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#01 魔法少女?誕生!

そこは見渡す限りモノクロの世界だった。


都会の摩天楼の煌々たる灯りもなく、人だかりで賑わう交差点にも人は居なかった。


夢でも見ているのかも知れない。と、少女は思った。


突然変化したその空間に戸惑い、驚きのあまりにいきなり走ったせいで転けて擦りむいたそのひざの痛みと流れる血が、この世界が夢ではないのだと少女に認識させる。



では、此処は一体何なのか。



少女は塾の帰りだった。流行りの可愛いゆるキャラマスコットのキーホルダーが付いた手提げ鞄の中には有名高校へ行くための問題集などが沢山入っていた。


少女は今恐怖と困惑の気持ちでいっぱいだった。行けども行けども人はなく、建物の中にも誰もいない。自分が一人ぼっちになったみたいだ。そして何よりも頭がおかしくなりそうなのは、この色のないモノクロの世界。


自分の目がおかしくなったのか?と思った。しかしそうではないようだ。自分の体の周りにはちゃんと色彩が残っている。キーホルダーのピンクの色でさえしっかり見える。


それでもやはり行けども世界は色彩を取り戻さず、行けども人と会うことはない。



それでも…と、少女は思う。


きっと自分の家に行くことが出来ればこの状況が何とかなる、そう思っていた。


夢ならば、自分のベッドで寝てしまえばきっとまた別の夢に会える。


そんな期待を胸に、摩天楼の街から抜けだそうと少女は足早に歩いた。



「ねぇ」



と、少女は後ろから呼ばれた。驚いて声を上げそうになるが、抑えて振り返る。


そこには8歳ぐらいの男児が立っていた。この子も少女と同じ迷子なのだろうか?



「どうしたの?キミも迷ったの?」


「違うよ、お姉ちゃん。ボクね、お姉ちゃんと遊びたくて此処に来たんだ」



男児はそう言って不気味な笑いを浮かべる。


少女は直感的にこの男児は危ないと思った。ここから逃げ出さなくてはと。



「やだ、来ないで…!」



少女は走りだす。この街から逃げなくては…何よりもあの少年から逃げなくては。


人間の、原始的な本能が警鐘を鳴らしていた。ここは危ないと。



「待ってよお姉ちゃん。ボクは遊んでほしいだけなんだ…」



男児も少女を追いかけて走りだす。


少女は息を切らしながらゼェゼェと走っている。走ることに向いていない靴を履いているせいか、速度も上がらない上になんども転びそうになる。それでも走る。


男児との距離がだんだんと広がっていく。やはり、年齢の差だろうか。体力的にも速度的にも少女が上回っていたようだ。


男児が見えなくなって、体力の限界を迎えた少女は少し休憩をすることにした。物陰に隠れ男児が来ないか見ながら手提げバッグに入れておいた水筒からお茶を出して飲む。



「ねえ」



その声で少女は水筒を落とす。



「何で遊んでくれないの?」



いつの間にか、背後に男児は立っていた。



「いや…来ないで…!」


「遊ぼうよ…どうせお姉ちゃんは…このまま」





街に色彩が戻った。


少女はふらふらしながらも手提げ鞄を手に持ち、その街を歩き出した。


一体なんだったのか…あの世界、そしてあの男児は…。


そしてその後のあの光景は…一体なんだったのか。



「帰らなきゃ…」



少女は家に帰ることにした。あまりに悪い夢を見ている。家に帰ればなんとかなる。



「危ない!!」



その声がした時にはすでに、少女はトラックによって肉塊へと変貌していた。



「物騒ですわねぇ」



南海明菜は紅茶を飲みながら、地方ローカル系の新聞を眺めていた。


ここは私立明城高校、文芸部の部室。


とはいえ、文芸部と名は出ているものの実質的な活動は個々人自宅などで行っているため、この部室は部員の体の良い駄弁り場となっているのが現状である。


特に、その私物化を顕著に行っているのが、部長の南海明菜である。


長い髪を縦にロールさせており、身長は165cm程度、スラッとした体躯の反面ボリュームのある二つの膨らみが主張する胸部。どんな男性をも一度は振り向かせてしまいそうな女性である。



