お笑い要員
朝起きたら、サノエさん、カルガさん、シダさんも起き出した。
四人でぼうっとした顔をしながら魔水で顔を洗い、のそのそと動き出す。
「……畑、先に行きます?」
「ふぁい……」
サノエさんの言葉に欠伸交じりで答えつつ、二人でテントを出た。
昨日、綺麗に整えた小さな薬草畑は荒らされる事なくちゃんとそこにあってほっとする。
「おはよー、皆。今日も良い朝だね」
声を掛けながら一つ一つ丁寧に魔水を与えて行き、それから自分の朝食となる。第五隊が食料を持って来てくれたお蔭で、ドロドロの何かからは解放されたようで、ちゃんと形があるのが嬉しい。
「食事って重要だよね」
「そうですね」
サノエさん達と一緒に食事を摂った後、カルガさんとシダさんと一緒に薬草畑へと向かう。途中、第五隊の人達がジロジロと眺めて来るけど、話し掛けて来ないから何だか不気味だ。
「……顔に何かついてる?」
「いえ、何も」
「じゃあどうして見られるんだろう?」
「薬草師が珍しいからでは?」
薬草師と言う言葉は、私が王都に呼ばれるまでなかった職業だった。
それだけ、薬草の栽培は難しく、人の手では育てる事が出来ないと言われていた物だったのだ。親子三代に渡って研究し続けたからこそ、私が薬草師何て呼ばれてはいるけれど、発端は祖父だし、普通の薬草の栽培方法を確立していたのは両親だ。私はそこから派生させただけに過ぎない。
「確かに、他にいないもんねえ」
国にたった一人だけの薬草師は確かに珍しいだろう。
でも、私はやっぱり単なる田舎町で育った、ただのリットだ。
「話し掛けじゃなく、本の読み聞かせでも大丈夫だと思うよ?」
「ああ、それなら出来そうですね」
「ちゃんと薬草達に語るんだよ?」
「解りました」
カルガさんとシダさんは、話し掛けろと言われても何を話したら良いのかと、頭を悩ませていたのだ。私は薬草達への愛で、語る事なんて尽きる事無く出て来るけど、他の人にはそれがキツイらしい。
シダさんが私の言葉に笑顔になって、走って行ったと思ったらすぐに本を抱えて戻って来た。
「これで、今日一日語れます」
笑顔でそう言ったシダさんに語り掛けを任せた私は、薬草畑の傍に腰を下ろしてカルガさんと二人、シダさんが音読する声を聞いていた。
治癒所は今の所落ち着いていて、緊急の人が何人も出ない限り私の出番も無いし、治癒隊の人達も段々完全回復剤の扱いに慣れて来たからか、あまり呼ばれる事もなくなった。
私が住んでいた田舎町は、元々強い魔物が生息する地域だった事もあって、割と酷い状況でも見慣れていると言うか、処置の仕方は身体で覚えたと言うか、そんな風に育った。
王宮薬草園にいた私を連れ出した治癒隊の人達は、私に処置を任せる気は毛頭なく、この機会に回復剤の調合を徹底的に学ぶつもりでいたようだったけど、着いた初日から半身が溶けた人とか、右足が潰れてしまった人を見て吐いてた。
治癒隊が使えないと即座に理解した私は、動ける騎士に命じて素早く処置を施して行ったんだよね。そうしたら、薬剤の使い方から処置の仕方から、色々教える事になって、結局実地で教える事になった。
元々、頭の良い人達だから吐きながらも色々勝手に学んでくれるので、そろそろ私の出番は無くなるだろうと思っている。
「治癒隊はのんびりできていいねえ、羨ましいよ」
そんな声に顔を上げてみれば、昨日竜の糞を撒いているのを見られた騎士が立っていた。
「何か?」
嫌な視線から遮るように、カルガさんが立ちはだかる。
「俺達が必死に三つ頭の竜と戦ってるってのに、治癒隊は女のお守りかと思ってね」
「あなたの命を繋ぐ物です」
「俺はそんなヘマはしねえんだよ」
「ああっ!」
カルガさんを突き飛ばし、畑の土を蹴り上げてシダさんを土塗れにして笑う騎士を睨み上げた。
すっくと立ち上がり、騎士の目の前に立って顔を上げる。
「なんだ、文句でもあんのか?」
「私はラジェルダ国薬草師、リット・ヴァミエールです。あなたの所属と名を教えなさい」
「……は?ヴァミエールとか、語ってんじゃねえぞテメエ」
「言葉が通じないのですか?」
「ああ?ふざけんなよこのや、ぶあっ」
