一つの意思と4つの思い
本作品は4人のライターによるリレー小説です。
第五章 会合
コロシアム襲撃から数日がたった頃、デウスはブリザイブリクの騎士、ローラン・マキナに言われた一言を自分の中で何度も反芻していた。
『貧富の差が激しく、国民の言葉に耳を傾けようとせずそのままにしている上に、奴隷までいるんだぞ!?』
貧富の差が生まれるのは当然の事だ。そうでなければ競争も起こらず、成長も起こらない。それは重々承知している。しかし、奴隷だと?そのような非人道的な事が行われているなんて聞いた事が無い。
俺はいずれ、この国を継ぐ人間の筈だ。しかし何故だ、何故親父は俺に何も教えてくれない。何故隠そうとする。隠さなければいけないような事がこの国で行われているのか。
しかし、奴が言っていた事が正しいという確証もない。あの時は感情的になっていたのもある。…これは自分の目で確かめる必要がありそうだ。
※
「デウス様、失礼します。稽古の時間…あら、デウス様?」
閑散としたデウスの部屋にメイドの声だけが響いた。
「………お手洗いにでも行っているのかしら。」
※
「何とか脱出できたようだな。」
追っ手が来ていないか背後を確認する。………問題なさそうだ。
早々に偵察を終わらせて、問題になる前に戻るとするか。
※
一方、ローランは一人で悶絶していた。
「よく考えたら僕が殴ったのってフヴェルゲルミルの代表じゃないか何て事をしてしまったんだああああああああ!」
これがばれたら、国際問題にまで発展して大変な事になってしまう。
どうしてあの時の僕はあんなに感情的になっていたんだ。自分の顔を殴れば良かったのに。
何にせよ何かしらの形で謝罪しに行かなければ。
「何故こんな時間まで布団に潜っているんだ。お天道様はもう顔を出しているぞ。」
突然の声に布団の中に潜っていたローランは驚き、宙高く飛び跳ねた。
「ふぉ、フォースさん!?何で僕の部屋に居るんですか!?」
「ちゃんとドアをノックしただろう、聞こえていなかったのか?」
「あ、えっと、少し考え事をしていて…。」
フォースは不振な目をこちらに向ける。
「…ま、若人は悩んだ分だけ成長するからな。精一杯悩み尽くせ。」
「はぁ。ところでフォースさんは何のようですか?」
「いつもの呼び出しの伝令だよ。団長からの、な。」
「父さ…だ、団長からですね。」
「ああ。恐らくこの前のコロシアムでの事だろうな。まだ詳しく報告していないだろう?」
「確かにまだ報告してないです。」
「しかし、ドラゴンか。急にコロシアムに現れるなんて不自然だな。」
「悪い予兆でなければいいですけど。」
「何を恐れている、お前はドラゴンを討ち取った。もっと誇りに思え。」
「それもそうですね。では、遅れても怒られそうなのでこの辺りで。」
「ああ。」
別れを告げ、急ぎ足で団長の部屋へ向かう。
「今回は早かったな。」
「今日はフォースさんに稽古を頼まなかったからね。」
「日々の鍛錬を怠るようでは立派な騎士には成れんぞ。」
この前はそれで遅れて怒られたから皮肉で言ったのに、全く通じていない。
「で、用件は何ですか。この前のコロシアムの事ですか。」
「そうだ。何だ、あの無様な試合は。」
「ドラゴンの事じゃないんですか!?」
「質問を質問で返すな。私は今、試合の話をしている。」
「昨日の試合は相手がまさか銃を使ってくるとは思っていなくて…。」
「お前は戦場で想定外の出来事が起これば、思考する事を止めて特攻するのか?」
「…しないです。」
「今回の場合、少なくとも入場してから戦闘開始まで相手を観察する隙はあった筈だ。違うか?」
「……ありました。」
「そして最後の投擲した短剣、あれは何だ。」
「………。」
「あれは相手がお前の情けない姿を見て油断していたから当たった事を覚えておけ。」
「………話は終わりですか。」
「試合の話は終わりだ。」
「じゃあ失礼します。」
「まだ他の話は終わってないぞ。」
「まだ何かあるんですか!」
「お前がさっき言っていたドラゴンの話だ。お前がアレについて知っている事はあるか?」
「別に。ただ試合が終わって控え室にいたら外から悲鳴が聞こえたから見に行ったらドラゴンが暴れていたから討伐しただけですけど。」
「そうか。」
「僕はこれから稽古に行くんで、失礼します。」
「待て、次で最後だ。お前と共闘したフヴェルゲルミルの名代だが、控え室で何か話していたらしいな。何の話をしていた?」
「し、失礼します!」
ローランは逃げる様に部屋を飛び出した。
「あいつは一体何を言われたのだ…?」
「団長、失礼します。」
「フォースか、どうかしたか。」
「息子さんの初勝利とドラゴン討伐の大手柄、褒めてやらないんですか?」
「お前は以前、ローランに公私混同をするなと言ったと聞いたが?」
「へいへい、申し訳ありません、団長殿。」
「…父親とは難しいものだな。」
※
むこうの国の名代をぶん殴った事、親父にばれている。
何としてでも謝罪しにいかなければ…!
