スノちゃんの冬の女王様をめぐる冒険
ずっと続く冬。どうやったら終わるのでしょうか?
むかしむかし、あるところに、高い高い塔のある国がありました。
その塔には四人の女王様が住む決まりになっていました。春には春の女王様が、夏には夏の女王様が、といった具合に、それぞれの季節の女王様がそこに住む事で、その国にそれぞれの季節が訪れるようになるのです。
ところがある日、冬の女王様が塔へ入ったきり、出てこなくなってしまいました。
季節はず~っと冬のまま。雪はしんしんと降り続き、食べ物も残りが少なくなってきてしまいました。
困った王様は、ついにおふれを出しました。
「冬の女王を春の女王と交代させた者には褒美を取らせる」
それを見た国民は、皆こぞって塔の元へ向かいましたが、あまりの寒さの為に引き返す他ありませんでした。
その内に、皆は口々にこう言いました。
「冬の女王はきっと皆に怒っているんだ。何か悪い事をしたんじゃないか? それで困らせようと……」
「いやいや、きっと女王様の単なるわがままさ。それに付き合わされる我々は、たまったものではないよ」
「そうだ、きっとそうだ。どうせ大した理由はない。何と困った方だろう」
噂は国中に広がりました。
雪はしんしんと降り続き、街はすっかり根雪に包まれてしましました。
国は一面真っ白。どうしたらいいか誰も分からず、みんなの頭の中も真っ白。
冬はまだまだ続いてしまいそうです。
そんな国の、はじっこの方にある小さなお家。そこがスノちゃんとママのお家です。
「ママ、ママ。雪はいつになったらやむの? お外で遊びたい!」
スノちゃんの質問は、ママを困らせるものでした。それはママにも分かりません。
「せめて雪の女王様と会えたら原因が分かるのにねぇ」
「じゃあ、スノが会いに行ってくる!」
スノちゃんはやる気です。こうなったスノちゃんは、絶対に曲げない事をママは知っていました。ママはそれならせめて温かい格好をして行きなさいと、分厚いコートとママのお手製マフラーをぐるぐる巻いてくれました。とっても暖かい!
足下は秋頃に買ってもらったピンクの長靴。これで完璧!
「気をつけていくのよ」
「うん、ママは体弱いんだから、ちゃんと休んでてね。行ってきま~す」
スノちゃんの足取りは軽いものでした。
雪を掻き分け、スノちゃんは進みます。皆は寒くて諦めたけど、スノちゃんはママのマフラーのお陰でへっちゃらでした。
無事、塔へ着いて、スノちゃんは大きな扉をギィッと押し開きました。
中に入るとそこはぽかんと大きな空間が広がる、大きなお部屋でした。どこへ行ったらいいのか分からず、スノちゃんは大きな声で呼び掛ける事にしました。
「雪の女王様、雪の女王様。どちらにいらっしゃるんですか?」
「……おお、私を呼ぶのは誰だい?」
地面が揺れるような、低くて重たい、でも優しい声が部屋中に響きました。スノちゃんはびっくりしましたが、言葉を続けました。
「私、スノっていうの。雪の女王様に会いに来たの」
「ほうほう、それはまた。ではそこの階段を登ってこちらへおいで」
スノちゃんは言葉に従って、部屋の階段を登っていきました。
スノちゃんは目をまん丸にしました。階段を登った先の部屋には、山のように大きくて黒い塊があるだけでした。
「女王様、どこにいるの?」
「目の前にいるのよ。ちょっと待っててね、今顔を出すから」
言うなり、黒い塊からにゅうっと頭が出てきました。何と、冬の女王様は大きな亀だったのです!
「女王様って亀だったのね!」
「そうなのよ、うふふ」
「女王様は何故春の女王様と交代してくれないの?」
「……あらやだ、もうそんな時期だったのね。気付かなかったわ」
言い終えるやいなや、持ち上げていた女王様の頭が地面に落ちてきました。
どぉ~~ん!
