2.からだ、ぴんぴかりん
「いいか、貴様等は世界中から集められた召喚術師の原石だ。ここに来てからこの国のこと、世界のこと、《世界災厄》のことは各々重々勉強してきたと思う」
「うぉぉぉぉぉぉぉ百二十三、百二十四、百二十五ぉぉぉぉぉぉ……!!」
グラウンドの端っこで雄叫びを上げながら腕立て伏せをしている一人をさておき、教官は百人余りの召喚術師候補生を前に告げた。
「これより貴様等はその召喚術的能力と細かな適性を元にそれぞれの能力に見合ったレベルの授業と生活を受けてもらう。人生最初の召喚術は、その者の今後の適性を強く反映するとされている。心して召喚術式を練り上げるように」
要するにここに集まった召喚術師候補生をグループ分けする、と言ったところか。
入学時に説明を受けた所じゃ、上位のクラスに行けば行くほど助成金が増えるって話だ。 そして比例するように「異世界人の召喚」についての項目を多く学ぶことになるらしい。
確かに、国の急務らしいからそうなるのも頷ける。
これはぼくにとっても初めての召喚儀式となる。
召喚の仕組みや、魔法の基礎についてはここに入学してからの1年で嫌と言うほど教えられた。
リズやラウル達にもっといい生活を送らせてあげるためにも、ぼくは何としてもCランク程度に収まりたい。
Aランクは絶対に嫌だな。
だって、国中の期待を背負わなくちゃいけないという重圧が一気にのしかかるし、一つ上の先輩だって、4人くらいしかいないのだから。
逆にFランクも嫌だ。あそこは召喚術師適性が情け程度しかない辱めを受けることになる。去年は確か誰もいなかったって話だ。
「出でよ、我がファルマ・ディオウマが声に共鳴し、姿を現すのだ――召喚!」
「……ふむ。中級精霊水の守り女神か。術式欠陥は見当たらないが、魔法力のブレが強い。そこは今後しっかり磨いておくように。貴様はCランクだ。こっちは……ほぅ。魔獣ケルベロスか。お前は魔法力のブレはないが術式欠陥があるな。だがこれは今後の修練次第で何とでもなる。お前はBランクだ」
「っしゃ!」「やった!」
次々とクラスが決まり、振り分けられていく。
「次、ラクトロード・カルマ!」
「――はい!」
ぼくの名前が呼ばれ、前へ出る。
今まで描いていたイメージ通りに――。
適性《召喚術師》を持つ人間は、《剣士》のような剣術補正はない。《魔法術師》のように攻撃魔法が特化しているわけでもない。《回復術師》のようにヒーリング能力など無い。
だが、《召喚術師》はただ一つ――異なる場所にいる魔物などに「制約」をかけて一時的に使役することが出来る能力が与えられている。
ぼくの目の前に魔法で練られた魔方陣が展開する。
これに、直感で頭の中に出てきたモノを具体化させる。
そうすると、自身の内側に存在する召喚術の扉が開かれ、魔方陣から形となって現れる――というものが基本原則だ。
ぼくの頭の中に、凄まじい速度でなにかが流れてきた。
直感を信じて、その直感を掴む感じで魔方陣に乗せてあげるっ!
淡いオレンジ色の光と共に、魔方陣の上に光が集約して、召喚対象の形になる。
「――出でよ、我がラクトロード・カルマが声に共鳴し、姿を現せ――召喚!」
ひゅんっ。
魔方陣の中にそれは顕現する。
「……ふぇ?」
それは、ぼくと教官を交互に見つめた。
「……ラクトロード。これはどういうことだ。貴様、何に直感を得たというのだ」
「……ごしゅじ――?」
ぼくと教官の目の前には、裸一貫の少女がちょこんと座っていた。
腰まですらりと伸びた美しい紅髪に、とろんとした紅の瞳。
「……ッ! す、す、すみませんでしたぁぁぁぁ!!」
彼女が何を言おうとしたかは知らないし興味も無いけど、ぼくは急いで女の子の裸を隠すように上着を放り投げる。
教官は小さく溜息をついた。
「彼女は……中級精霊? いや、魔法力も何も感じない……。精霊の類いではあるだろうな。となると、下級精霊よりも下位の残留思念の集合体、《スクラップ》か。よもや今の時代にここまでのゴミを召喚するとはな……。ラクトロード・カルマ。Fランク」
「え、Fランク……!? Fランクって、ぼくがFランク……!?」
「召喚術の直感で裸の女の子はヤバいわあいつ……」
「引くわ」
「性癖って、こわいな」
「次! さっさとしろ、後が仕えてるんだ! ラクトロード! 残留思念体である《スクラップ》の処理方法は覚えているな。その、何だ……。召喚術師だけが生きる道じゃないからな」
ぽつりと、慰めのように教官は呟いた。
ぼくは、上着を着せた女の子をお姫様抱っこしながらグラウンドの隅へと向かった。
恥ずかしい。
いたたまれない。Fランクっていうのもそうだけど召喚術で召喚したのは魔物ですらない、残留思念の集合体だというのだから。
「……あなたは、ごしゅじんさま?」
そう円らな瞳でぼくを見つめるこの子があまりにも純粋すぎて辛い。
ロリ好きというレッテルを貼られたぼくは、召喚術で呼び出した彼女を元の場所に還すべく帰還の召喚術式を描き始めた。
誤召喚であれば、呼び出した対象が持つ百分の一ほどの魔法力で元の場所に還すことが可能だ。
この子は、魔法力がないらしい。そもそも、いらないくらいだ。
「……ごめんね」
あまりにもいたたまれなさすぎてぼくは彼女を直視することが出来ずにいた。
帰還の召喚術式に魔法力を注ぎ込む。せめて、彼女が帰る間ぼくは無心でいよう。そうだ、それがいい。
……。
…………。
「………………あれ?」
「おぉぉぉぉ、からだ、ぴんぴかりん」
……帰っていかない?
少女は光り輝く円状術式の上で、こてんと首をひねっていた。