ローランは簡単に荷物をまとめ、宿舎を飛び出しフヴェルゲルミルへと向かった。
※
「ミヤコちゃん、ハンカチは持った?魔道書は?忘れ物は無い?」
「この年になってまでそんな子どもみたいな事聞かないでよ。」
「あ、忘れていたわ。貴女たちに渡したいものがあったの。」
「お母さんが忘れてるじゃないの。」
「アンジュちゃん、出来れば貴女にはこういうものは持ってほしくはないのだけれど、渡しておくわね。」
ギラリ、と鋭い光を放つ一振りのダガーを手渡す。
「これは…?」
「どうせ持っちゃダメって言っても聞かずにどうにかして入手するんでしょ?」
「お母さん、これどうしたの?」
「アンジュちゃんの服に短剣を収納するホルダーが付いてたでしょ?そこから刃渡りを調べてアキレアに取り寄せさせたのよ。」
「…ありがとうございます。」
「汚さずに済むならそれに越した事は無いのだけれど…。で、こっちがミヤコちゃんの分。」
身につけていた指輪を手渡してきた。
「…ちょっとこれ、女王の証の指輪じゃない!こんな物、私は持てないよ!」
「この指輪にはね、誰かを幸せにしたいっていう願いが込められているの。だからね、ミヤコちゃん。皆を幸せにしてあげて。」
「皆を幸せにってそんなざっくり言うけどさ…。」
「お守りぐらいの気持ちで持っていきなさい。」
「はぁ…。はいはい分かりましたよー。」
渋々指輪を受け取り、左手の中指にはめる。
「お嬢様、そろそろ時間です。」
屋敷の外で馬車を待機させていたカトレアが声を上げる。
「そうね。じゃあ、行ってきます。」
「ええ、いってらっしゃい。」
手を軽く振り、アンジュと共に屋敷を出た。
「…ミヤコちゃんが帰ってきたら、女王就任パーティしなきゃね。あの人にも報告しなきゃ。今は仕事中で研究室にいるだろうけれど…ま、気にせず遊びに行こうっと。」
※
「貨物船の船長に話は通してあります。そのまま乗船してください。」
「分かったわ。ありがと。」
「どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「あ、アキレア。お母さんに私が世界を救って帰ってきたらパーティでも開いてねって伝えておいて。」
「かしこまりました。」
貨物船が出発の合図の汽笛を鳴らす。
「ミヤコさん、早くしないと出発しちゃいますよ!」
「はいはい、今行くわよ!じゃあ、行ってきます。」
「…ご武運を。」
ミヤコとアンジュはアングレムカ王国を後にした。
「そういえば、貴方が大切に持ってるそのロザリオ、誰からか貰った物なの?」
「このロザリオは…孤児院のみんなの形見、の様な物です。」
「形見?」
「みんなが連れ去られた孤児院にこのロザリオが残されていたんです。」
「ふーん…ちょっと見せてもらってもいいかしら。」
「どうぞ。」
「………これは、いい物よ。」
「?」
「大切にしなさいね。」
「…はい!」
※
「………ここは、どこだ?」
デウスは迷子になっていた。
「おかしい…少し見て戻るつもりだったのに、全く戻れないぞ…。」
何度やっても同じ場所に戻ってきてしまう。
それに、さっきから周囲からの視線が気になる。
早く戻らねば、メイドや執事に気付かれて面倒な事になる。
そうなれば親父に報告されて情報規制が悪化するだろう。
それだけは何としてでも避けなければ。
デウスは更に歩みを速めた。
※
「ふぅ。ようやくフヴェルゲルミルに着いた…。」
無計画に飛び出して来たせいで国境を越えるのと馬の保管場所を探すのに手間取ってしまった。
そしてその無計画のせいでもう一つ重大な問題を抱えてしまっている。
…どうやって城にいるデウスに会えばいいんだ。
素直に『以前顔面を殴ってしまったから謝りにきました』などと言えば即刻断罪だろう。
かといって理由を付けて会おうにも一国の名代と他国の一般兵士では付ける理由も無い。
本当にどうしたものか…。都合良くその辺りで歩いていたりしないかな…。
「…さっきからあそこで徘徊しているお方、王子じゃないの?」
「まさか、こんなところに王子がいる訳…確かに王子っぽいわね。」
まさか、そんな都合良くターゲットが歩いている訳が…
「………いた。」
猛ダッシュで駆け寄る。
「む、あいつは…。」
「デウス!君はこんな所で何をしているんだ!」
「そっくりそのまま返す。人の国に来てまで何をしている。」
「話は後だ!ここじゃ人の目に付きすぎる!一旦路地に入るぞ!」
「おい!言っている事が矛盾してる―――」
ローランはデウスの襟をつかんで路地裏へ避難する。
「もういいだろう。いい加減その手を離せ。」
デウスは強引に振りほどく。
「一応君はこの国の王子なんだから不用意に外を出歩いちゃ駄目だろ。」
「一応だと?俺はフヴェルゲルミル次期国王だ!次にふざけた事をぬかしてみろ、俺のこの銃で貴様の眉間を………」
「眉間を?」
「…何でもない。」
「まさか銃を忘れた、なんて言わないよな?」
「…お前には関係ない。」
「それは流石に不用心すぎるだろう。君は次期国王なんだろ?」
「前から思っていたが、いちいち勘に障る奴だな。」
「銃を忘れたのは君が悪いんだろ。八つ当たりされても困る。」
「………チッ」
「今、舌打ちしたよね!」
「もう何でもいいから用事を済ませて国へ帰れ。お前といると腹がたって仕方が無い。お前は一体フヴェルゲルミルに何をしにきたんだ。」
「あー、そういえば、君にこの前のコロシアムの控え室での事を謝りにきたというか…。」
「…まさか、この流れで謝罪をしにきたとでも言えると思っているのか?」
「この前は殴って申し訳ございませんでした。」
「殴る。面貸せ。」
「ちょ、ちょっと待って!えっと…あそこのお店でご飯奢るからそれで許して!」
「飯ぐらいで許す訳…」
奇跡的なタイミングでデウスの腹の虫が騒ぎ始めた。
「ほらほら、提案に乗ってもいいんだよ?君の腹の虫も賛同している痛っ」
肩を軽く殴られる。
「…お前があの時言っていた事について詳しく話せば許してやる。」
※
「み、ミヤコさん、大丈夫ですか?」
「おうぇええええええ」
ミヤコは生死の狭間を彷徨っていた。
「何で船ってこんなに揺れるのよ…。」
「そりゃあ船ですからね。これでも今日の波は穏やかな方だと思うんですけど。」
「あうぅ…気持ち悪いぃ…。」
「ここじゃ貨物船から荷物を降ろす邪魔になっちゃうので、さっさと移動しちゃいましょう。」
「私ここで潮風に当たってるから、悪いけど民家かどっからかお水もらってきて…。」
「もう…しょうがないですね。」
アンジュは近くの建物まで駆け足で向かった。
「…ここの空気、あんまり美味しくないなぁ。潮の他に鉄と油の臭いが混ざってる。」
あんまりいい空気ではないのは確かだ。
こんな空気でこの辺りに住んでいる人は何も感じないのか?