スノちゃんはあまりの衝撃にびっくり。女王様も痛かったらしく、すぐまた頭を上げました。
「痛い、痛い。あぁ、もう眠くって眠くって。
知ってる? スノちゃん。亀は冬の間、冬眠をするものなの」
「変なの。冬の女王様なのに?」
「ホント、そうよね。私もそう思うわ。でも、昔じゃんけんで負けてしまったから。春は龍の、夏は雀の、秋は虎の女王様がそれぞれ就く事になったの。
いつもは冬の象徴である『黒色』のセーターで寒さをしのいで、春の女王様と交代するの。
冬の女王は黒を身につけなきゃならない決まりなの。でも去年、そのセーターに虫食いの穴が空いてしまって捨ててしまったのよ。それで、準備が間に合わなくて、今年の寒さに負けて冬眠を……ぐぅ」
話している最中にも寝始めてしまう始末。
「分かったわ、女王様。私が暖かくて黒いマフラーを持ってくる! ママの編んでくれたマフラーなら、きっと気に入ってくれるわ!」
スノちゃんは胸をドンと叩いて、意気揚々と部屋を出ました。部屋には女王様のいびきだけが響いていました。
「ただいま! ママ、冬の女王様に会ってきたよ!」
玄関を開けるなりスノちゃんはママにありのままを報告しました。ママはびっくりしていたけど、ちゃんと話を聞いてくれました。
一通り話が終わり、ママはう~んと悩みました。
「そんなに大きくて真っ黒なマフラーを作る材料なんて、うちには無いわ。ご近所さんにも聞いてはみるけど、きっと足りないわ。どうしましょう」
「それなら私が探してくる!」
スノちゃんが胸をどんと叩いて、意気揚々と出掛けようとするのを、ママが止める。
「スノちゃん、張り切ってくれるのは嬉しいけど、まずはご飯を食べましょう。スノちゃんの大好きなスープよ」
「わぁい、ママのスープだ! 大好き!」
ご飯をいっぱい食べて、またコートとマフラーを身につけて、長靴をしっかり履いて、スノちゃんは元気いっぱい、出掛けました。
とはいえ、どうやって黒い素材を集めよう。見渡す限り、真っ白な世界。黒色なんて、どこにもありません。
スノちゃんが悩みながら歩いていると、真っ黒なカラスが一羽、木の上にいました。
そうだ、カラスさんに分けてもらえれば、きっと作れるわ。そう思ったスノちゃんは、躊躇せず声を掛けました。
「カラスさん、カラスさん。その黒くて綺麗な羽毛を分けてくれないかしら」
スノちゃんの問いかけに、カラスは不機嫌に答えました。
「なんだって僕がそんな事をしなくちゃならないんだい? こんな寒さで羽毛を分けたら、僕は死んでしまうよ」
「冬の女王様にマフラーを作ってあげたいの。その材料がいっぱい欲しくて」
スノちゃんの言葉を聞いて、カラスさんはびっくりしました。
「何だって! その材料を僕一人から取ろうと思ったら、僕は丸裸のカラスになっても足りないよ。大体、羽毛で作ったマフラーだなんて、聞いた事がない!」
「それもそうね。でも、マフラーを作らなくちゃ、冬はいつまで経っても終わらないの。何かいい方法はないかしら?」
スノちゃんの問いかけに、カラスはう~ん、と悩んだ後に、閃きました。
「そうだ、北東の森に羊がいっぱいいたはずだ。そいつらなら羊毛を分けてくれるんじゃないか? その方が、マフラーには丁度良いよ」
カラスさんの提案は建設的でした。スノちゃんは納得して、カラスさんにお礼を言って北東の森へ歩き始めました。
深い雪を踏みながら北東の森に入ると、そこには羊さんがいっぱいいました。早速スノちゃんは声を掛けてみます。
「羊さん、羊さん。その羊毛を分けてくれないかしら。冬の女王様が寒がって、いつまで経っても冬が終わらないの。それで、真っ黒なマフラーを作る為に、素材を集めているの」
スノちゃんの問いかけに、羊さんたちは難しい顔で答えました。
「そうはいうけどね、お嬢ちゃん。こんな時期に僕らの毛が刈られてしまったら、今度は僕らが凍えてしまう。秋の頃に一度、人間に刈られているから、自分の分で精一杯なんだ。
それに、羊毛を黒く染めるなんて、とっても難しいんだよ?だから、僕らはきっと役に立てないよ」
スノちゃんはがっくりしました。もうどうする事もできないのでしょうか。
「そういえば」
一匹の羊が言いました。
「森の外れに、毛が刈られなかった羊がいたはずだ。彼ならきっと分けてくれるよ」
スノちゃんの目に再び希望の灯がともりました。ところが、他の羊たちは口々に言います。
「え~、でもあいつはきっと無理だよ」
「そうだそうだ、あいつは嫌われ者だから、きっと分けてくれない」
「何せあいつの姿は……ああ、恐ろしい!」
ざわざわと羊たちが騒ぎ始めます。
「一体どうだと言うの?」
スノちゃんの問いかけに、今度は答えがありませんでした。
スノちゃんは納得出来ないけども、羊たちにお礼を言って、その羊がいる方へと歩き出しました。
一体どんな羊さんだろう?皆から嫌われてるみたいだったなぁ。
