おっさーん
翌日はどこも欠損する人がいなくて良かったけど、第二騎士隊の面々は既に限界に達しているんじゃないかと思う。彼らを見送り、彼らを出迎えるしか出来ない私達に出来る事は、日々消費されて行く回復剤をせっせと作る事だけだ。
「おい、持って来たぞ」
その日の出番を終えたガルグさんは、竜の糞を入れる為に渡してあった袋を差し出して来た。
「ありがとうございます」
「何処に植える?」
「それ、考えてたんですけど思い付かなくて。何処が良いでしょうね?」
「……調剤用テントの隣でどうだ?」
「あそこじゃ治癒所と近過ぎますよ」
「あー、そっか」
本当なら調剤用テントの近くが一番良いのだろうけれど、治癒所として使っているテントの隣にある為、緊急時に踏み荒らされてしまうだろう。
「お前のテントの後ろは?」
「あの辺、心が弱った騎士の人がうろつく事がありますけど」
「おま、何で早く言わねえんだよ」
「いやあ、侵入されるには至ってなかったし、昨日はガルグ隊長が来たんで来なかったみたいですし。たぶん、もう大丈夫なんじゃないかと」
バシッと頭を叩かれ「そう言う問題じゃねえだろ」と言われたけれども。
「心が弱ってる時って、本能的に癒しを求めますからねえ」
「…………くそっ」
ガルグ隊長はそう吐き捨てた後、私に竜の糞が入った袋を押し付けてから何処かへ歩き去って行った。私はその袋を持ち上げ、これで短期間で薬草が育つとニンマリしながらさて何処に植えようかなと、キャンプ地をうろうろと歩き回った。人の眼が少なく、見付からないような所と考えながら歩き回っていたら、怖い顔をしたガルグさんが急に現れてビックリした。
「突然現れるの止めて下さいよ」
「お前は何をしてるんだ何を」
「へ?栽培に適している所を探している所ですけど」
「…………来い」
睨んで来るガルグさんが怖くて、何で怒ってるんだろうと思いながら渋々後を付いて行った。結局、何処にも良い場所が無くて、最初にガルグさんに提案された通り、私のテントの後ろ、陰になる所をガルグさんが掘ってくれたので、そこに竜の糞を混ぜ込んで耕した。
念の為と持って来ておいた各薬草の種を植え、魔水を与えておく。
「飯は?」
「食べてないです」
まだ怒っているガルグさんに引っ張られ、配給所に並んでドロドロの何かを受け取り、それを黙って胃袋に治めて行った。味がどうとか言えない状況だから、精神的な損傷が修復できないのだろう。判ってはいるけど、食料が届かないから改善は出来そうにない。
「竜がいるせいで、他の魔物が近寄りませんからねえ」
「せめてドルンくらい食いてえよなあ」
通常の魔物討伐であれば、討伐した魔物を食べるのだとガルグ隊長が言っていた。けど、今回は三つ頭の竜がいるせいで他の魔物がいないのだ。世界中どこにでもいるドルンでさえ、その気配もないと来てる。
ガルグさんと同時にはあ、と溜息を一つ吐き出した。
ドロドロの何かを何とか胃袋に治めた後、ガルグさんと二人、私のテントへと戻った。
「なあリット。俺が何で怒ってるか理解してるか?」
「いいえ、まったく」
「……だろうな。今までお前が無事だったのは、俺達が仮にも騎士だからだ。けど、それももう限界に来てる」
「ボロボロですもんねえ」
「わかってるなら一人でうろつくな。誰かのテントに引っ張り込まれて犯されるぞ、お前」
ガルグさんにそう言われ、きょとんと見返し。
ああ、それで怒っていたのかと漸く合点がいった。
「なるほど、心配してくれたんですね?」
「お前もそうだがアイツらもだ。ここへ来てから既に一月半が過ぎてる。お上品な奴らばっかじゃねえからな。それに、ギルドから来てる冒険者はもう駄目だ」
「ああ、そう言えば冒険者の人達はどの辺にいるんですか?」
「お前が近付けないとこ」
「そうですか。うん、忠告ありがとうございます」
「解れば良い。今日副隊長を急使として王都に行かせた。早くて三日後には何らかの動きがあるだろう」
「あ、薬草の件も伝えてくれました?」
「当然だ。食料だって遅れがちだからな」
「肉と酒が欲しいですよねえ」