「ミヤコさん、お水もらってきましたー。」
「…ありがと。」
水の入ったコップを受け取り、一口。
「………。」
「どうしました?」
「ちょっとアンジュ、貴女も一口飲んで見なさい。」
「私もですか?」
不思議そうな顔をしつつも、一口。
「どう?」
「…もらっておいてすごく失礼だとは思うんですけど、美味しくないです…。」
「これ、飲み水としてもらったんだよね?」
「はい…。そこの小屋に居るおじいさんに事情を話して分けてもらいました。」
「ちょっとコップを返しに行くついでに話を聞いた方がよさそうね。」
※
「お邪魔します。」
「今日は客人がよく来るのう。と、奥は先程のお嬢ちゃんか。して、そっちは?」
「私はアングレムカ王国より馳せ参じました、ミヤコ・アングレムカと申します。」
「ミヤコ・アングレムカ…王族の方か。そのようなお方がこのような場所に何用で?」
「とりあえず、先程のお水のお礼を。助かりました。」
「お礼なんて、滅相もございません。」
「…先程の水はどこから汲んだものですか?」
「この家の裏を出て暫くした所に井戸がございます。そこの水をろ過したものを出させていただきました。お口に合いませんでしたか?」
「ええ。」
「ちょっとミヤコさん!」
「いいんです、分かっていた事なので。本当に申し訳ございませんでした。」
「…この辺り一帯、何が起こっているんですか?」
「なに、今に始まった話ではございません。お気になさらず。」
「私は話を聞きにきたんです。お願いします。」
「…分かりました。私が話せる事は全てお話ししましょう。」
この国はかつて、鉱山で取れた鉱石を売るだけの貿易をしておりました。
多少加工しても鉱石を使った装飾品程度のものでした。
しかし、科学が発展しするとある物が開発されました。それが銃です。
国王は他の国に遅れをとらないよう、大量の兵器工場を無計画に建て始めました。
それが原因で辺りの環境が破壊され、このような現状になったのは言わずとも分かりますよね。
「…というのがこの辺りの悪環境の原因です。」
「そんな…王様にどうにかしてくれって頼んだりしなかったのですか?」
「私達奴隷が国王様に意見する権利など持ち合わせておりませんので。」
「奴隷だなんて…。」
「そこで働いている人たちは何も思わなかったんですか?」
「逆らえば暴力を振るわれて、罰として食事の配給を受け取れない。そこで働いている人は生きる事に必死で意見する気なんて持ち合わせていませんでした。当時の私を含めて。」
「ちょっと待って。働いてもらえる報酬ってまさか食事だけ?」
「ええ。昔も、今も、全く変わりません。」
「嘘でしょ…。」
こんなの、本当に奴隷じゃないの…。
「おじいさんは今はどうしているんですか?」
「この港近くで貿易の荷物の監視をしています。肉体労働ではない分、配給は少ないですけれど、この老体には問題ない量です。」
この年でもまだ働かされているとは…。
なかなかこの国も闇が深そうだ。
「貴重なお話、ありがとうございました。」
「いえいえ、この位どうという事ありません。」
「では、これにて失礼します。」
二人でお辞儀をし、小屋を出る。
「この国、相当腐ってる。」
「ミヤコさん…。」
「なんか国王に会うの嫌になってきたなぁ…。」
「それは駄目ですよ!」
「だってこんな話聞いちゃったら絶対顔見た瞬間ひっぱたく自信あるもん。」
「そんな自信持たないでください!」
「あー、さっき吐いたせいでお腹すいてきたなー。」
「何でそうなるんですか!」
「とりあえず城下町に着いたらどこか食べる所探そっか。」
「それはいいですけど、ちゃんと食べたら王宮行きますからね。」
「ふぁーい。」
二人はフヴェルゲルミルの首都へと向かった。
※
「到着っ!」
「人がいっぱい居ますね。…グランレグリースを思い出します。」
「さて、今からご飯を食べるお店を探す所ですが、私達は隠れた名店を探したいと思いまーす!」
「またどうして隠れた名店何て探そうとするんですか…。」
「だって普通のお店に入っても普通に美味しい、はい終わりだよ。それが隠れた名店だと、必死になって探して見つけたときの感動!ご飯を食べる、超美味しい!隠れた名店だから他の客に邪魔される事も無い!いい事尽くめ!」
「美味しいかどうかは運次第だと思うんですけど…。」
「まぁまぁそういうのも経験のうちだよ。若いうちに色々経験して…若い…うっ」
「自分で言ってダメージ受けないでくださいよ。」
「ともかく、これは決定事項だから!隠れた名店探しの旅に、しゅっぱーつ!」
隠れた名店を探す旅が始まった。
ローランとデウスは近くにあった店に入る。
「お邪魔しま…客が一人も居ない…。」
「当たり前でしょ。うちは晩からの営業なんだよ。」
店の奥からふくよかなマダムが現れ、そう告げた。
「ええっ!じゃあ出直します…。」
「…出直さなくてもいいわよ。今から作るからちょっと時間はかかるけど。」
「いいんですか?」
「アンタ達みたいなイケメンに料理を作ってって頼まれたら断れないわよ。」
「ありがとうございます!」
「…帰っていいか?」
「駄目に決まっているだろ!せっかくご好意でお店を急遽開いてもらったのに。」
「嘘に決まっているだろう。冗談の通じない奴だ。」
「君の冗談は冗談に聞こえないんだよ。」
店の一番奥の席にお互い対面する様に座る。
「…で、この前の続きを聞かせてもらおうか。」
