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5.金のぶどう邸

『金のぶどう邸』。


 それは首都の最北端に位置する、孤立した小さな学園寮である。

 1月の家賃が1.5万ルッツという激安料金に加えて毎食寮飯がついてくる。

 もはや事故物件ではなかろうかというほどの首都最安値を誇るこの寮だが、これほどまでに人気が無いのは外観がまるで幽霊屋敷の雰囲気があるからだろう。


 夜になればフクロウと野犬が辺りを飛び回り不気味な香りすら漂うこの地が、ぼくの入学時からの帰る場所になっていた。


 ツタが絡む金属扉を開けば、暖色系の灯りがぼくを待ち受ける。

 ガチャリと音を立てて扉の中から笑顔で飛び出してきたのは一人の少女だ。


「あ、ラクトさんお疲れさまです~! 聞いてください、今日はゴーレムロードさんが遊びに来てくれたんですっ!」


 古き良き白い割烹着に身を包む、茶髪のショートカット。

 線の細い体躯。手に持ったお玉の上には紫色の魔石が乗せられている。

 背中に背負った銀色の大剣と身に纏う割烹着という組み合わせは、どうみても異様である。


 そんな笑顔でぼくを出迎えてくれた直後、『金のぶどう邸』の女将さん――ティキ・カルミンはしゅんとした表情で呟くのだ。


「ゴーレムロードさんがご飯たくさん食べちゃったので、ラクトさんの分がなくなっちゃいました……。い、今から裏の森で狩ってくれば、魔獣の肉くらいならお出しできるので行ってきますからね、はい! 今の時期なら筋肉狼(マッスルウルフ)の魔石煮込みやマンドラゴラの絶鳴焼き、ゴーレムロードの柔石ステーキなどを提供できるかと思いますよ! 魔力を取り込み精力アップ間違い無しです!」


 大剣の柄に手を掛けてふんすとやる気を見せるティキさん。

 ぼくと同じくらいの年で、大剣を全く苦労なく振り回すこの子がなぜ冒険者稼業をせずにこのような寂れ隔離されたような寮の女将さんをやってるのかは甚だ謎だ。

 でもここに人がめったに来ない理由は、このようなちょっとサイコみある彼女にこそあるように思う。


 深夜に突然聞こえてくる悲鳴のような断末魔は、ティキが庭先でいつも魔獣を解体している時に聞こえてくる声だ。

 ただでさえ能力が低いと言われて助成金が少ないんだから、こういうところではぼくが我慢していかないとね。


 笑顔で門を飛び出していこうとするティキさんの背中をぐっと掴んで、ぼくは言う。


「ティキさん、今日は大丈夫なんだ。それより――」


 ぼくは、ぼくの腕の中ですやすやと眠る小さな女の子に目を落とした。


「……ふぇ?」


「えぇと、色々あってこの子のお世話しなくちゃならないんだけど……まずはお風呂に入れてあげてくれないかな? その、ぼくが何かしちゃうわけにもいかないからさ」


 ぼくがそう言うと、「なるほどです! おまかせください!」とたゆんとした胸をドンと打った。

 背中の大剣をゴトリと落として、ぼくから少女を受け取ったティキさんは宿屋の中へとすっ飛んでいった。


「大剣なんて持たずにあのままなら、絶対お客さんもっと増えるはずなんだけどな」


 少しだけ溜息をつきながら、ぼくはティキさんの落とした大剣を――。


「んぎぎぎぎぎ……! にぎぎぎぎぎぎ……!!」


 ――持つことは出来なかった。


 ティキさんは、とんでもない馬鹿力を持っていることを忘れていたよ……。

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