とっても荒くれ者?だったら怖いな。
とっても無口?だったらやだな。
スノちゃんの不安は膨らむ一方。足取りも少し重たく感じます。
「あれかな?」
森の外れでようやく見つけたのは、毛を刈られず伸び放題、他の羊よりも一回りも二回りも大きくなってしまった羊でした。他の羊たちと違う点はそれだけじゃありませんでした。何とその羊は、ふわふわとした真っ黒な毛を生やしていたのです。
スノちゃんは物怖じせず黒い羊さんに声を掛けました。
「羊さん、羊さん。その黒くて伸び放題の毛を分けてはくれないかしら」
スノちゃんの声に、黒い羊さんは振り返り、じろりとスノちゃんを睨みました。
「なんだっておいらがそんな事をしなくちゃならないのさ。どうせお前もおいらのこの黒い毛を気持ち悪い、役立たずだと思っているんだろう?」
「お前じゃないよ。私、スノ。あなたのお名前は?」
「おっと、そいつは失礼。おいらはプーシク。黒い羊毛なんて、価値がないから刈られないんだ。だからこうして伸び放題。おいらはタダ飯食らいの、誰からも愛されない嫌われ者さ。
それを今更欲しがるのかい?」
スノちゃんは首を振って、目を輝かせながら言いました。
「ううん! とっても素敵! 何で嫌うのか、良く分からないわ。違うって、普通の事じゃない。それで嫌うだなんて、おかしな話だわ。
それに私、今、黒い羊毛がどうしても欲しかったの!」
プーシクは怪訝な顔をします。
「こんな黒い羊毛が? 変な奴だな。それは何故だい?」
「実は……」
スノちゃんは冬の女王様が冬の寒さで冬眠していて、冬が続いてしまっている事を説明しました。
「それでね、冬の女王様に、黒いマフラーをプレゼントしようと思ったの。でも、材料がなくって」
「それでこんな所まで来たのかい。嫌われ者の僕が役に立つだなんて……
でも、おいらも毛を刈られちゃったらすぐに凍えてしまうよ。おいらに死ねってのかい?」
スノちゃんはう~ん、と悩みました。
「冬の女王様が暖まってくれたら、きっとすぐに春が来るわ。そうしたら、毛が無くたって平気じゃない?」
「どれくらい掛かるか分からないけど、その間にきっと僕は死んでしまうよ。まあ、嫌われ者の僕が死んだ所で、誰も悲しみはしないだろうけどさ」
そんな悲しい事をしてしまったら、スノちゃんも悲しいし、ママもきっと悲しみます。スノちゃんは更に悩みました。更に更に悩みました。
そして閃きました!
「そうだ! 私の家へおいでよ!」
「え? スノの家にかい?」
「ママのスープはとっても美味しくて、温まるのよ!」
「いいのかい? 僕は嫌われ者の黒い羊だよ?」
「私は見た目なんか気にしないわ! 大丈夫、おいでよ!」
こうしてスノちゃんはプーシクと一緒にお家に帰り、ママに毛を刈ってもらい、黒いマフラーを作ってもらい始めました。
プーシクは人の家でご飯を食べるのは初めて。毛を刈られたプーシクは、「こんな美味しいものがあっただなんて!」と暖かいスープに感動していました。スノちゃんもママも、その様子を見てにっこり笑いました。
マフラーが出来上がるまで、スノちゃんとプーシクはいっぱいお話をしました。もうずっと前からの友達のように、お話しして、笑って、楽しい時間が過ぎていきました。
そしてマフラーが出来上がるなり、スノちゃんは冬の女王様の元へ急いで飛んでいき、ぐるぐるとマフラーを巻いてあげました。
「ん……んん? 暖かい!」
冬の女王様はすっかり元気になり、急いで春の女王様と交代をしました。
こうして無事、王国に春が訪れたのでした。
「良くやってくれた、スノよ。何でも褒美を取らせよう。何がいい?」
後日スノちゃんはお城に呼ばれ、王様は約束通り、褒美を取らせてくれました。
スノちゃんはこの日まで、何をもらおうかと、うんと悩みました。そして決めました。
「王様、王様。どうか、人を見た目やちょっとした事で、悪く言ったり、嫌いにならないようにみんなに言ってあげてください。みんなが違うから、今日春を迎える事が出来たんです。違う事を悲しむ人がいるのは、とても悲しいです」
スノちゃんの訴えを、王様は真剣に聞きました。そして、しばらく考えた後、高らかに宣言したのです。
「諸君! 以後、良く知りもしないで他人を非難する事を禁ずる! お互いがお互いをちゃんと知り、認め、そして共に歩む事! これをこの国の規範とする!」
その場にいた大勢の大人達は、誰も異議を唱えませんでした。
王様はにっこりと笑って、スノちゃんに問いかけました。
「これでいいかな?」
「うん! ありがとう、王様!」
「「王様万歳! スノちゃん万歳!」」
大勢の大人達が万歳三唱。スノちゃんは顔を赤らめながら皆に手を振って応えました。
こうして、春の女王様がもたらす暖かい陽気は根雪になっていた冬の残り香を徐々に消して、国中に花が咲き誇る春が訪れたのでした。