「何がですか?」



ショートカットの黒髪に中性的な顔立ちをした春野クリスは小説を読みながらその言葉に反応した。



「交通事故よ。今月に入ってこの街での交通事故死が普段の10倍以上起きてるの。人身事故でね。数値だけ見てもただ事じゃないと思わない?」


「確かに…原因は何なんでしょうか?」


「人身事故を起こした皆一様に目の前に人が居るだなんて思わなかったって言ってるんですって。轢いてしまうまでわからなかったなんて言っているの。おかしいと思わない?実際、最近起きた人身事故には直前にブレーキ跡が見られないんですって。飛び出してきたら、ブレーキ、かけるでしょ?」


「そうですよね…もしかして先輩、小説そのネタで書こうとか思ってません?」


「書こうと思ってるわ。不思議なんですものこの交通事故。そうね…こんなのはどうかしら?」


「はい?」


「交通事故で死んでいった人は何者かによって運を奪われていた」


「どういうことですか?」


「それはね…」



話す前に下校を促すチャイムが鳴る。


クリスも明菜もそのチャイムを聞いて帰り支度をする。


この高校は下校時間に非常にうるさいのだ。残っていようものならなんと言われるかわからない。



「続きはまた明日にでもしましょ。またね、クリスさん」


「はい。では、また」



高校指定の黒鞄を手に、春野クリスは下校を始める。


彼、春野クリスは生物学上男である。実際、いま着ている服も男子用の制服だ。


しかし、その制服が似つかわしくないほど丸みを帯びた細身の体躯をしており、153cmの身長と軽めの体重、そして何よりもその中性的で整った顔、そして高めの女性的な声が男性であるということを忘れさせてしまいそうになる。それが彼、春野クリスである。



「あ、良太…」


「おう」



下駄箱に向かったクリスは180はあろう大柄な男と出会う。クリスの幼なじみの田中良太だ。柔道部所属の彼は帯で結んだ柔道着を帯で持ち、背負いながらクリスに挨拶をする。



「待っててくれたんだ」


「まぁな…」



言葉少なめに会話をし、二人は帰路へと歩き始める。


4月も中盤に差し掛かり、やっと冬も去り、春がやってきたという感じのそんな季節。


夕方から夜にかけてはやはりまだ長袖は手放せず、歩いている二人の制服もまだ長袖の指定の制服である。


街路樹の並ぶ並木道を二人でゆっくりと歩き始める。やはり会話は少なめだ。


そんな状況に困ったのか、クリスは良太へと話しかける。



「ねぇ」


「ん?」


「ボクってさ…やっぱりこの制服似合わない?」



そんな言葉に歩みを止めてまじまじと見ながら唸る良太。少し悩んで答える。



「いや。そんなことはない」


「悩んでたじゃん」



クリスは少し苦笑いをしながら良太を見る。良太はその言葉にうーんと困っている。



「あのさ、ボクね…その、女子のさ…制服とか本当は着たかったんだ」


「…知っている」


「だよね…。だから今ボク、この制服来てるのが凄く嫌でさ…」


「…なぁ、クリス」


「ん?」


「お前は女の子になりたいのか…?」


「んー、わかんないや」


「わからないのか?」


「うん、ボクさ、基本的に女の子に恋するんだよね。友達も多いけど、やっぱり恋愛対象は女の子なんだ。でも、男らしくなりたいかって言うとそうじゃなくて…僕も本当は女の子みたいな格好をしたいんだ。なんでだろうね、よく分からないけどさ」