大量の魔水を口に突っ込んでから、鼻の穴と耳の穴にも突っ込んだ。
「シダさん、誰か騎士を呼んで来て下さい!」
「は、はい!」
「カルガさん、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「が、ふ、ふざ、」
次々に魔水を作り出しては、口の中と鼻の穴に送り込んでやった。
地味に嫌だとガルグさんに言われた通りの効果が出ているようで、身動きがとりづらいみたいだ。これは良い攻撃方法だと一人満足しながら、それでも用心して男を睨んでいた。
「何事ですか!」
走って来たサノエさんは私を見てから、男へと視線を移した。
それに気付いて逃げようとした男は、シダさんが呼んで来た騎士に捕えられた。丁度サノエさんの後ろからシダさんと騎士が走って来るのが見えていたので、男を指さしていたのだ。
「昨日の件もお前か!」
「その通りです」
男が答える前に私が答え、男の耳と鼻の穴に突っ込んでいた魔水を解放する。口の中の魔水はまだ残ってて、ガフガフ言ってたけど言い訳させないようにするには丁度良かった。
そして、これまた走ってやって来た副隊長のジールさんが、男をジロリと睨み付ける。
「恥さらしな」
ジールさんが顎をくいっと動かしたので、男の口の中の魔水を解放しておく。男は咽ながらも拘束されて無理矢理歩かされ、何処かへと運ばれて行った。
「申し訳ありませんでした」
「……第五騎士隊副隊長。昨日は正式に名乗らず失礼しました」
「え?」
「ラジェルダ国薬草師、リット・ヴァミエールです。この遠征が終わり次第、この件は報告されるでしょうから、今の内に名乗っておきますね」
「……第五騎士隊副隊長、ジール・ラクワルドです」
本当は、こんな名前を出したくはなかったけど、自分一人ならともかく、カルガさんもシダさんも関わってしまったから。
「義父、ヴァミエール公から正式に話しが行く事でしょう」
「……はい」
「という、面倒なお話はここまでで終わりにしましょう。良いですよね?」
そう聞けば、ジールさんは勿論ですと真面目な顔で頷いた。
仕方が無い、貴族の世界ってのはそう言う物だと言われたし。利用できる物は利用しろと、豪快に笑う義父の顔を思い出しながら溜息を吐いた。
「さっきの人が、どうしてあんなに薬草畑を駄目にしようとしていたか、必ず聞き出して欲しいんですけど」
「お約束いたします」
「それと、彼の利き腕、切り落として下さい」
「……解りました」
「あ、ちゃんと生やしますから大丈夫ですよ?」
「え?」
「えっと、薬草の大切さを身を以て知ってもらえたらいいのかなって思ってですね」
「どうせなら手足を切り落とせば良い」
「わ、サノエさん過激」
「生えるのだから良いだろう?」
「いや、そうだけど。でも、腕一本だけでも体力無いと激痛で死ぬよ?」
「ヴァミエール公に知られればどうせ命は無いんだ。同じ事だろう」
「えー、でもここでやっちゃうとさ、士気に影響出るんじゃないかなあ、なんて」
「その程度で士気が落ちるなど、最初から無いのと同じ。それならば無くても問題はない」
「あの、サノエさん、落ち着こう?はい、深呼吸!」
声を荒げる事もなく、静かに激昂するタイプって怖い。
サノエさんと一緒に何度か深い呼吸を繰り返していたら、私をじっと見下ろしていたサノエさんが、顔を赤くして視線を背けた。
「ああうん、良かったよ、正気に戻ったみたいで」
「……失礼しました」
「いいのいいの。偶には発散しなきゃね」
見せしめの意味も篭めて、二度と薬草畑を荒らされないよう、他の騎士達が見守る中。
「本当に申し訳なかった。コイツの腕はせめて私が切ってやろう」
「あの、ちゃんと生やしますから!」
第五隊隊長レンデルさんが、竜との戦いの後戻って来て騒動を聞いた途端、私に向かって頭を下げながらそんな事を言って来た。
「あの、取り敢えず傷がある人は皆治癒所へお願いします!」
重傷者は途中で帰されているから、今は軽傷を負っている人がいるはずなのだ。その治癒が終わって、食事の前にやろうと言う事で何とかレンデルさんにも落ち着いて貰い、一緒に治癒所へと入って行く。
