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竜の糞騒動

 眩しい朝日を浴びながらテントの後ろへと回り、薬草たちに挨拶をする。

 思った通り、今日から薬草の収穫が出来る事を喜び、朝食後に早速取り掛かる事にした。


「どうだった?」

「今日から行けます」

「そうか。そいつは朗報だ」

「はい」


 待っていてくれたガルグさんと二人、配給の列に並んで朝食を貰う。

 食べていると第五隊の隊長と副隊長が合流して来たので、私はさっさと朝食を胃に治め、薬草を摘んでから調剤用のテントに向かった。

 治癒隊隊長のサノエさんが既に調剤に入っていて、王都から届いた薬草の選別も終わってたみたいで、何とか中回復までは賄えそうだと聞いてほっと息を吐き出した。


「これ、使って」

「出来たんですか」

「うん。今日から収穫できるけど、数は少ないから少しずつ増やそう」

「はい」


 高回復と完全回復用の薬草が足りない。

 王都から届いた薬草は九割が小回復にしかならない代物だった。


「……王宮薬草園って、あっても意味ないじゃんね」

「特殊な育て方をするからこそ、必要なのですが」

「だよねえ。ね、薬草に話し掛けるって、そんなに恥ずかしいかな?」

「……場合によっては」

「そっか。別の方法考えるにしても、帰ってからになるなあ」


 どうしたもんかなと思いながらも、この様子だと魔力回復草は全滅してるだろうなと、気持ちが沈んでしまった。


「大丈夫ですよ、今の所あなたの薬草のお蔭で治癒隊は魔力を貯め込んでいる状態ですから。いざとなったら我々が治癒術を使います」


 落ち込んだ私にサノエさんがそう言ってくれた。

 なるべく治癒隊の魔力は温存させたいって事で、ずっと回復剤を使ってた訳だけども、薬草が使えない状況になるとは思ってもみなかったからねえ。


「サノエさん、魔力回復剤はあんまり無いんだからギリギリまで頑張りましょう」

「ええ、そうですね」


 魔力回復剤は、その作り方が特殊過ぎて中々数を作る事が出来ない。

 微量な単位を間違えると単なる薬草液になってしまうのだ。渋い顔をしながら唸っていたら、次々と治癒隊の人達がやって来て、採れたて新鮮の高薬草を見て嬉しそうに顔を輝かせていた。

 うんうん、竜の糞を持って来てもらって正解だったね。


「リットさん、薬草畑をもう少し増やしますか?」

「うーん、悩み中」

「理由は?」

「第五隊が来たから」


 正直、第二隊だけだったら足りなかったけど、第五隊が合流したんだし、もう大丈夫だろうと思う。とりあえず第二隊の面々の英気を養う為にここから一旦離れるらしいけど、戻ったら一斉に討伐に入るんだろうし。


「大丈夫でしょうか」

「大丈夫だよ、きっと。第五隊の隊長さん、顔が怖かったもん」

「……顔が怖いからと言ってもですね」

「あの気迫なら、竜も逃げ出すかもしれないよ?」


 サノエさんと笑い合った後、調剤用のテントを出た。

 丁度第二隊の面々が、顔を喜びで溢れさせながら休暇の為の準備をしている所だった。バタバタと慌ただしい中、ガルグさんが私に気付いて歩いて来る。


「リット、悪いが十日程いなくなる」

「はい、聞いてます」

「お前の事は第五隊の隊長に頼んでおいたから」

「ありがとうございます」

「……いいか、一人でうろつくな。暗くなってからテントから出るな。朝早くも駄目だ。それから」

「ええ、まだあるんですか」

「自分が女だってことを忘れるな」

「失敬な!ちゃんとわかってますよそれくらい」


 わかってねえよと軽く頭を小突かれつつ、第五隊隊長の元へと連れて行かれた。第五隊は既に討伐に出る準備を進めている所で、そんな中を行く私のすごい場違い感。

 ガルグさんは良いとして、一緒に歩いている私に突き刺さる視線がビシバシ突き刺さる。


「改めて紹介する。コイツが薬草師のリットだ」

「リットです、よろしくお願いします」

「第五騎士隊隊長のレンデルだ」

「同じく副隊長のジールです」

「ぬぼっとしてる奴だから気に掛けてやってくれ」


 ガルグさんの酷い紹介に、レンデルさんとジールさんが真面目な顔で頷くのを見上げ、どうやら冗談が通じ無さそうだと理解した。


「よろしくお願いします」


 もう一度頭を下げ、ガルグさんと一緒に第二隊の所に戻り、そこで別れた。

 私はテントの後ろに行き、薬草たちに話し掛ける。

 主にガルグさんへの愚痴になったのは仕方のない事だろう。


 今日収穫した高薬草の所に、残っている竜の糞を少しだけ混ぜ込みながら土を柔らかくして魔水を掛ける。根を残しておけば二日で収穫が出来るだろう。完全回復草はこの分なら、明日収穫が出来そうだ。


「なあにしてんの?」


 突然掛けられた声にビックリして顔を上げると、見た事の無い人がニヤニヤ笑いながら私を見下ろしていた。魔水を顔にぶつけてから全力で走って逃げる。

 調剤用のテントまで走って逃げ込んで、全員が驚いた顔で私を見ている中、荒い呼吸を整えた。


「あー、ビックリしたー。何だったんだろ」

「大丈夫ですか?」

「ああ、うん、大丈夫。ちょっとビックリしただけ」


 どうしよう、竜の糞混ぜてるとこ見られたかなあ?