「つまり、クリスは男だが、女の格好をしたいと。そういうことか」


「多分…でも実はさ…男の子…かっこいい子とか見ちゃうとときめいちゃう自分も居たりしてさ。ほんと、ボクってよくわからないし中途半端だよね」


「…別に、そうは思わない。それがお前のアイデンティティならそれも良いと思う。俺はお前がどうあれ、ずっとお前の友人で居るつもりだしな」


「ありがとね、良太」


「礼を言われる筋合いはない。マック、寄っていかないか?バイト代が入ったんだ」


「おごってくれるの?」


「たまには良いだろう」



それからも様々な世間話をしながら、二人はファーストフード店へと入って行った。


ファーストフード店の中で、良太とクリスは対峙しながら、自分たちが頼んだハンバーガーやポテトを口にしていた。



「さっきの話だが」


「ん?さっき?」


「お前が女子の格好をしたいといった話だ」


「うん…やっぱ変だよね…ボク、こんなだけどやっぱり男だからさ」


「実のところ俺は見てみたい」


「え?」


「似合いそうだからな…その、そういうの…。ああ、男のお前が言われても嬉しくないかも知れないが」


「いや…嬉しいよ。きっと誰にも変だとかって言われると思ってたから」


「そうか…」


「うん、やっぱり…男がそんな服着たいって言ったら引かれちゃうよ」


「もしだ…」


「ん?」


「もしやりたいなら…うちの道場に…来い…。稽古してない時なら誰も居ないから」


「え?」


「鹿江と一緒に見てやるから…」


「そんな…良いの?」


「ああ、良い。おそらく鹿江もいいと言うだろう」


「ありがとね、良太」


「いや…俺もその…」



良太は赤面しながら、言う。



「見てみたいからな、それが」



恥ずかしがりながらもクリスは頷き、にこやかな笑みを浮かべた






「はぁ…はぁ…」



少年はモノクロの空間を走っていた。摩天楼の街も色を失えば光もなく、寂しいだけのオブジェクトと化す。この街は静止したかのように静寂を保っていた。故に少年の息を吐く音は目立って聞こえるのだ。


少年は所々に傷を負っていた。白色を基調とした柄入りのTシャツは既に血の赤黒い色で染め上げられていた。額にも傷を負っていて、その血が左目を開かなくしている。


余程全力で走っているのか、その呼吸は乱れ、幾度と無く嗚咽を漏らす。



「冗談じゃねぇぞ。此処まで来たんだ、殺されてたまるか」



見目麗しい少年に相応しくない悪態を付きながら走ることを止め、呼吸を安定させる。


彼の体は現在淡い緑の光に覆われており、傷の回復が行われていた。それは、常人ならば何日もかかるような傷をこの数秒の間で治癒させていった。



「俺も攻撃用の魔術を本格的に習っていればよかったんだがな」



開かなくなった左目も開けるようになり、傷も所々塞がっているように見える。


彼の傷は信じられない速度で治癒されていった。



「とにもかくにも、この結界からでねぇとな」



隠れていたゴミ箱の後ろからでて、また走り出そうとした矢先、その行く手を阻むモノがあった。



「ねぇ、遊ぼうよ」



そこには男児がたっていた。少年よりも幾らか年下に見える男児が。



「また追ってきやがったのか。こちとらお前と遊んでる暇はないんだ」



少年はポケットから呪符を取りだし、その男児へと投げ付ける。



「発現せよ、退魔の炎!」



その言葉と同時に呪符はすぐにサッカーボール程度の火球へと変化する。


それを避ける間もなく受ける男児。



「あついよぉ!あついよぉ!」



男児はそれを受け、泣き叫ぶ。


少年はそれを見てまた走り出す。



「な…」



しかしすぐに歩みが止まる。


彼の足に触手が絡まっていた。


振り返ると背後の男児はすでに火を消していて、不気味な笑いを浮かべていた。


背中には無数のグロテスクな触手が生えていた。



「あそんでよ、おにいちゃん」





ファーストフード店を出て、クリスは帰路へとついていた。



「本当に、奢ってもらちゃったよ」



良太とは家が別方向にあるため、ファーストフード店から出て、途中まで共通の道を歩いて先ほど別れたばかりだ。流行りのゆるかわ系のキャラクターのキーホルダーが黒鞄を振るたびに揺れている。クリスの表情は何となく明るい感じなのが見て取れる。



「女の子の服…かぁ…」



自分がそれを着たらどうなるだろうかと考えてワクワクしながら歩いていたクリス。


軽快に歩く彼の周りで異変が起きる。


ぬるり、と身に張り付くような空気がクリスを纏った。


そして、瞬きをしたふとした瞬間に、彼が見ていた景色の色が2色へと変化する。


白と黒の世界。摩天楼のきらびやかな情景は一瞬にして静かな景色へと変貌した。



「何…?」



動揺しながらも状況を確認するクリス。


周りで歩いていた人々がいつしか一瞬にして跡形もなく消えていた。


喧騒が喧しかった摩天楼は静寂そのもので、聞こえなくなった喧騒の代わりに、クリスはキーンという耳鳴りのようなものを感じていた。



(まずい)



クリスの動物としての本能が叫んだ。この“空間”に長く居てはいけない。


抜けださなければ、この“空間”から。


貼りつくぬめるような空気を感じながらクリスは走りだす。


何処へ行けば良いのか、何故か彼には分かっていた。出口はあそこだと本能が告げている。そう、それはこの摩天楼の街からベッドタウンへ向かう道だった。


この“空間”の最終地点はそこだと、何となく、直感で彼は感じていたのだ。



(逃げなくては)