「本当に自分の国の事を知らないんだね?」
「…何故か親父に情報規制されているからな。」
「お父さんに情報規制されているのに僕が教えても大丈夫なのかな…?」
「それを知る為にわざわざ城を抜け出してきたんだ。」
「お城を抜け出してきたの!?」
「声がでかい。」
「…でも、抜け出したならどうして現地に行かずにその辺りでうろうろしていたんだ?」
「人の勝手だろ。」
「もしかして、まいg」
「迷子じゃねえ!」
「……声が大きいよ。」
「いいからさっさと本題を話せ。」
「はいはい。君の国ではね…」
ローランはフヴェルゲルミルの現状を話した。
「本当に酷い話だと思わない?」
「…その話が本当なら、俺は一度、親父と話をしなければいけないようだ。」
※
「こっちからいい香りがする!」
「ミヤコさーん、どうしてそんな路地裏に入って行くんですかー。表通りのお店でいいじゃないですかー。」
「冒険心が無いわね。せっかく入るんだったら面白いお店の方がいいに決まってるじゃない。」
「そうですか?私はご飯が食べられればどこでもいいですけど。」
「…臭いはここからね。入るわよ。」
「まだ営業時間じゃないですよ!ちょっと待ってください!」
「へーい大将、やってるかーい!」
「まだ営業時間前だよ。まったく、最近の若い子は外の看板が読めないのかい。」
「ありゃ、先客が居るわ。」
「…騒がしいのが入ってきたな。」
「おばちゃん、メニューは任せるから2人分お願いね。」
カウンター席に座り、手で2を示す。
「あいよ。」
「まさか営業時間前のお店に先客が居るなんて予想外だったわ。」
「分っていて入ったんですか…。」
「…なんか、向こうで座ってる人たち、見覚えあるような…。」
「突然何を言い出すんですか。ミヤコさん、この国に知り合い居るんですか?」
「全然。」
「じゃあ気のせいです。大人しくご飯が出てくるの待っててください。」
「………あ。あの奥の人、どこかで見たと思ったらここの王子じゃない。」
「そんなこんな城から離れたお店に王子が居る訳ないじゃないですか。きっとそっくりさんですよ。」
「俺は本物だ。」
「ミヤコさん、あの方本物の王子様だそうですよ。」
「へえ。本物の王子…ってええええええええ!」
「うるさい、叫ぶな。」
「まさかこんなところで遭遇するとは…ついてるわね!」
「貴様ら、何者だ。」
「私はアングレムカ王国より馳せ参じました、ミヤコ・アングレムカと申します。」
「アングレムカだと…?」
「…やっぱりこの喋り方、気持ち悪いし普通に話すわ。」
ミヤコはアンジュと共にローランとデウスの居るテーブルに移る。
「私はとある用でここ、フヴェルゲルミルの国王に謁見しにきたの。」
「何のお話ですか?」
「おいローラン、国交の重要な話かもしれないのに他国の人間のお前が聞き出そうとするな。」
「そっちの方は?」
「私、ブレイザブリクのローラン・マキナと申します。」
「ブレイザブリクね。どうせ後でそっちにも行く予定だったから聞いてもらっても構わないわ。」
「ありがとうございます。それで、何の話なんですか?」
「ん、ちょっとこの子、アンジュっていうんだけどね。この子の出身のサクレブルグの偉い人が世界征服的な事するらしいから、うちとフヴェルゲルミルとブレイザブリクで殴り込みに行かないかっていう提案をしに来たの。」
「ぶ、物騒ですね…。」
「物騒なのは向こうの教皇よ。魔族かなんだか知らないけど、人を改造して世界征服しようだなんて悪の帝王にでもなったつもりかしら。」
「………魔族…ドラゴン…。」
「思い当たる節でもあるの?」
「僕たちは以前、コロシアムでドラゴンに襲われたんです。もしかしたらそれと何か関係があるんじゃないかなって。」
「これだけタイミングが一致していると、何かしらの関係はありそうね。」
「アンタ達、料理が出来たよ。」
テーブルの上に色とりどりの料理が大量に並べられる。
「うぅぅん…いい匂い…そう、私はこれを待っていたのよ!」
「コイツ料理が出てきた途端、目つきが急に変わったぞ。」
「話の続きはコレ食べ終わったらね。」
「そうですね。僕もお腹がすきました。」
「それ食べたらさっさと出て行くんだよ。店の準備もあるんだから。」
「無理に押し掛けて申し訳ないです…。」
「あ、おばちゃん。食後のコーヒーも頼むねー。」
「ミヤコさん!」
他の二人はあきれた顔で昼食をとり始めた。
※
「デウス様が何処にもいらっしゃらない!誰かデウス様を見た者は居ないか!」
「私、今日は朝から見てませんよ。」
「貴女はデウス様に稽古の時間を伝えに行った筈ではないのですか!」
「呼びに行きましたけど、居なかったのでお手洗いにでも行っているのかと思って。」
「それを何故私に報告しない?」
「報告に行こうと思いましたけど、すぐに別の仕事が入ったので報告し損ねました。」
「…はぁ。ともかく、私は国中に捜索命令を出すよう指示をしてきます。貴女は念の為に城中をくまなく捜索してください。」
「はーい。」
「デウス様が過去にこのような事をするなど一度も無かった…誘拐も視野に入れておかなければならないかもしれませんな。」
執事は軽く襟を整え、城中の伝令に招集をかけた。
※
「ふぅ…。」
「………。」
「やっぱり私の目に狂いは無かったわ。この店で正解だったわね。」
「美味しかった…。」
4人は食後のコーヒーを堪能していた。
「おばちゃーん。料理美味しかったよー。」
