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2日目-1

飛行機で私の隣に座っていた女性が、飲み物を溢してしまった。溢れた物が私のスカートに掛かった。

濃い色の物では無く、何かがスカートに付いているという事実を無視すれば見た目問題は無かったが、溢した相手の女性の方はとても恐縮してしまい、「すみません。」を繰り返し、お菓子を「食べませんか?」と声をかけてき、ついで飛行機が雲の上にいる時は兎角暇なもので、その女性と目立たない小声で話をする様になった。

その女性は結婚出産離婚を経験した後、短時間で学べる心理学を学び、心理カウンセラーとして働くべく活動を開始したが、今一自分のやっている事が机上の空論に感じるのだという話をしてきた。

それで今回この飛行機に乗ったのだと。


私にも、彼女の言わんとする事は少し分かる気がした。巷では、癒し系のプチ心理学みたいなものが流行っている。物の考え方というのは変幻自在だ。需要に合わせて、如何様にも変化させる事ができる。多くを学んだプロフェッショナルが、需要に合わせて上手く纏め枝分けしたものがプチ心理学ではなかろうか。大学で学び医師免許をクリアし、臨床で辛い思いをせずとも、短時間で取得する事が出来る心理学。つまり、現実というパズルのピースから答えを出すのではなく、あらかじめ轢かれたパズルの枠の中に、現実というピースを当て込んでゆく。医学を学ぶ上で、おそらくはここで終わりという枠組みは無いのではなかろうか。プチ心理学には、敷かれたパズルの枠がある。それらを学んだ人々は皆、口を揃えて同じ事を言う。プチ心理学には色々な種類のものがあるが、ストレス社会の現代の中で、皆が癒しを求め、それらは需要となり、プロフェッショナルの人間がそこに焦点を当てたプチ心理学が今流行る。人々に癒しを与える考え方に矛先を向けてある。それが悪いとは思わない。腹が痛くも無い人たちに腹痛の治し方を説いても仕方ない。腹痛の治し方は、腹が痛い人の下で解く方が良く届くのは当たり前というものだ。癒しを求める人々が多く、そこに答えが得られるのならば、それで良いのだろう。しかしそれらは物事の根本的解決に触れるものでは無い。皆が同じ答えに口を揃えていたのでは、飽きてくる。だがそれで良いのだという気が無きにしも非ずだ。

私は決して、心理カウンセラーと言われる人達や、そういうものに近い感じで書かれた著書、その他諸々のもの色々あるが、嫌いなのでは無い。私自信も、癒しを求める状態なのだ。人々に癒しを与えてくれる心理カウンセラーといわれる人々の言葉や著書その他諸々には、やはり救われるものがある。そんな中には、立派な医師としての立場を持ちながら、患者の心理を理解したいとプチ心理を学ぶ人もいる。感じるのは、そういう人は皆、ただ人のためという目的だけではなく、自分自身の中に、何か葛藤している、解決したい問題と向き合おうとしているという要素がどこかしらある様に思う。そしてそういう取り組みはやがてパズルの枠を超え、その人固有の深みを見せてゆくのではなかろうか、そんな事を思ったりする。

「加奈ちゃんは世間知らずのとこあるからね。」と言ったマスターの言葉が浮かぶ。口先だけで屁理屈捏ねるのは、確かに簡単で、認めたくは無いが傷付いていた。

そういう訳で、彼女の発した「机上の空論」という言葉は、私の中で何かと絡んでくるものがあった。


「あなたは?」

その女性が言った。

「この時期にこの場所に向かうのには、それなりの理由があるのではないかと思って。」

そしてしばらく私の答えを待ったが、やがて「言いたくなければ、答えなくていいわ。ごめんなさい。」と付け足した。

理由は、ある。しかしその理由は、極めて個人的なものであった。私はここ最近の自分の状況を上手く説明する自信も無ければ、なぜ今この飛行機に乗っているのかも、よく理解しきれていなかった。だからきちんと答える事は不可能だった。

「ええ、まあ。」

私はそう言ってお茶を濁しながら、意識的にサスペンス劇場の俳優並のニヒルな笑みを浮かる自分が悲しかった。


そう、理解しきれていなかった。

マスターのいう事だからどうにかなると思っていたし、事実今までいつでもそうだった。マスターのいう事を聞いて、救われた事が私は何度とと無くある。

しかし私も少しばかし年を取り、マスターとの付き合いも学生の頃のそれとは少しづつ変わってきていた今日、忘れていたのだ

マスターのいう事に嘘は無いとしても、この人は決して甘くはない。


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