急ぐことはなかったのかも知れない。だが、しかし彼はこの異質な空間から早く抜け出したかった。だから、彼はいつの間にか全力でこの“空間”を走り抜けていた。



「あ…」



走り抜けていた…そんな彼の前に飛び込んできた光景があった。


それは、背中から無数の触手の生えた男児と、その触手によって持ち上げられ、ビルの5階ほどもある高さから一気に叩きつけられ、血の飛沫をあげるナニカだった。



べチャリと音がした。


ソレは赤い液体を流しながらアスファルトの道へと落ちていた。


おそらく、ソレは人であったものだ。


モノクロの世界に鮮血の紅色がやけに明るく発色して見える。


クリスはその光景を見ながら、戦慄していた。


(逃げなくては)と心のなかで思っていた。しかし、逃げることはかなわなかった。


常識の外から外れたその壮絶な人と呼ぶには難しい肉片を見て、運動神経の中枢のスイッチを全てオフにされていたのだ。



「なに…」



転がってきた物体がクリスの足にぶつかる。クリスは、嫌な予感がしつつもその物体を覗き込んでしまった。


クリスはそれと、正真正銘「目が合って」しまった。


そう、それはソレの落下の衝撃により取れた眼球だった。



「─!!!」



声にならない声を上げた。悲鳴と同時にオフにされていた運動神経が蘇った。


脱兎の如くクリスは走りだす。ゆらり…と、触手を背中に生やした男児はその音に反応して振り返る。



「あそぼうよ…」



その声は脳に張り付く声だった。


おそらくクリスと男児との距離は100mを超えているはずだ。なのに大きな声でもないのにクリアに聞こえる声。


男児の幼さと無邪気さを表したかのような声、故にその声は恐ろしいほど不気味だった。


クリスには、その声が純粋な邪悪に聞こえた。



(逃げなくては)



全力で走る。直感ではベッドタウンへ向かう道、そう、そこに境界線があるはずだ。


そこを抜け出せば大丈夫。彼はそう確信をしていた。


信に足りうる事柄など何処にもない。しかし、その希望を無くしてはおそらく自分もあの肉塊のようになるのだろうと思っていた。



「はぁはぁ…」



後ろを振り返りながら全力で走るクリス。


全力で走ったせいか、先程まで追いかけていた男児の姿は見えなくなっていた。


文化部に所属していながらも多少なりと運動には自信のあったクリスは見えなくなるのを見ても尚走り続けた。


境界線まで後もう少し。ベッドタウンへ向かう道への入り口が見えていた。



(おい)


「え?」



頭の中に直接響く声。それは、先程の男児とは違う声だった。少年の澄んだ穏やかな声。怪しさを微塵も感じさせない柔らかな声だった。



(魔力反応が近いぞ。後方10m…いや、もう5だ)


「何…言ってるの…はぁ…はぁ…」



謎の声に反応しながらも走るクリス。おそらくその声が言っているのは例の男児のことなのだろう。


しかし、反応があるのはおかしい。現に、後方を何度も見ながら走っていたが、クリスには男児の姿を認めることは出来なかった。



(上だ!側方へ避けろ!)



その声に反応して走っている方向を変換する。


その刹那、男児が頭上から降って来た。男児は触手をうまく使い衝撃を緩和して降り立つ。



「こんなの…アリなの…」



おそらくはビルの上を伝ってやってきたのだろう。存在が常識的でなければ移動方も常識では測れない。


油断をしていたと思われていたのだろう。意外だなという顔をしながら男児はそこに立っていた。



「あそんでくれないの?」



しかしそんな顔はすぐに貼りつくような笑顔に戻る。


怖気の走るその顔をクリスは凝視したくはなかったが、次の行動を見るために、クリスは彼を見るしか無かった。



…退路がなかった。境界線であろう道は男児によって塞がれてしまった。


おそらく刹那の間。その間に幾度と無く思索を巡らせる。


しかし、クリスには有効な手段が思いつかなかった。



男児と対峙するクリス。そんな時不思議な感覚に陥った。


全ての世界が静止する、そんな感覚。目の前に居る男児も動けないようだ。


意識的にはそれを見ているのだが、実際、クリスも体を動かすことが出来ない。


時が止まっているようだった。自分も含めて全ての時が。


そんな時、またあの声が頭に響く。



(いいか…死にたくなかったら俺の言うことを訊け)