三つ頭の竜は、休む事無く毎日真面目にやって来るから、第二隊の面々も休む暇が無いのだ。昼と夜の交代制な上、ゆっくりする時間も無いのはかなりキツイだろう。
「治癒隊の方は既に回復剤を作ってますけど。治癒隊もいつまで精神的に持つかって所ですよね」
「やっぱ薬作るのも影響すんのか」
「します。薬効成分を最大に引き出す為には、誤差が少ない方が良いですし。人の手で作るのですから間違いだってありますしね」
「……だな」
せめて三日の休みがあれば、近くの村……じゃ人数が多過ぎて対応できないか。近くの街となると往復五日、最低八日の休みが必要になるなあ。
「ガルグさん、竜は何がしたくて毎日毎日来るんでしょうか?」
「知るか」
「何らかの理由があるんじゃないでしょうか?痛い思いをして追い払われてもやって来るんですから」
「……この先には何もねえが」
もしかしたら何か、竜が惹かれる物があるのかもしれない。
「一度竜を追い払わず、その行動を監視してみては?」
「却下だ。このキャンプ地が限界ラインだ、これ以上先に進ませれば村と町があるからな」
「……村と町に行って、竜に関わる何かが無いか探してみては?」
提言してみれば、ガルグさんは眉間に皺を寄せてじっと見返して来る。
「もしかしたらですけど、竜から何か盗んだのかもと思ったんですよ。卵だったらもっと悲惨な事になってるでしょうから、何か別の物かなあって」
「…………別の物って?」
「わかりません。けど、何かを目印にして進んでるんじゃないかと」
わざわざ痛い思いをしながらも、それでも行こうとするもの。
何だろう、三つ頭の竜が何を考えているのか解れば良いのに。
「お前の案も一理ある。一理あるが、やはりこのまま進ませる訳には行かない」
「ガルグ隊長の石頭」
「うるせえよ」
日数が経過する度、立ち上がれなくなる騎士が増えて行く中、五日後に副隊長が戻って来た。王都から第五隊が出ていて、間もなく到着すると言う。
それを聞いた第二隊の面々が歓喜の声を上げた。
第五隊が到着次第、第二隊の面々は一度街まで引き上げるそうだ。
「良かったですね、ガルグさん」
「ああ。これでまた戦える」
第五隊が到着したのはその日の夕方。
たくさんの食料を持って来てくれたお蔭で、その日の夕食は豪華だった。
「肉!久し振りの肉ですね!」
「ああ!」
第二隊の面々に表情が戻った事が喜ばしい。
治癒所で寝ていた人達も起き上がって、一緒に夕食を摂った事で随分活力が戻って来ているように思う。
「薬草、無駄になったか?」
「いいえ。今後の為にも植えて良かったです」
「だが薬草も大量に持って来てただろう?」
「あれは駄目です。薬効成分がガタ落ちです」
「……どういう事だ?」
「手入れを疎かにしたみたいですね。薬草の栽培方法を確立しましたけど、栽培するには毎日毎日薬草と語り合わないと駄目なんです」
「その辺で勝手に生えるんじゃねえのか?」
「野生種ですからそれはそうなんですけど。人の手で育てるなら根気良く、薬草が恋人ってぐらいにならないと」
自生している薬草は確かに、人の手が入っていないからか物凄く強い。
けど、必要な数を集めるには根気のいる作業となる。特に、高薬草や完全回復草ともなるとその数が少ないから、栽培しようと思ったのはそれが切っ掛けだった。
「王都から持って来た薬草は、小回復程度ですね」
「そんなにか。箱に高薬草って書いてあったが」
「サノエさんも呆れてましたよ。薬草園の人達、全員路頭に迷うでしょうねえ」
「……厳しいんだな」
「当然です。軽い気持ちでいられても迷惑ですし」
「まあ、確かにな」
第二隊の面々が討伐でいない時に、私はテントの後ろに通ってせっせと薬草に話し掛け、魔水を与えて育てて来た。明日には最初の薬草が収穫できる予定だ。
「竜の糞のお蔭ですくすくと育ってますから大丈夫ですよ。第二隊の休暇が終わって戻って来る頃には、完全回復剤を増やしておきますからね」
意気込んでそう言えば、ガルグさんがクツリと笑って私の頭を小突いた。
「そうそう食われたりしねえよ」
「そんな事言ってると、大事なとこ食べられるかもですよ?」
