3.Fランク
おかしい。そんな訳がない。だって帰還術式は、ほとんどの魔法力も使用しないんだ。
何なら、伝説の神龍でさえも呼び出すのは一苦労。帰還は一瞬だって嘆くくらいなのだから。
「……まさか、そんな訳がないよ。召喚術師なら、呼び出すことは出来なくても還すのはいかに低級魔術師でも誰もが出来ることなんだからさ、ははは」
何度も何度も帰還術式を展開した。
それでも、彼女の身体は軽く光るだけで少しも帰還の様子を見せなかった。
「……あはははは……ははは……」
苦笑いを浮かべるしかないぼくに、その子は小さく頭の上にはてなマークを浮かべていた。
「どういうこと……?」
ぼくの頭は、ますますこんがらがっていった。
「よぅラクト。何してんだ、こんな所で」
「グリエル!」
「聞いたぞ、お前ロリっ娘願望があったそうじゃないか。まぁ、いつまで経っても向こう側に還さないって事はつまり――」
「んなわけあるかっ! いや、さっきから帰還術式を発動させようと思ってはいるけど、全然発動しないんだよ」
ぼくが再度グリエルに見せつけるようにして帰還術式を発動させるも、やはり少女の身体は淡くピンク色に光るくらいで帰還の片鱗さえも見せようとしない。
術式から出てきた女の子は、ぼくの上着をしっかりと掴んで術式の上でうとうとうたた寝してしまっていた。
「ほーぅ、こりゃ面白い。呼び出すのとは逆に、帰還は召喚対象の存在比率から鑑みて百分の一ほどの魔法力しか使わないことを考えると、ラクトの魔法力が絶望的に低いか、あるいは――召喚したこの女の子が、常人の百倍の魔法力を持ってるか、ってとこか?」
「ないない。それこそ有り得ないよ。ぼくだって人並みかそれ以上くらいは魔法力がある。それは測定授業の時に既に分かってることだからね」
「そーいやそうだったな。ま、こんな女の子にそれほどの魔法力がある気配もない。ってことは原因は一つだろ」
そうぼくの肩をポンと叩いたのはグリエルだ。
「どうやらFランクくんは突きつけられたショックで上手く術式を展開させられないようだな。っはっはっは」
「むっ……」
「召喚術師の召喚術はその時のメンタルに大きく左右されるって学んだだろ。Fランク落ちを言い渡されただけでメンタルが保てないとは、お前もまだまだだなぁ?」
カラカラと他人事のように笑うグリエル。
確かにグリエルは運動能力だって抜群の方だ。
鬼教官から与えられた追加の腕立て一セットも難なくこなすし、どちらかというと《召喚術師》というよりは前線に出て戦う方が性に合っているような気がする。
これが神から提示される天職の理不尽なトコでもあるんだけどね。
本人とは無関係に天職は啓示されるってのは。
「ハッ。見てろよ。出でよ――召喚ッッ!!」
最高に格好つけながらグリエルは召喚術式を展開した。
青く丸い召喚術の上に、光が集約して球体が現れる。
「きゅうっ!」
ぽよよん。
ぼく達の前に現れたのは一匹のスライムだった。
「きゅっ! きゅぅっ! きゅっ! きゅぅっ!」
ぽよん。ぽよよん。ぷにっ。ふにっ。
スライムがぼくの足下に突撃攻撃をかましてくる。
全然痛くない。びっくりするほどに。
「スライムだ。凄く可愛いだろう。最高にキュートだろう」
「グリエル」
「俺は満足しているんだ。なぁ、こんなに可愛いだろう。っはっはっは、ぷにぷにだぞ。ぽよっぽよだぞ」
「涙拭きなよ、グリエル」
「……これから一年よろしくな、ラクト」
「なんで見栄張ったのさ」
「ロリっ娘好きと同レベルになったのかと、絶望が絶望を呼んでしまったからな」
「だからそういう趣味はないってば!」
「はっ! 俺はお前とは違うからな! 召喚っ! 召喚っ! 召喚っ! 召喚っ! しょうかぁぁぁぁんっ!!」
「ぷにぷにっ!」「ぷぅっ!」「ぱうるっ!」「ぽよぽよ~!」「ぷるるるるんっ!!」
グリエルは涙ながらに連続で召喚術式を幾重にも展開した。
出てくるのは、可愛い可愛いスライムたちだ。凶悪な魔物の姿は一つも無い。
『ぷるる~!!』
全員が総攻撃でぼくの足をぷにぷに突っついてくる。
「栄光の未来を期待してた俺が、バカだったぁぁぁぁぁ!! うぉあぁぁぁぁ!!」
「ちょ、グリエル! この子たち放ってどこ行くの!?」
「Fランクなんざ冗談じゃねェ! 冗談じゃねぇぇぇぇ!!」
いつもクールで余裕ぶってるグリエルが全力疾走でぼく達の元から離れていった。
「しょ、召喚獣を置いてけぼりにする召喚術師ってなんだよ……」
ぼくが呆気にとられていると、ふと後ろの方でぼぅっと小さな音がした。
「ごしゅじんさまへの攻撃、許さない」
ぞわりと、背筋に鋭い悪寒が走る。
「――殲滅魔法、大魔王の逆鱗」
瞬間、世界が紫色の炎に包まれた。
『――ぎゅるぼ……ッ!?』
ぼくに群がっていたスライムたちが、綺麗に消え去った。
それはもう、跡形もなく。
「……あれ?」
ぼくは魔法の発信源をじっと見つめてしまう。
手の平から、紫色の炎の残り火が灯っている。
「……?」
ちょこんと小さく首を傾げた、小さな女の子が――そこにはいた。