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2016年/短編まとめ

想い人の本名を知ったのは本当に結婚する直前

作者: 文崎 美生

作間(サクマ)(サク)ちゃん、作。

そんな感じで呼ばれる想い人のそれは、全て彼女の苗字から派生したものだ。

作間だから、作ちゃんだし、作。

そんな彼女の名前を、俺は知らない。


目の前では無表情でガチャガチャと携帯型ゲーム機を鳴らす作ちゃんがいて、その作ちゃんの履いている上履きには丸っこい字で『作間』と書かれている。

クリアファイルに挟まった、授業で使ったプリントにも、名前は書かれていない。


「ねぇ、作ちゃん」


ガチャガチャガチャガチャ、それこそゲーム機が悲鳴を上げているような音が絶え間なく聞こえてくるが、その隙間にちゃんと「何?」と反応がある。

視線は相変わらず、ゲーム機に向けられているが。


「作ちゃんのフルネームって何て言うの?」


今思い返すと、クラス替えの際に張り出されていたクラス表に、作ちゃんのフルネームが書かれていたはずなのだが、思い出せずにいる。

ガチャガチャと聞こえていたはずの音が消え、小さな画面の中をポーズ画面に変えた作ちゃんは、ゆっくりと顔を上げてこちらを見た。


真っ黒でハイライトを一切入れない目が、俺の姿を映していて、ぱちぱちと瞬きをする度に長い睫毛が揺れる。

シンッ、と静まり返ってしまい、何故かいけない事を聞いたのかと冷や汗が流れた。


「それって求婚?」


「……球根?」


ぱちくり、俺も瞬きをしてしまった。

が、作ちゃんの表情は変わらずに、制服の胸ポケットに入れてあった端末を取り出し、ぽちぽちとキーボードを叩く。

それから、くるりと画面を向けられてそこには『求婚』の文字。

あぁ、球根じゃなかったんだ、なんて。


俺が確認したのを見ると、直ぐにその文字を消し去り、画面の電気を落としてポケットに入れ直す作ちゃん。

しかし、俺の方は、そっかぁ、なんて納得した後に、またしても冷や汗が流れ出す。

え、何、求婚って何。


「昔は名前を尋ねるのって求婚の意味があったんただけど」


「今は違うよ?!」


真顔で言って除けた作ちゃんに、机を叩けば、キョトンとした目を向けられる。

見開かれた瞳は、当然のことながらいつもより大きくなっていた。


「それは知ってるけど。知りたいの?」


「いや、普通に気になるでしょ。だって、名前だよ?普通名前知らないなんて有り得ないでしょう」


例えばコンビニ店員と客なら、名前を知らなくても当然で当たり前だが、俺と作ちゃんはクラスメイトだ。

自然と名前と顔が一致するような関係だろう。

もっと言えば、毎日話だってするしそれなりに仲が良いと思っている。


目の前で不思議そうに首を捻る作ちゃんを見て、あれ、これ俺だけが仲良いとか思ってんのかな、と考えてしまうのは仕方がないだろう。

そんな心中を知ってか知らずか、作ちゃんは小さく唸った末に首を横に振る。


「もう中学の半ばから幼馴染みと家族以外は、渾名で呼ぶのが主流だから」


「主流って言うのかなぁ、それ……」


言うよ、と抑揚のない声で言われて、苦笑を浮かべたところで、作ちゃんはゲームを再開してしまう。

先程からずっと思ってたが、ガチャガチャ音がRPGやシミュレーションをやってるのとは違う。

リズム系ならもう少しリズム感があるので、多分格ゲーとか無双で乱舞してる。


「名前には霊的な力があると信じられてるんだよね。ほら、有名なアニメ映画にもあったし、今ならイケメン男性の付喪神様でも見掛けるよね」


スレスレのネタを持ち込んで、大して気にした様子もなく言って退ける作ちゃん。

肝が座ってるのか何なのか、ガチャガチャ音を激しくしている。


指を忙しなく動かしながらも、本当に霊的な力があるのかは分からないが、確かに個を認識するには大切だよね、とかそんなことを言っていた。

淡々と言うので、ゲームのBGMにも聞こえてしまって、殆ど意味を理解する前に取り零してしまうのだが。


「つまり何が言いたいって、ボクは特別な人に大切なんだって思わせるように名前を呼んでもらいたい」


「凄く贅沢な言い方だね!?」


パチンッと勢い良くボタンを弾いた作ちゃんが顔を上げて、無表情で真顔でこちらを見たので、つい語尾を強めて突っ込んでしまった。

しかし、今更そんな突っ込み一つで作ちゃんが引くはずもなく、うん、と頷いている。


(カナメ)くんだって、そうでしょう」


コトリと音を立ててゲーム機を机に置いた作ちゃん。

その画面の中には『YOU WIN』の文字が光り輝いており、スレンダーな女性が腕を高々と上げて、ガッツポーズをしていた。

あぁ、格ゲーか。


ぼんやりとした思考の中で、作ちゃんの言葉を反芻してみると、顔に熱が集まっていく。

身体中を流れていた血液が、顔に集中したように錯覚して、悲鳴にも似た唸り声と共に、机に額を打ち付けた。


「何それ狡い、作ちゃん狡い」


震えた声での抗議は、カラカラとした笑い声で掻き消されてしまう。

想い人の名前を知りたかっただけなのに、何故不意打ちで名前呼びされているのだろうか。

赤くなった顔を腕で隠しながら、目の前の作ちゃんを見れば、珍しく薄らとした笑みを浮かべている。

してやったり、って顔だ。


「残念だったね、色々と」


軽く肩を叩いて来た作ちゃんに、俺は顔を赤くしたまま目を細めて小さく睨んだ。

俺が作ちゃんの本名を知る日は、まだまだ遠い。

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