノーン様と話したのですけれど、本人ではなくじわじわと関係者をなぶっていくんです。我々にあだなす愚か者はこういう風になると」

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