「誰なのさ…君」


(いいから聞け。お前が見ているのは本来存在してはならない化物だ)


「見れば分かるよ」


(お前は今、奴の捕食対象となっている。もし、お前があの触手に捕まることがあれば、お前は奴に運を奪われることになる)


「運?」


(つまり死ぬことと同義と思っていい。そうなりたくなければ、一つだけ助かる手がある)


「あるの?」


(ある。お前にしか出来ないことだ。お前は“魔法少女”になれる素質がある)


「魔法少女って…僕、男だけど…?」


(何故、お前が魔法少女の素質があるのかは分からない。だが、お前ならなれる。そうすればお前の持つ“魔法”で、奴に打ち勝つことが出来るだろう)


「それ以外に、助かる方法はないんだよね?」


(残念ながら奴を倒さずに結界を抜ける方法はない。お前が一体どうして境界線に向かって走ったのかは分からない。確かに走り抜ければ助かったかも知れないが、今では奴がそれを遮っている。不可能だろうな)


「…あれはなんなの?オバケ?」


(Lunaticと呼ばれる人の形をした人でない化物だ。そして魔法少女の敵でもある。かくしてどうにでもなるわけじゃないから言っておく。もし魔法少女になれば、あの手の化物と幾度と無く戦うことになるかも知れない。それでもいいか?)


「よくないよ…でも、死にたくない!」


(そうか)


「まだ、僕にはやるべきことがある。…良太に、女装したとこ、見せなきゃだし」



(お前は、魔法少女として戦うか?それは過酷な道になるかも知れない)


「いいよ…僕は…まだやるべき事がたくさんあるんだ!」


(わかった。お前がこの時間を抜けたら「アンダレス」と高らかに叫べ。そうすればお前は奇蹟の力によって、魔法少女へと変身することが出来るだろう)


「わかったよ…やってみる」


(ではこの時間が終わる…俺についてはまた、後で話すよ)


「うん…」



間もなくして、時間は動き出した。


男児が何かしてくる前に叫ばなくてはならない。


張り付いた笑顔で男児はクリスを見ていた。後ろの触手が数本、クリスへと向かおうとしていた。



「あーもう…どうにでもなれだよ…」



クリスは高らかに叫んだ。



「アンダレス!」



瞬時に、クリスは光に包まれた。


おそらくそれは一瞬の出来事。衣装は既に丁寧にフリルがあしらわれたフリフリのピンク色のワンピースを装着していた。左手はそのままそれの延長線だったが、右手だけ違った。


右手には燃えるような真紅の赤い布が巻きつけられていて、その上から重厚な質感の鎖が肩までぐるぐると巻きつけられていた。腕には何かを嵌め込む穴の空いた装飾が施されるプレートが鎖の上に存在していた。


短かった髪の毛は今や長いツインテールへと変化し、結び目にはかわいいリボンがあしらわれていた。


春野クリスという少年は既に少女へと変化していた。そう、彼は魔法少女へと変化したのだった。



「これが…私?」



その姿に驚くが、そうしている内に触手がクリスに襲いかかってくる。



「やだ…来ないで!!」



そう叫ぶと同時に後方に門のようなものが現れた。


そこが開き、内部を露呈させる。その門の奥は無限に続く不気味な場所だった。


そこには赤錆た牢獄がどこまでも続いており、内部には磔用の台が存在していた。


その中から2つの牢獄が開く。その中にあった磔にされた人のような何かが宝石へ変化する。


そして、その宝石は門を通してクリスの腕にあるはめ込み穴にはめ込まれる。


そして、何処からとも無く声がする



「slash.wind」



この間、約1秒。刹那の間にこの門は開き、それだけのことを行った。



(腕を上げて振り下ろして!)



クリスの脳に、先程の少年とは違った声が響く。おそらくこれは自分が何度も聞いたことがある声。これは…自分の声…?


クリスはその声に従い、迫り来る触手に向かって手を振り下ろす。


瞬間、烈風が吹き、そして鎌鼬が起き、その触手を刻んでいく。



(風と斬裂の宝玉を使ってる。風の刃で触手を切り裂きながら、本体を攻撃して!)