「褒めてもビタ一文も負けないからね。」
「そう言う割には請求書にコーヒー代が含まれてませんね。」
「これが…ツンデレか!」
「…そろそろさっきの話の続きをするぞ。」
「無視ですかそうですか。別にいいけど。で、何処まで話したっけ?」
「貴様らの言う所の『魔族』が俺達が戦ったドラゴンの関係性だ。」
「魔族について他に分かっている事は無いんですか?」
「アンジュ、何か知らない?」
「えっと…確か魔族に関する文献を教皇の城で読んだ気がします。」
「何が書いてあった?」
「えっと…ちょっと待ってください、今思い出してます。」
店の外から騒がしい声が聞こえる。
「店の外が騒がしいな。」
「何があったか聞いてくるわ。」
「お願いします。」
ミヤコはカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干し、店の外に出る。
「何か事件でも起こったんですかね?」
「ちょっとデウス!貴方、捜索願が出されてるわよ!」
「えええっ!」
「何で外出許可を貰って出てこないのよ…。」
「外出許可が簡単に貰えるのであれば、無断で出てくる必要は無いのだがな。」
「デウスさん、どうするんですか…?」
「ちょうど親父に聞く事もある、こちらから向かってやるさ。」
「私も謁見しなきゃいけないし、決まりね。」
「フヴェルゲルミルの王宮に向かいましょう!」
3人もコーヒーを飲み干し、店を後にした。
※
気まずそうに敷地内に入る3人に対し、デウスはズカズカと無遠慮に敷地に足を踏み入れる。
「戻ったぞ。」
「で、デウス様!今まで何をしてらっしゃったんですか!」
門番が焦りの表情で問いかけてくる。
「お前には関係のない事だ。」
「…ともかく、国王がお呼びです。」
「分かっている。元よりこちらから赴くつもりだった。」
「ところで、後ろのお三方は…?」
「ああ、私はアングレムカ王国の使者です。国王に謁見を申し込みにきました…けど、身内のゴタゴタを片付けてからでいいですよ」
「は、はぁ。では、こちらです。」
門番が呼んだ兵士に連れられ、城内に踏み込んだ。
※
「親父、来たぞ」
デウスはドアを開けながら執務室に入る。
デウスは執務机に座っているモンドに詰め寄るが、モンドは今さっき気づいたかのようにデウスに眼を向けた。
「お前は今まで家を抜け出して何をしていた」
モンドの鋭い視線がデウスに突き刺さる。
「あんたには関係ないだろ」
「いいや、関係あるな。お前は俺の息子だ。息子のことを知る義務がある」
「俺に監禁まがいのことをして何が父親だ」
「お前には俺の跡を継ぐのにふさわしい人物になってほしいんだ。そのためには外から入ってくるくだらない情報を知る必要はない」
「そんなくだらない情報を知らなかったせいで俺が殴られたんだぞ」
デウスが親父に向けた言葉だった、違うところで深く胸に刺さっていた人物がいた。
「まだ根に持っているのか?」
「大丈夫だって、さっき許してもらえたんでしょ」
ローランは胸を押さえながら崩れる、そんなローランをミヤコが慰める。
「そんな奴とお前は関わっているのかお前は」
頭を抑えながらモンドはため息をつく。
「やっぱり、コロシアムの代表は私が行けば良かったか」
「どうしてあんたはそこまで俺を次期国王にすることに固執する」
デウスは鋭い視線でモンドを睨みつける。
「俺の妻は子供をできるような体ではなかった。昔から体が弱かったからな。そんなある時、道端で倒れているお前を見つけて引き取ったんだ。最初は迷子かと思ったがそれも違った」
モンドが一息入れた後、重い口を開いた
「お前は奴隷と奴隷の間に生まれた子供だ」
「えっ…!」
「戸籍情報や他の様々な情報を調べたが血縁者らしい者もおらず、国中で聞いていったが誰も名乗り出なかった」
デウスは頭を押さえて一歩後ろに後ずさる。
「最初はお前をどこかにおいてきてしまおうかと考えたこともある。だがお前と遊んでいる妻の顔を見るとそれができなくてな。だが、世間では私の妻は子供ができる状況でないことは勘づかれていた。そこで疑問となってくるのがお前の存在だ。妊娠報告もなく子供が現れればさすがに周囲は困惑するだろう。そんな周囲を黙らせる為にお前が俺の息子であるということを証明する必要があった。それがお前を代表にすることだったんだ」
「どういうことだ?まるで意味が分からないぞ」
「本来、検査をすれば俺とお前が血のつながっていない赤の他人ということは分かる。だが周りの奴らも俺を簡単に代表からおろしたくはなかったんだろう。自分たちには責任が降り掛からないように」
「代表はそこまで責任を持たないと行けないのか」
「責任だけしか取らされないな。代表というのは」
「だからみんなやりたがらないのか」
「ああ、失脚することは怖いからな。だから俺は条件を突きつけた。こいつを代表にするから俺の息子として認めろ、と。それですべては丸く収まった。周りの奴らは自分たちには責任が及ばないし、世間ではお前が俺の息子として認められすべては解決する」
「もし、俺が代表にならなかったらどうなるんだ?」
「俺は代表からおろされて、また新しい代表がつくだけだ。その後、俺がどうなるかは分からないけどな」
デウスは少し考えた後、モンドの眼を見た。
「あんたには俺を育ててくれた礼もある。お前の言う通り、代表にはなる。だけどそれだけだ」
「どういうことだ?」
