1日目-3
「コーヒーお願いします。」
「コーヒーは何になさいますか。こちらになります。$%&#%$#&&$%$$%&%$#$%$%&##、只今%%&$&%がお勧めですが。」
私にはそれが何語か分からなかったが、あえて説明は求めなかった。
「ブラックで。」
隣にはさっき轢かれたはずの彼がいた。
「え~と、僕は$%&’&’&%$お願いします。あ、$%&33で。」
そういう彼の言葉もあえて特別耳には入らなかったが、店員さんが注文品をトレーに乗せ、カウンター越しに出してきた物が視覚に訴えてきたものは圧倒的だった。トレーの上には紙のカップと、プラスチックに入った物が。それは宇宙のドームだった。それは明らかに、飲み物の印象では無い。彼はハンカチで、今だ止まらないらしい鼻血を拭きながら、何事も無げにそのトレーを受け取った。
私たちは事故後、まずお互いの状況を把握したいという事で合意した。とりあえず大破した車を路上から退けなければならないので、私の財布に入っていたジェフのカードで、お世話になっているディーラーまで運んでもらう事にした。事情を話して彼のスマホを使わせてもらった。ディーラーの方と上手く連絡が取れたので、作業は割とスムーズに進んだ。
「警察を」と言う私にNO。「救急車を」NO。「病院へ」NO。彼はそれら全てを日本語の「あ~、いや、それは。」とか「まあまあ、そうですね。」だとか、「ええ、まあ。」とかであやふやに返した。怠そうに道端の何かに腰を乗せたまま。
どうしたら良いのか分からずにいる私に向って
「ちょっと何か、飲みませんか・・・」と、彼は口にした。
俯きがちに咳をしながそう言う彼は、確かに喉が渇いているように見えた。あれほど激しくぶつかったのだ、放って帰る訳にはゆかず、私は彼のスマホでタクシーを呼んで、一番近くのラウンジのある場所まで行ってもらう事にした。
走行中、遠くにスタバが見えてきた時、「コーヒー飲みませんか?」と彼。
そうして私たちはこうして、宇宙のカプセルを挟んで向き合っていた。
私にとっても、スタバは特に珍しいものではなかったが、目の前に出て来た物は確実に進化を遂げており、自分がどの位こういう場所から遠のいていたのだろうかと、ぼんやりと思った。
頭が重い。
衝突の際、私もどこか怪我をしている可能性がある。病院に行きたいと思った。スッピンの上ジーパンは汚れ、若者に人気のコーヒーショップで、あちこち擦りむいてどこかしら痛いしおかしな角度に突き出た自分の毛先が眼の端に映った瞬間、イラッと、湯気の様なものが脳天から上がった。
「あんな宇宙語、昔は無かったわ」と、自分に対する皮肉と、相手に対する皮肉が、精一杯それとなしに婉曲に出来るだけ控えめにと、口を出る寸での所で振るいに掛けられたセリフが出た。
「あはは。そんなに年には見えない。同じくらいかな?」
その時のあははが、彼に対する私の中の潜在的な第一印象と混ざり合った。しかしそれまでは単に事故してしまった対象?上手くない表現ではあるが。脅威であった。
彼のあははは生きた人間のそれで、事故後の彼の、「大丈夫ですか?」を繰り返す姿を思い出させた。私は反射的に顔を上げた。
「フラペチーノでかいですね。ちょっとお腹が空いていて。こんな時にサイドメニューを頼むのもどうかと思っていたら、こっちが膨れてしまった。」
彼が言わんとしている事が何なのかはよく分からなかったが、目の前には照れくさそうに笑う彼と、フラペチーノがあった。その飲み物がフラペチーノという物である事を、私も知っている事を思い出した。
彼は鼻血をハンカチで拭っている以外、さっき車で弾き飛ばされたばかりにはとても見えなかった。髪は自然にモサモサして見えた。話方も、しっかりしていて非社会的な人間には見えない。向き合いながら彼の表情を見ていると、しっかりと相手を見据えても相手に不快さを与えないだけの社交性はあり、気持ちの落ち着くものがあった。そして何か軽い空気があった。私にも、周りをきちんと見るだけの気持ちの余裕が出てきていた。通常なら、今頃彼は病院のベットの上に寝ており、私は警察の事情聴取を受けているはずであろう。気持ちに余裕が見えてやっと、相手に何か、特別な訳でもあるのかもしれないとの思いに至った。一方私の方も、相当乱れた状態である事を思い出し、もしかしたら彼の方でも、私に対して同じことを考えているのかもしれないと思い、急に顔が赤らむのが分かった。
「病院に行かれて下さい。保険に入っていますから、心配なさらないで。それなりのお詫びはさせて下さい。」おかしな言い訳が混ざるのを感じながらも、そんな事を言った。
彼は笑って「分かりました。」と、答えた。
私たちはそこで初めて名刺交換をした。
「荒宗さん?」
「ええ。楠田加奈さん?」
「ええ。」
「よろしく。」
後日連絡をするという約束をして、一先ず彼に乗ってもらうつもりでタクシーを呼んだ。
「途中まで一緒にどうですか?」と言う彼の言葉を断った。
少し、一人でいるつもりだった。
しかしタクシーが着き彼が乗り込みドアが閉まる時、衝動的に私は片手でドアを制してしまった。
「やっぱり病院へ行きましょう。」
その時何メートル先までその声が響いたか分からない。