強烈な烈風にさらされた男児は鎌鼬で触手を切り刻まれると同時に吹き飛ばされ後退する。


アレだけの風の攻撃を行いながらも、クリスはその風に吹き飛ばされること無く、立っていた。周りには呪印の書かれた結界のようなものが張り巡らされている。これにより自身の攻撃の影響を抑えているのだろうか。


クリスは右手を見る。いつの間にか赤い布と鎖は腕からなくなり、緑色の手甲のようなものが装着されていた。やはり腕部には鎖で宝玉を嵌め込む穴の空いた装飾されたプレートが巻きつけられている。


宝玉によって右腕の形状が変化するようになっているのかも知れない。



(ルナティックは、どんなに体を破壊しても斬首を行わない限り行動を続ける。回復動作に時間を要するから基本的には戦闘不能を目指して攻撃を行えばいいんだけど…)


「つまり…私はどうすればいい?」


(そのままその腕を振り回せばあいつには勝てると思う…魔力の消費は抑えられないから辛いだろうけど…あいつ程度ならそれでいい。)


「振り回す…」



クリスは鋭い目をしながら相手を見る。男児は体勢を整えて無数の触手をクリスへと向けようとしていた。クリスは右腕を高らかに上げ、男児へ向かって振り下ろす。


瞬時に烈風が鎌鼬を形成して、触手を切り刻み、男児を吹き飛ばす。


再度起き上がろうとする男児へと歩み寄り、もう一度振り下ろす。すると男児は鮮血を吹き出しながら叫ぶ。その声は痛いとも苦しいとも死ねとも取れる悲鳴だった。



「四肢を切り裂く…」



躊躇いもなく、クリスは動かない男児に腕を振り下ろす。鎌鼬は器用にも男児の四肢だけを切断していく。身動きの取れなくなった男児は叫びながら気絶する。触手が背中から生えることもないようだ。



(今だ、宝玉を変えて)


「え?」



瞬間、後方に大きな扉がまた現れて開かれる。宝玉はあるべき場所へと戻り、また人間のような何かに変化して磔にされる。


そして何も宝玉を取り出すこと無く、扉は閉まる。クリスの姿も最初のデフォルトの状態に戻っている。



「私、どうしたら良いの?」



(叫んで、Judgmentって)



「うん…」



高らかにクリスは叫ぶ。



「Judgement!」


「Final Judgement」



何処からとも無く声がしたかと思うと、はめ込み穴の下方から黒い宝玉がせり上がり、3つのスロット全てを埋める。


そしてクリスは光りに包まれて、いつの間にか右手には魔法のステッキを握っていた。


クリスはその先を気絶している男児へと向ける。



「君の心にハートフルショット!…ジャッジメント!」



掛け声と同時にまばゆい光がステッキから男児へと向けて照射される。その光は無理やり魂を肉体から引き剥がし、鎖で拘束していく。本来なら魂そのものは見えないものだが、この光の中では普通に見えるようになっているようだ。


そして無数のぼろ布を纏った髑髏のようなものがそれをクリスが召喚した門へと連れて行く。そして牢獄へと入れられて十字架に磔にされる。なんども何度も助けてと霊になった男児は叫んでいたが、それを聞き入れられることはかなわず、磔にされてからはおとなしくなってしまった。



「captured complete.You got “solid”」



その言葉をまともに聞く前に、クリスの変身が解け、中性的な少年へと戻る。


そしてクリスはその場にへたりこんだ。ゼェゼェと肩で息をしている。


モノクロの世界は徐々にその世界を普段の色に染めあげる。


喧騒も戻ってくる。ざわざわと人の声がする。


その中で、へたりこんでいたクリスはあまりの辛さにそのまま倒れ伏してしまいそうになる。


クリスが倒れようとした瞬間、温かい手がクリスを支える。


クリスがその方向を見ると、南海明菜がにこやかにクリスの方を見て笑いかけていた。



(遅いぞ)


「お稽古場からここまでの距離が遠すぎましたわ。…ところで何故精神会話ですの?」


(お前が遅いせいで肉体がブッ壊された。今ではこの様だ)


「あらあら、何回目でしたっけ?あらら、クリスちゃんのキーホルダーになりましたのね」


(暫くはこのままだろうな。そんな事は良い。場所を移したい。ゲート・ポイントは開いているか?)


「ええ、私の家へ直通のルートがありますわ」


(人目に付かないように“結界”を貼ってくれ。その後、短距離移動魔術パスで移動する)


「了解ですわ。アンダレス!」



瞬時に明奈は光りに包まれる…。


そこまでは意識があったが、クリスはあまりの疲労にそれを見届ける前に意識を失ってしまった

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