「代表にはなるが、何が正しくて何が間違っているのかは俺自身が決める。だからあんたの拘束も受けない。そして俺が代表になった時には俺の様な存在やあんたのような苦悩しながら生きるような奴がいない国を作る」
「ならそれを俺が生きているうちに見せてほしいな」
「その時になったら、俺を監禁した罰を受けてもらうぞ」
「当たり前だ。自分でしたことなんだからな」
そう言ってモンドはこの会話で初めて微笑を浮かべた。
「お話中失礼しますけど、そろそろ私のお話を聞いていただけますか?」
「ああ。客人の方々、身内話で失礼した。」
「国王、サクレブルグの教皇の事はご存知ですか?」
「ああ。確か…オイディス・デュナンと言ったかな。」
「はい。今、その教皇がとある計画で世界征服を企んでいます。」
「何だと?」
「計画については、この子が教皇の城に乗り込み、存在を確認しています。」
アンジュが軽く会釈をする。
「そこで私は、アングレムカとブレイザブリクとここ、フヴェルゲルミルの三国が協力してその計画を阻止すべきだと考えました。」
「…戦争をするおつもりか?」
「最終的にはそうせざるを得ないかもしれません。あくまで最終的には、ですが。」
「…ふむ。」
「もちろん、戦争にならない様に交渉等で解決できる様に尽力を尽くします。」
「…分かった。出来る限りのサポートはさせてもらう。兵力も用意しておく。ただし、兵はあくまで防衛の為に 用意するだけだ。サクレブルグに進攻はしない。それで構わないか?」
「はい、それで構いません。ご協力感謝いたします。」
「では、サポートとしてデウス、お前が着いていってやれ。」
「元からそのつもりだ。」
「デウス、他の世界を見てこい。」
「…言われなくても。」
「皆様はこれからどうするおつもりなのかな?」
「まだブレイザブリクの国王に謁見をしていないので、今からブレイザブリクに行く予定です。」
「では、馬車を用意させましょう。今から移動すれば今日中に謁見できるでしょう。」
「感謝します。」
モンドは机の上の呼び鈴を何度か鳴らすと、すぐさま執事が飛んできた。
「旦那様、どうされましたか。」
「彼等をブレイザブリクに送ってあげなさい。」
「かしこまりました。」
執事が深々と頭を下げる。
「では、こちらへ。」
4人も執事に習って頭を下げ、部屋を後にした。
※
「行き先はブレイザブリクの王宮でよろしいですか?」
「ああ。」
「ブレイザブリクまではどのくらいで着きますか?」
「3〜4時間程度で着くと思います。」
「僕は大体3時間程度で着きましたよ。」
「何でちょっとドヤ顔なのよ。」
「………ああああああああああ!」
「うるさい、突然叫ぶな。」
「ど、どうしましたか?」
「僕が乗って来た馬、城下町近くの民家に預けたまま忘れてきてしまった…。」
「場所をお教えいただけましたら、下の者にサクレブルグまで届けるようにさせましょう。」 「助かります…。」
「お前は甘すぎるぞ。」
「旦那様にサポートするよう頼まれましたから。」
デウスは呆れたように深いため息をつく。
「ところで、ローランってやっぱりブレイザブリクの王子とかだったりするの?」
「いえいえ!僕はただの一般兵で、王族なんかじゃないですよ!」
「じゃあどうするのよ。今回はデウスがいたから連絡無しで謁見出来たけど、今回はそうはいかないんでしょ?」
「一応、僕の父が騎士団の団長をしてまして、国王とも面識があるので父に頼めば少しは話が通りやすいかな…って。」
「それを先に言いなさいよ。でも、何だかんだ言ってみんなコネ持ってるものね。」
「………私、コネ、無い。」
「私揉めないって?」
「そんなこと言ってないです!」
「貴女はそのままでいいのよ。こんな国交みたいな面倒事は関わるべき人間がしておけばいいのよ。」
「真面目な事言いながら触るの止めてください!」
「………お二人、仲がいいですね…。」
「あ、ああ…。」
※
ブレイザブリクに着いた後、馬車はローランの案内で騎士団の兵舎に辿り着いた。
「ここで停めてもらえますか。」
馬の雄叫びと共に馬車が建物の前に停止した。
「ありがとうございます。」
「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
4人を降ろすと、馬車はフヴェルゲルミルへと帰っていった。
「今日中に謁見を済ますのであれば時間はあまりありません。父のところへ急ぎましょう。」
そのまま4人はローランの案内で騎士団長の元へと向かった。
※
ノックを2回する。
「入れ。」
「失礼します。」
「お前か。稽古をサボって何処に行っていたんだ。」
「…団長にお話があります。」
「何だ?」
「国王様に謁見を申し込みたいので、団長から取り次いでくれませんか。」
「私が取り次がなくても正規の手順を踏めば2、3日で申請は受理されるだろう。」
「それじゃ遅いんです!できるだけ早く、今からじゃないと駄目なんです!」
「………何か事情があるのであれば、先に急ぐ訳を話してから頼むんだな。後ろの客人の事も含め。」
「サクレブルグの教皇が世界制服を企んでいます。それでアングレムカとフヴェルゲルミルとうちの三国が協力して阻止をしたいので、国王様に協力を仰ぎたいのです。後ろのお三方に手伝ってもらって他の二国には話は既に通しています。」
「…そこまで話が進んでいるのであれば、私が口を挟める段階ではないな。急いで支度しよう。」
「ありがとう…父さん。」
