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天妖の姫君  作者: 森戸玲有
第五章 決着
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第五章 参

(面白いな……)


 延凌は遠くから、眩しいものを見るように、片目を眇めた。

 彩凌が、あんなにも感情を露わにしているのは、稀なことだった。

 普段、澄まし顔でしれっとしている男と同一人物とは思えない。今日はいろんなことを見ることが出来て、良かった。


(もう、思い残すことはなさそうだな)


 柄にもなく感傷に浸っている。

 延凌は、この国のすべてを知りたかったのだ。大きな矛盾を抱えながら、永劫に続いていく天陽の国。

 彩凌のように、すべてを受け入れることが出来ない延凌は、真実を知りたいと、昔から痛切に思っていた。


 自分が戦っているのは、何者なのか? 


 ――王族は何を隠しているのか?


 それを知るために、自分を突き動かしたのは、彩凌への恨みだった。

 延凌は、同門であっても禁忌とされていた、紅涯経典伝授の場を盗み見ていたのだ。

 彩凌が経典の中にいる化け物に好まれただけで、紅涯師になったという経緯を知っていた。


 ……許せないと思った。


 彩凌が天賦の才を持ちながらも、並々ならぬ努力をしていたこと分かっていた。

 しかし、延凌は認めたくはなかった。

 怒りをぶつけるように、召喚術をこっそりと使い、妖異を呼び出していた。誰も真似出来ない禁術を自由に使うことで、彩凌よりも自分が優れているということを、何よりも自分自身に誇示したかったのだ。


 透花の力を解放させたのも、その一環に過ぎない。

 唯慧から天陽国の第一王女が妖異だという話を聞かされて、それならば、その忌まわしい力を見極めてやろうと、単純な動機で、透花の力を解放してしまった。年齢が幼いほど、妖異の血が濃いのだと知ったのは、唯慧が自分を庇って死んだあとだった。

 天陽国の王女は、大人になるにつれて人間らしくなっていく。

 ……だから、たとえ今回、透花が命がけで念石をはずしたとしても、唯慧を風圧だけで葬ったほどの力を発揮できるとは思っていなかった。

 それが、今、最大の元凶である蒼涯経典である始王の妻である志妃の手で、人を超えようとしている。


(……愉快だな)


 最期の舞台に相応しい。

 延凌は嘲笑する。血を吸って重くなった法服を引き摺りながら、自分の僕である左玄を放つ。どうせなら、みんな滅んでしまえばいいと、破滅的になっているのかもしれない。

 心を入れ替えようと思ったことはあった。その良心がなかったわけではなかった。そうでなければ、今まで聖人の仮面を被って、彩凌や透花と関ってはいなかっただろう。

 自分には大勢の弟子もいる。彩凌も透花も本当の延凌を知らずに懐いてくれる。そろそろ、すべての黒い感情を捨て去っても良いのではないか……。


 ――今ならまだ間に合うのではないか?


 しかし、延凌は召喚術を使いすぎた。未知なる世界から、異質なものを迎える能力。それを折伏する力は生半可なものではない。延凌は知らず知らずのうちに、体を壊していたのだ。


 延凌は攻撃を加えながら、こみ上げてくるものを自分の掌に吐く。真っ赤なそれは、そのまま延凌の命の刻限を告げているようだった。


 最期にすべての矛盾を紐解いていきたかった。何もかも見て見ぬふりをしている彩凌に知らしめてやりたかった。そして、その目的はほとんど達成された。残るのはあと一つ。


(――紅涯経典の本性を見てみたい)


 今、延凌の目の前にはあの男がいる。

 憎しみと親しみを抱いた、紫色の瞳で延凌を凝視している。

 

 ……彩凌。


 本性を露わにしつつあった透花……景蘭は気を失っている。

 彩凌の決意を見たから退いたのだろうか。最初から時間稼ぎのつもりだったのか、分からない。

 彩凌は、延凌に一言もくれずに、荒々しく呪文を唱えた。


「…………開呪」

「来たか……」


 延凌は呟く。瞬間、彩凌の背中の後ろで、名目上の弟子・朱伊が燃えた。

 炎が彩凌の身の丈を越え、本堂の高さに達すると、それは勇壮な姿で現れた。

 全身、紅の巨大な鳥だった。煌びやかな羽からは、灼熱の炎を放出し、金色の瞳は一瞥されただけで、竦み上がってしまいそうな、威圧感を持っていた。


「鳳凰……」


 彩凌が呟いた。

 驚愕の面持ちで、朱伊の本性を見守っている。

 おそらく一度も、見たことがなかったのだろう。

 延凌も耳にしたことのある架空の神鳥。龍といい、鳳凰といい。


 妖異なんて、比ではない。


 ――神だ。


「喧嘩を売るなっていうことか……」


 自分の持ち物である左玄が酷くちっぽけに見えた。しかし、怯むことは許されない。


「左玄!」


 黒の妖異を引き寄せる。経を唱えると、左玄はみるみる巨大化した。鳳凰と同じくらいの大きさになると、口を開け、氷の礫を吹き付ける。直後、鳳凰は、羽をばたつかせただけで熱風を作り出し、雪嵐にぶつけた。左玄が圧されていく。


 ……圧倒的な強さだった。力の差は明白である。


「ここまでか……」


 延凌は清々しく微笑み、攻撃の手を控えた。鳳凰の開いた嘴から、炎の塊が見えている。それは、やがて延凌目掛けてやってくるのだろう。


「逃げて下さい! 延凌様!!」


 彩凌の怒声がこだました。


 ――誰が逃げてやるものか……と、堂々と待ち構える。


 そして、延凌の視界の中は、真っ赤に染まった。

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