「第五隊の人達は、戦い方が上手いんですね」
「そう、だろうか?」
「第二隊の人達は、重傷者が割と多かったので」
「ああ、それは戦い方の違いだろう。あちらは責める戦い方だが、我々は逃げる戦い方なのだ」
「……逃げる戦い方?」
「あー、つまり、積極的な戦い方が出来ないから、逃げながら戦うと言う方法を取っている」
「なるほど。けどそれって、徐々に押されてしまいますよね?」
「その通りだ。だから、第二隊の休暇中しかもたない」
確かに、逃げながら戦うと言う消極的な方法では、竜の足を止める事は出来ないし、やがてこちらへの侵入を許してしまうだろう。
ふむふむと頷きながら、レンデルさんが中回復剤を飲むのを待ち、飲み終えたのを見てから治癒所を出た。
テントの真ん中にある広場は、隊長が鼓舞する為に演説したりする所だ。今そこには、磔にされているあの男がいて、怯えながら周囲を見回していた。
「コイツの名はザリ・スウェル。スウェル男爵家の次男で、騒動を起こすのはこれで八回目だ」
「え、そんなにですか」
「ああ、そんなにだ。全く反省する事も出来ず、かと言って努力する事も出来ない、哀れな男だ」
「ああ、偶にいますよね、そう言う人」
持って来たのは浄化剤と完全回復剤。
炎症を起こされても困るし、菌が入り込んでも困るから。
「皆聞け!ここにいるザリは、我々の命を繋ぐ為の薬草畑を踏み荒らし、尚且つ、薬草師であるリット・ヴァミエール嬢に手を出そうとした!」
え?そうだったんですか?なんて驚きに目を向いたけど、レンデルさんは自信たっぷりに断言しているので、きっとそうなんだろう。
レンデルさんの言葉を真面目に聞く第五隊の人達の視線が痛い。
「既に皆が回復剤の世話になっている事だろう。それを作り出したのはここにいるリット・ヴァミエール嬢に他ならない。重傷者が何故復帰できているか。それもまた、この方のお蔭と心得よ!」
ははー!と頭を下げたくなる演説に、第五隊の人達はキリッと敬礼をしてくれた。一斉に送られたそれに動揺し、思わずもういいですからと止めたくなる。
「恐れる事無く魔物に立ち向かえるのは偏に、完全回復剤を作り出して下さったからである!その効果、しかと見届けよ!」
そして、レンデルさんは短い掛け声を上げた後、剣を振り下ろして磔にされていた男の右腕を切り落とした。ボテッと間抜けな音を立てて地面に落ちた腕と、猿轡のお蔭で聞こえない悲鳴とそして、第五隊の人達の真剣な視線。
非現実的な感覚に陥りながら、切られた腕の断面に浄化剤を掛け、猿轡を解いた。途端に泣き叫ぶ声が辺りに響き渡り、レンデルさんが額を抑え付けて動かないように固定する。
「はい、ごっくり飲み込んで下さいね」
私から完全回復剤を奪い取ったレンデルさんが、男の口の中に瓶を突っ込み、喉の奥へと薬剤を流し込んだ。途端に、右腕が虹色の光りに包まれ、同時に男の泣き叫ぶ声が高くなる。
しかし、叫んでいる内に右腕が生えて来て、そして男は気絶した。
「高回復剤を」
「必要ない。これ以上無駄にしないでくれ」
「でも」
「いいのだ。本当なら完全回復剤を使う必要もなかった」
うわわ、レンデルさんてサノエさんと同じタイプかしら?
怖い人が増えちゃってやだなあ。
「リット・ヴァミエール嬢。すまなかった」
「あー、いえ、もういいです。それと、私の事はただのリットでお願いします」
「しかし、」
「お願いします」
縄を解かれた男が治癒所に担ぎ込まれて行くのを見送り、何となくそのままレンデルさんと一緒に夕食を摂った。途中でサノエさん達と合流し、サノエさんの冷たい声で「両腕でも良かったのに」と言われて震える。
「うむ。やはりそう思うか」
「思います。腕がある事が勿体無い」
「確かに。しかし、完全回復剤を無駄にしてしまう事になるからな。精々あの右腕には活躍してもらう事にするから、それで許して貰えまいか」
「いいでしょう。ただし、三度目はありません」
「勿論だ」
私の両脇で交わされたその会話に、必死で聞こえないふりをしながら夕食を口に運んでた。うう、お笑い要員のガルグさんに会いたい。切実に。