「………ああ。」
※
5人は何とか日が沈む前に王宮へ辿り着いた。
「旅人よ、何用か!」
「私は旅人ではない。私はブレイザブリク騎士団団長のオルランド・マキナである。」
「し、失礼しました!」
「王に用がある。門を開けてくれ。」
「今からですか?」
「急用なのだ、頼む。」
「頭を上げてください!すぐ開けますから!」
城門が鈍い音を立てて開く。
「ありがとう、感謝する。」
「謁見可能な時間はもうすぐ終わります、お急ぎを!」
「皆の者、行こう。」
謁見の間へと走り出した。
※
「国王様、業務終了時刻です。」
「ああ、ご苦労。お前も下がってくれ。」
「はっ。」
「国王様、お待ちください!」
「何者だ!ここを国王の間と知っての蛮行か!」
「待て。オルランドではないか。そんなに急いでどうされた?」
「この者達が国王様に謁見を申し込みたいと。」
「本日の謁見は終了した。たとえ騎士団長の貴殿の頼みでも聞く事は出来ぬ!」
「待てと言っておろう。…うちの者が失礼した。謁見は許可しよう。」
「ありがとうございます。私はアングレムカ王国より馳せ参じました、ミヤコ・アングレムカと申します。」
「アングレムカ王国から!それは遠い所からよくお出でなさいました。」
「私達は今、サクレブルグの教皇が世界征服を企んでいる事を知り、アングレムカとフヴェルゲルミルとブレイザブリクの三国で協力してその陰謀を阻止しようと考えております。国王様にはそれのお力添えをしてほしいのです。」
「ふむ…。」
「話が唐突すぎて事態が飲み込めていないかもしれません。が、これは事実です。」
「以前、コロシアムが襲われたのも教皇の仕業なんです!」
「君は…そのコロシアムでドラゴンを討伐してくれた青年ではないか。」
「ローラン・マキナと申します。」
「なるほど、オルランドの息子か。………父親と似てきたな。」
「国王様、あまりそういうことを言わないでもらいたい。」
「はっはっは!そう照れるな。よし、私も一国王として、協力させてもらおうではないか。」
「ありがとうございます。」
ミヤコが一礼する。
「これからサクレブルグに乗り込むのか?」
「はい。出来るだけ早く行きたいと思っています。」
「では、今から…と言いたい所だが、夜の海は危険だ。出発は明日の朝、それでいいかな?」
「構いません。」
「今日の君たちの宿はこちらで用意する。しっかり休んで明日に備えてくれ。」
「ありがとうございます。」
「この世界の運命は、君達にかかっている。私達は応援する事しか出来ないが、頑張ってくれ。」
※
4人はそれぞれの思いを胸に、寝床に着いた。
一人は家族の為に、一人は名誉の為に、一人は国の為に、一人は未来の為に。
それぞれが、考え、悩み、思いを巡らす。
そして、次の朝がやってきた。
※
「国王様までお見送りにくる事なかったのに…。」
「若い者に任せっきりにするのだ、見送りぐらいしてやらないと申し訳が立たない。」
「父さんも見送りしなくていいのに。」
「…ローラン。」
「何?」
「………何でもない。さっさと世界を救ってくるんだな。」
「簡単に言ってくれるね。」
「では、行ってきます。」
船はゆっくりと出航し、サクレブルグへと向かった。
矢下 真
第六章 明日を取り戻すために
4人を乗せた船が、サクレブルグの北部にある港についた。
「長い船旅お疲れ様でした。船内は揺れますので足元にお気をつけください。」
そう言うと船長はデッキに戻っていった。
「うぅ…気持ち悪い…」
「ミヤコさん、大丈夫ですか?」
何度乗っても慣れないミヤコをアンジュは心配そうに見ていた。
「大丈夫よ、とりあえず降りましょう。二人ももう降りているだろうし。」
そう言うと二人は客室を出て船を降りた。
※
降りた先に二人の男性の姿が見えた。ローランとデウスである。
「お待たせしました、お二人は大丈夫そうですね。」
「「何の話だ(ですか)?」」
二人は何のことかわからず首を傾げている。アンジュは何も言わずに後ろにいるミヤコを見た。
「うぅ…なんでみんな普通でいられるの…」
彼女の表情を見て他の二人もなるほどと頷いた。船酔いからまだ冷めないのか、青い顔をしたままミヤコはキョロキョロと辺りを見渡している。見渡した先に民家を見つけると一目散に走り出した。
「ごめん、ちょっと水もらってくる!」
返事を返す間も無く家の中に入っていった。その様子を見ていた三人だが、辺りを見まわしていて気になることがあった。
「この辺りはどうも人の気配がないですね。小さな港とはいえあまりに閑散としすぎているような…」
「そう言えば先ほどから誰も見当たりませんね、奇妙です。」
「ここはもう敵地だ、気を引き締めておいたほうが良さそうだな」
そんな話をしていると船酔いから回復したのかミヤコが水を片手に走ってきた。
「ここなんか変だよ!家に誰もいない!」
「つまりお前は人の家に勝手に上がり込んで水を盗んできたと言うことだな…?」
「う……そ、そうじゃなくて。おかしいと思わない?」
その言葉を聞いたアンジュが確かに…と頷いた。
「この辺りはもともとそれなりに人が住んでいたはずなんですが…」
「まぁ、こんなところで悩んでいても仕方ありません。先に進みましょう。」
「そうだな。改めて確認するが、ここからは森の中を突っ切る形になるんだな?」