「食われるか!」
「ご安心ください、大きくなるようたっぷり飲ませて上げます」
「そりゃどうも」
そんなバカ話をしている私のテントの中に、第五隊の隊長と副隊長、治癒隊隊長のサノエさんがやって来た。
息苦しいのは、三人用テントの中に五人もいるからか。
「あの、私席を外しますけど」
「暗くなってから一人になるとか、お前は俺の忠告の意味が解ってねえな!」
「でも、重要な話し合いなのでは?」
「その通りだ」
「私関係者じゃないですよ?」
「その通りだ。だが場所が他にねえんだから諦めろ」
ガルグさんはそう言って、隅に座っとけと言って私を追い払った。
まったく、私の扱いについてガルグさんとは一度話し合った方がいいんじゃないかと思う。テントの隅で膝を抱え、ジト目でガルグさんを見ていたら、見た事の無い真面目な顔で話しをしていたので見るのを止めた。
聞くとは無しに聞こえてくるのは、竜と戦うときの注意点の数々。
闇ブレスがもっとも強力で、辺り一帯が枯れ落ちるらしいけど連発は出来ない。氷のブレスは吐き出すまでに時間が掛かるから避けやすいけど、避けた所に炎のブレスを吐かれるとか。
炎のブレスは連発して来るらしく、連発が止まった隙に攻撃して足止めをするとか。
よくそんな怖い事し続けてるなあって、聞きながら徐々に眠くなって来る。
私なら、出会ったその瞬間に逃げ出してるのに、騎士隊の人達は向かっていくのかと思ったら、頑張って薬草育てて回復剤充実させようって素直に思えた。
正直、薬草以外に興味が無くて、ここに連れて来られても何で私、ここにいるんだろうって不思議に思ってた。でも、自分が作り出した物がこうして役に立ってるって解ったから、来て良かったって思える。
「……風邪ひくぞ」
「んー……」
いつの間にか話し合いは終わり、膝を抱えて座っていた私は眠り込んでいたようで、ガルグさんに起こされた。
「寝てました」
「知ってる。毛布に包まっとけ」
「はい……」
手渡された毛布をばさりと頭から掛け、胸の前で合わせて握り込んだ。
同時に身体が浮き上がってビックリして目を見開けば、近い位置にガルグさんの顔があった。
「……おっさーん」
「誰がオッサンだ!」
「ふふ」
疲れた顔のガルグさんは、親切に私を寝床に運んでくれたので、ありがたくそのまま横になる。毛布にくるまったまま瞼を閉じれば、あっと言う間に睡魔がやって来た。
「おやすみなさい」
それだけ言うのが精一杯で、睡魔に身を委ねた私はそのまま眠りに付いた。
「……無理に入り込んだ俺が言うのも何だが、まったく意識されてねえってのもどうなんだよなあ」
意識してない訳じゃないけど、しないようにしてるんですよ、ガルグさん。
特殊な環境下にいるからそんな事が出来ますけど、そうじゃなきゃ心臓バクバクです、ガルグさん。
そんな夢を見て心臓バクバクで飛び起きた。
うっすらと明るくなり始めた早朝、自分と逆端に、こちらに背を向けて眠っているガルグさんが見えた。
ああ、夢で良かったと思いながらドキドキしている胸に手を当てる。
こんなにドキドキしたのは、高薬草の栽培に成功するかどうかの、あの日以来だ。あの時も心臓がバクバクして、気分が高揚してた。
ふうと軽く息を吐き出し、魔水で顔を洗う。
そう言えば魔水を作り出す事も出来なかった頃を思い出して、くすりと笑ってしまった。薬草の栽培に魔水が不可欠と解ってから、それはもう必死に頑張って魔力を練り上げて水を生み出し続けたんだよね。
薬草の為ならどんな努力も厭わず、コツコツ頑張って来た成果が今だ。
王都に連れていかれて軟禁されてるけど、薬草園があるから別に気にならないし、逆に感謝してたりもする。
ただ、両親が大切にしてた店がどうなってるか、それだけが気掛かりなんだよねえ。
「起きてたのか」
「うわあ、もう、いきなり声掛けないで下さいよ。おはようございます」
ガルグさんて、いつも音を立てない人だから全然気付かなくて困る。
「はよ」
クツクツと笑いながらそれだけ言ってテントを出て行くガルグさんを見送り、私もさっさと着替えて外に出た。