平和な間の者
博士の部屋から戻る途中、道路側に開けた窓の外からなんとも騒がしい声が辺りに響いています。先ほどは博士を起こす役目がありましたから、そのまま気にも留めずに博士のもとに向かったのでした。
外では、向かいのお宅へ抗議団体が騒ぎたてています。
「今日もあの人たちはいるのですね」
ワタシが窓の外に目をやりながら、前を歩く猫背の博士に告げました。
「朝から元気なことだ。ああいった輩はいくらでも涌いてでてくるからな」
足を止めどこか外を眺めながら呟く博士に、ワタシは少し訂正を入れました。
「もう世間では昼ですよ博士。夜更かしが過ぎるから、起きる時間が遅いのです。博士も彼らの早起きという点だけ見習ってくれれば、助かるのですが」
博士が顔を顰めます。
「まさか自身が作りだしたロボットに、小言を言われる日がくるとは思はなかった。そもそも、彼らはあれが生きがいだからこそ、ああも性がでるのだろう。かりそめの平和を謳う実に愚かな連中だよ」
言うだけいって博士は彼らへの興味を失ったようです。博士はまた前を向いて歩き始めます。ワタシはそっと窓を閉めてから博士の後を追いました。
博士が食卓につき、ワタシは食事を配膳します。辺りには食器の擦れる音とラジオの音声だけが流れていました。ラジオは、まもなく議会で決定されるであろう、自衛のための兵器開発の中止が話題の中心でした。ワタシは博士が食事をとっている間、そっと耳を傾けます。どうやら兵器開発の中止と共に軍隊も縮小される予定のようです。
博士は、ラジオを聞いていたワタシに気が付いていたようです。
食後の珈琲を楽しみながら、ワタシがラジオを聞いてどう思ったのかを尋ねてきました。
「君は戦争に参加しないと憲法で定めたこの国が、世界でも有数の軍隊を所有し、兵器を開発していたことをどう思うかね?」
「兵器開発を主に研究しているお向かいさん宅には悪いですが、随分と無駄なことをしていたと思います。戦争に参加しないことが国の前提となっている以上、維持費や開発費の掛かる兵器や軍隊の類は無用の長物になります」
現在の世論の動きはまさにワタシが今いったとおりで、この国は平和の実現のために自ら軍縮へと動いています。時には過激派が、抗議活動を兵器開発の施設へ行ったりするほどでした。
「そうだな。これから先、本当にこの国が戦争をまったくしないなら、君の言う通りだろう。だがこの兵器や軍隊は無駄ではなかったと私は思っているよ。さらに本来ならロボットはもっと軍事転用されるべきだっただろうね」
珈琲を啜りながら、さも当たり前のように告げられた博士の言葉をワタシは信じられませんでした。そもそも普段博士は、ロボットの兵器開発への利用自ら遠ざけ、わざわざ日常生活へと関わりの深いロボットを研究している人なのです。それにワタシは、お向かいさんのように自宅前で抗議活動をされたくはありません。投げつけられた石で割れた窓を付け替えるのはワタシの仕事になるのです。
「博士はこの国が戦争をすると思っているのですか?」
「この国から戦争を仕掛けることはしないだろうな。なにより国民感情が戦争をさせないだろう」
決まりきった答えだと言わんばかりに博士は話します。
「では、なぜ?」
「簡単なことさ、隣の国がいつの日か戦争を仕掛けてくるだろう」
言い切った博士にはどこかはっきりとした根拠があるようでした。ワタシはもう少し話を博士と続けていたかったのですが、ちょうど珈琲を飲み切ってしまったようです。博士はすっと立ち上がりました。
「さあ、今日はいつもの研究品を渡す日だが、普段よりも量が多い。手伝っておくれ」
「はい、任せてください」
博士は研究品をしまってある倉庫へ向かいました。倉庫のなかは長年の開発の結果が積もりに積もって、どこになにがあるのかは記録しているワタシ以外には分からないでしょう。ワタシは博士の言われた通りに倉庫からいくつかの研究品を持ち出していきます。庭の方へ運んで行けば、すでにそこにはトラックが数台待っていました。トラックの傍らには男性たちがワタシから研究品を受け取るために待機しています。ワタシは待機している彼らの中でも大柄なすでに顔なじみとなっている彼らの隊長さんに声をかけました。
「こんにちは隊長さん。今日もよろしくお願いします」
「はい、ロボットさん。いつもありがとうございます」
毎度のことながら隊長さんはとても綺麗なお辞儀を返してくれます。他の男性たちの立ち振る舞いも大変きっちりとしていて、ワタシはいつも彼らのことをまるでどこかの軍隊のようだと思うのでした。
普段のんびりとした博士も、毎回この日は準備をしっかりとしています。ワタシは挨拶をすませると黙々と研究品を男性たちに渡していきました。ただ、今日は渡す研究品の数が多いようです。あれほど研究品で埋まっていた倉庫にどんどんと開けた空間が広がっていきました。
気が付けばあれほどあった研究品がほとんどありません。
運び出した研究品の一覧を確認し、隊長さんが博士に頭を下げました。
「はい確かに受け取りました。今までありがとうございます」
「こちらこそ、あとはよろしくお願いします」
作業を始めたのは昼だというのに、終わる頃にはすでに辺り一帯が暗くなっていました。博士と共に男性たちの乗ったトラックを送り出します。だんだんと遠ざかっていくトラックの光を見送る博士の姿勢は、普段の猫背が信じられないほど真っ直ぐなものでした。
その夜、博士は疲れたといっていつもより早めに床につきました。博士が研究をせずに眠ることを選ぶなんてワタシが開発されて以来、初めてのことではないでしょうか。
