1日目-6
ミ~ンジリジリジィ~。
どこかで蝉が鳴いていた。
店の方にはインフルエンザと言ってある。
踏んだり蹴ったり。投げ飛ばされたり。何だかおかしな空回り。兎に角どこかで休もう。シャワーを浴びて、サッパリしたかった。このままでは見た目的にもまずい。
家に帰れない距離では無かったが、帰るのは嫌だった。
行き場を無くした。
1時間後、行き場を無くした私は馴染みの喫茶店に座っていた。
「加奈ちゃんらしいね。」
いつ来てもにこやかで爽やかなマスターが、コーヒーと、注文していないケーキを出してくれた。
「試作品。サービスね。味見してみて。」
ここのマスターは長身で筋肉隆々、ガタイも良く、ハンサムでバリトンの声で話すが、実は女である。
私は中学生の頃から、学校帰りに寄ったり、サボったり、友達と暇を潰したり、色々と愚痴を溢したりと随分お世話になっている。小汚い身なりでも飛び込む事が出来る唯一の場所で、今日も入るなり、この前からのおかしな空回りの出来事について、堰を切ったようにぶちまけていた。「30の誕生日から、始まったのよ。」と、半キチの様になって喋っていた。
「らしいって何?」
「自分の塀の中でグルグルするところ。」
自分の塀の中でグルグル。
「この前からおかしくなったのよ。」私はもう一度繰り返した。
マスターの微笑みは揺るぎない。
「例えば、そ奴に恋心抱いたとして」
「恋心なんか抱いて無い。逃げ場が無かっただけ。会ってすぐ恋心なんて狂乱染みてくるから止めて。暇潰しに病院に行こうと思っただけ。それならおかしな事ではなわ。むしろ当たり前。」
私は恋心という言葉を速攻で否定した。後に続く言葉は上手く説明出来なかった。
「まあまあ。恋心でもいいじゃん。」
「良くない。」
「まあまあ。でもそうやって自分の中でゴチャゴチャ否定したり、」
「肯定してる。逃げ場だったの。」
「どっちにしても結局同じところグルグルしてるね。」
分かってる。と、弾み的に返しそうになったが言わなかった。分かっていない様な気がしたからだ。
「荒宗って人がスマホ取りに行くように加奈ちゃんに言ったのも、どういう意図かなんて分からない事だよ。」
「・・・・・。」
「自分がいないと、この人スマホも無くて、困るだろうな。って、良い人だけどね。加奈ちゃんの思い込みかもね。何にも考えてないかもしれないじゃん。」
にこやかなマスター。
「・・まあね。」
「仮にその通りだったとして、良い人じゃん。腹立たないよ。」
「・・・まあね。」
「何で腹立つの?」
「・・・・・。」嫌な予感。
「やっぱり恋心だな。一目惚れ、ありあり。」
マスターは
大爆笑した。
「能天気な男女め。」
先日からの私の苦悩を分かってくれる人など、この世に存在しない。