 まあいいか、見られたとしてもアレを飲まなきゃ回復しないんだから。


「……何があったのか教えてもらいます」

「え?」


 怖い顔のサノエさんにそう言われて、とりあえずあった事をそのまま伝えた。


「ね、竜の糞混ぜてるとこ見られたと思う?」

「その心配は必要ありません。むしろ別の心配をした方が良いでしょう」

「別の心配?あ、魔水ぶつけちゃった事?でもあれは別に害があるって訳じゃないから大丈夫だと思うよ?」

「そこではありませんよリットさん。いいですか、ガルグ隊長からあれ程一人になるなと言われていたのに、なぜ一人で行動しているんです?」

「えー……、だって、薬草に話し掛けるのは変なんでしょう?」

「…………カルガ、シダ。あなた達は今後リットさんと一緒に行動しなさい」

「それは駄目だよ、サノエさん」

「あなたに駄目だと言われたくないのですが」

「でも、調剤できる人がいなくなるのは困るでしょう?」

「手は足りています。それに、カルガとシダは既に完全回復剤の調剤方法を完璧に覚えておりますから」

「え、そうなんだ、すごいね」

「ええ、すごいんですよ。ですからこの二人にはリットさんの助手になって貰います」

「でも治癒隊の人なのに」

「あなたの助手です。解りましたか?」

「は、わ、解りました!」

「宜しい。カルガ、シダ、くれぐれも離れないように」


 怒っているサノエさんに調剤用テントを追い出された私は、カルガさんとシダさんを連れ、とぼとぼ歩きながら再び小さな薬草園へと戻った。


「ぎゃあああああああっ!」

「これは」


 私の叫び声に集まってきた人達が何事かと聞いて来るけど、答える事が出来ない。がっくりと膝を付き、項垂れていた私に荒い呼吸をするサノエさんが声を掛けて来た。


「どういう事です」

「サ、サノエさん……、戻ったら、こんな」


 小さな薬草園は踏み荒らされ、薬草は引き抜かれて投げ捨てられていた。


「酷いよ、何でこんな事するのかなあ……」

「そうですね。自分で自分の首を絞めるような物です」


 落ち込んでいる私を置き去りにして、カルガさんとシダさんは、引き抜かれて投げられた薬草を探しに行ってくれた。サノエさんは私が落ち着くまで傍にいてくれて、一緒にもう一度土を耕してくれた。


「ごめんね。やっぱり竜の糞を混ぜてた事、ショックだったのかも」

「……そうかもしれませんね」


 ぐすぐすと泣きながら耕し、触るのも嫌だったのか竜の糞が入った袋はそのままだったので、耕した土に混ぜ込んだ。


「まだ種はありますか?」

「あるけど、数が少ない」

「でしょうね。高回復用も完全回復用も薬草が少なくなりますね」


 新たに耕した所に種を蒔いていると、カルガさんとシダさんが戻って来た。


「これしか見つからなかったです」

「ありがと」


 カルガさんとシダさんが差し出してくれた薬草は、無理矢理引っこ抜かれたせいか葉が痛んでしまって、使えない状態だった。


「ごめんね、痛かったね」


 そう言いながら、葉っぱの所を切り取って、根っこだけ土に埋めて行く。

 五本も見付かっただけ良かったと思う。


 その日は、落ち込みながらも一日中薬草の傍で語っていた。


「第五隊が来た初日からこの騒動。随分と統制されているようですね?」


 夜、再び私のテントにやって来たサノエさんは、第五隊の隊長レンデルさんと副隊長ジールさんを連れて来てた。


「すまなかった」

「申し訳ありませんでした」


 レンデルさんとジールさんの謝罪に、どういたしましてと頭を下げる。


「あの、やっぱり竜の糞を使ってるってショックですか?」

「……リットさんは黙っててください」


 サノエさんにそう言われ、はいと返事をして俯いた。


「今日は大きな怪我も無く幸いでしたが、リットさんが作り出した完全回復剤がどれほど貴重な物なのか、本当に理解されているのですか?」

「すまない、二度と無いよう徹底する」

「そうして下さい。遠征先で薬草を育てる事が出来るのも、リットさん唯一人なのですから」

「うむ、理解している」


 レンデルさんの言葉にサノエさんは大袈裟に溜息を吐き出した。


「隊長が理解していても隊員が理解して無きゃ意味がないでしょうに」

「その通りだな」


 サノエさんの言葉に小さくなって行くレンデルさんに、良く叱られる私も共感する。そう、サノエさんて怖いんだよねと、うんうん頷いてた。


「……リットさん、あなたは何をしているんです?」

「へ?」


 ジロリと睨まれ、サノエさんの怖さが良く解ると共感していたなんて言えなくて、視線が彷徨った。ガシッと片手で顔を掴まれ、そのままぐにぐにと頬を揉まれる。


「いぶ、いあいっ」

「痛いようにしてるんですから当然です」


 そのまま何度かぐにぐにと揉まれてからやっと解放された。


「本人がこれですからね、本当にそちらで徹底して下さい」


 疲れたサノエさんの声を聞きながら、むうっとしつつも何も言う事無く、レンデルさんとジールさんを見送った。


「カルガ、シダ、入りなさい」


 今度は治癒隊の二人がテントに入って来たと思ったら、それじゃお休みなさいと言ってまずサノエさんが寝転がった。


「え?」

「おやすみなさい、リットさん」

「おやすみなさい」


 ビックリしてサノエさんを凝視してたら、カルガさんとシダさんまで同じように寝転がるから更にビックリだ。


「え、何、どういう事?」


 驚きながらも聞いたみたけど、誰も答えてはくれなかった。

 その日私は、疑問符をたくさん頭の中に浮かべながら眠りに付いたのであった。




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