ワタシは博士が寝ている間に掃除や洗濯など毎日の作業をテキパキとこなしていきます。さらに、今までできなかった倉庫の掃除を一人気合をいれて行っていると時間はあっという間に過ぎていきました。
「博士おはようございます」
「ああ、おはよう。今朝もご苦労様」
いつもの時間に博士を起こしに行くと、博士はすでに着替えをすませ部屋の資料を整理しているところでした。思わず考えていたことを口にだしてしまったワタシは、機能の設定にどこか問題があるのでしょう。
「今日は雪でも降るかもしれませんね」
ワタシと同じことを考えたらしく博士は、手にしていた資料を机に置くと、指を鳴らしながらワタシに迫ってきました。わざとらしく不敵な笑みまで浮かべています。
「失礼なやつだな。私はどうやら君の設定を間違えたらしい。なに今からでも遅くはない、少しばかり頭の中を調整してやろうかな」
「どうかお許しください。なんでもしますから」
ワタシはすぐさま己の非礼を詫びます。
「そうだな。では、朝食にデザートを一品増やして貰うことにしよう」
「ははー。博士の仰せのままに」
創造主のご命令に、ワタシはただただ大仰に頭を下げることしか許されませんでした。
博士はいつもの珈琲と共に、食後のデザートを楽しんでいました。今朝も流れているラジオは、ここ近年にあった兵器や軍隊の事故を説明しているようです。どれも痛ましい事故ばかりでこれを聞いた人々は兵器に良い印象を抱かないでしょう。
ワタシは博士に昨日の話の続きを尋ねました。
「博士、昨日おっしゃっていた、隣の国が戦争を仕掛けてくるというのは本当ですか?」
「本当だとも。きっと攻めてくるだろうね」
博士は珈琲を飲みながら、実験の結果を告げるときのように淡々と話します。ワタシには博士がどうしてそこまで言い切れるのかが分かりません。
「この国と隣国の間には海が広がっていますし、多少のいざこざはありますが、ここ百年以上もこの国は他国と戦争のない平和な関係を築いているはずです」
そのこともあって現在、税金の見直しもかねて世間では軍縮が叫ばれているのでした。
「確かにこの国は最近戦争をしていない。しかし、隣国はどうだい? 今も隣国は他国を侵略しているはずだよ」
博士はワタシを試しているのか、最後まで教えようとはせずに情報を小出しにしてきます。確かに博士の言う通り隣国は現在において、陸続きで接しているある国へ侵略行為を行っていました。そのことを考えれば、隣国は注意すべき国なのは確かです。
「ですが、そのこととこの国が侵略されるのはどういった関係があるのですか?」
「隣国が侵略国ということを前提に考えれば、簡単なことだよ。もしも君が侵略する側に立った時、強い国と弱い国、どっちを攻める?」
「もちろん弱い国を攻めます」
「そうだ。侵略国だって馬鹿ではないのだから、勝てる自信のある国を攻める」
「なら隣国から攻められていないこの国は、強い国ではないですか」
「今まで通りならそうだっただろうね」
ワタシはその一言で博士の考えをやっと理解できました。博士もワタシが納得したと思ったのでしょう。カップに残っていた珈琲をぐっと飲み干してから、ワタシに今日の予定を告げました。
「さて、今日は研究室の資料整理を手伝っておくれ」
「はい、任せてください」
夜遅く、ワタシと博士は少なくない荷物を持ってとある船に乗り込みました。ワタシはぎゅうぎゅうにまとめられた荷物に目をやります。
「まるで夜逃げみたいですね」
「なに、それは違うさ。私たちはきちんと法を守って、隣国へいくのだからね」
博士は船内の個室に入り、ずいぶんと落ち着いたようすでした。いつもの白衣を身に纏い、部屋に備え付けられたラジオの音に耳を傾けながら、ソファでくつろいでいます。
「ですが、もうこの国へは帰ってこないのでしょう?」
「ああ、そうだな。隣国から命令がないかぎりは、もう戻ってくることはないだろうね」
察してはいましたがワタシはこのとき初めて、博士の口から隣国が博士と深くかかわっていることをはっきりと聞かされました。
ワタシはあれから侵略というものを自分なりに調べ、ある程度現状の予測を立てていました。
「博士、もしも武装している強い国があったとして、その国を侵略するとなったらどうします?」
博士はワタシが問いの答えを知っていることに気が付いているでしょう。しかし、それでも博士はワタシの答え合わせに付き合ってくれるようでした。
「そうだな。相手に武器を手放させばいい。そうすればこちらは、武力をもって楽に侵略できるだろうな」
「そんな都合の良い方法があるのですか?」
しばらくの間、博士は質問に答えず黙ったままでした。室内では船にぶつかる波の音とラジオの声だけが響いています。博士がふと窓の外へ視線をやりました。そして一言、時間を気にしないのであれば......と前置きをして話し始めました。
「情報を操作して武器など必要ないと思わせればいいのさ。百年以上戦争を経験していない国だ。スパイへの規制なんてずいぶんと緩いだろうね。それならば、スパイを使ってマスコミを動かし耳障りのいい平和を高らかに謳っていればいい。あとは愚かな国民感情が勝手に武力を悪だと判断していくだろうね。そうなってしまえば、もうこの通りさ―――」
ワタシと博士がつくりだす沈黙の中、ひとりでに流れるラジオの音声はひっそりと、兵器開発の中止と軍隊の縮小が正式に決まったことを告げているのでした。