「そうですね、この森を抜けた先が首都になっています。首都の周りは大きな壁で囲まれているのでは中に入るには北と西に門を抜けるか何か別の方法で入る必要があります。前回とは同じルートは使えないので改めて探し必要がありますが…」
「まぁまぁ、とりあえず行こう!止まってても始まんないしね。」
そう言うと四人は森の中へ入っていった。
※
「……実験状況の報告としては以上の通りとなっています。」
教団の円卓に集められた教団員達に、実験の報告をし終えたユダは、教団員達の顔を見渡した。教団員達の反応も様々で、尊敬の眼差しを向ける者もいれば我関せずという者もいる。そんな人間のどうでもいい観察をしていると背後のドアが開き、そこには一人の青年が立っていた。服装を見るに警備団の者であることはわかった。
「会議中だぞ、場を改めたまえ。」
入ってきた青年は走ってきたのか息を切らせているようだが、すぐに顔を上げて気まずそうな表情を浮かべながら報告をした。
「き、北の森に人影があったという連絡が入りましたので、早めに報告した方が良いと考え参りました。会議を止めてしまい申し訳御座いません。」
「人影?北の森ということは施設の付近ということか?」
「はい。施設付近の警備に当たっていた者が、北の港の方から森に入っていく人影を確認したそうです。」
報告を聞いたユダは教皇にどう対処するかを尋ねると、彼の答えはとても単純だった。
「相手にする必要はない。魔族と遭遇すればまず生きてはおれまい。」
「かしこまりました。お前も聞いたな、自分の道場に戻れ。」
そう言われた青年は、はいと答えその場を去っていった。
「よろしかったのですか?」
「構わん、生きていたところで我らには神によって与えられた力がある。負けるわけがなかろう。」
「左様でございます。ですが万が一の事を考えて警備は強化しておきます。」
教皇は特に答える事もなく、会議の再開を宣言した。
※
森に入った一行は道に迷っていた。
「ねぇ、アンジュ。こっちで本当にあってる?」
「…あっているはずです…多分。」
アンジュの曖昧な返事にミヤコは大きなため息をついた。森に入って早三時間、目的地に着く気配が全く見えてこない。もともと大きな森なのでそれなりの覚悟はしていたのだが、あまりにも遅すぎる。この空気を察したのかローランが休憩を提案した。
「一度確認を兼ねて休みましょう。結構歩いたから疲れているでしょうし。」
「そうだな、情報整理もしたいし木の影で休もう。」
四人は付近の木に腰をかけて現状について話し合っていた。
「さっきから気になってたんだけど…この森って変よね、うちの国なら鳥や動物たちがそこら中にいるんだけど、この森には全く生き物の気配がない。」
ミヤコの疑問に対して三人は確かに…と頷いた。
「この森は静かすぎる…生き物たちが恐れる様な何かがあるのか?」
デウスの疑問の声が上がったその時、ガサガサッと何かが動く音がした。
「なななななな何!?」
「落ち着け、今向こうで何か黒い物が複数動いているのが見えた。」
「人の様にも見えましたが…」
「近づいてきていますね、注意してください。」
音が近づいてくるにつれて、シルエットが見えてきた。
「人…?いや、何か違う。」
見た目は人の様な形をしていたが人には絶対ない物が生えていた。
「羽が生えてる?」
そう羽が生えているのだ。見た目は蜂のような顔と羽が生えた騎士のような姿をしている。
さらに手には大きな槍を持っていた。
「こいつらも魔族なのか?」
「コロシアムの時とは全然違うタイプですね。」
過去に魔族と対時したことのある二人は冷静に敵を観察し対策を考えていた。そこできになることが一つあった。
「そう言えば二人の戦闘経験は?」
「一様経験はあります。」
「私は…ないわね。国では魔法を使って人を助ける為の勉強はしてきたけど、戦闘に使えるような魔法は…」
アンジュには教皇に直接挑んだ時の他にも、孤児院の子供達を守る為にと剣の技術を積み重ねてきた経験があった。
アングレムカでは魔法を直接攻撃に使用することは基本的にない。もともと戦闘を好まない種族なためか、基本的に攻撃魔法を教えられることがないのだ。もし戦闘になった際には付与魔法として武器に炎を付与するなどが多い。しかしミヤコは魔法の研究をする中で多少は実際に撃ってみたりはしていたのである。もともとは自分の能力向上のためであったが、試して行くうちに楽しくなってきて今では普通に放てる程度には使えるようになっていた。口ごもった理由は只々そのことが恥ずかしかっただけ。というのはまた別のお話。
「そうか、ならまだ安心だな。戦闘中は俺の指示に従ってくれ、基本はローランが前衛で行こう。二人にはカバーに回ってもらう。」
デウスの指示に対して三人は了解とだけ答え、相手を見据えた。敵は三体の様だ、回りこまれない様にとだけ伝えるとローランが先陣を切って走り出した。
その後ろからデウスが銃を構えて引き金を引く。銃から放たれた弾丸はローランの横を通り過ぎ、敵に向かっていく。そして、敵の目の前で弾丸が爆発する。敵はそれを避けて散開する。
そのうち爆風で下に吹き飛ばされた敵の背後にローランが回り込む。
「まず一匹!!」
そう声を上げながら引き抜いたショートソードを横に薙ぎ付ける。
だがローランの攻撃を敵は振り向きもせず羽を羽ばたかせて空中で宙返りをして、そのままローランの背後に回り込んだ。
「何だと!?」
ローランの背中に回り込んだ敵は剣を両手で持ち、振り下ろそうとしたがアンジュがその無防備な背中から斬りかかる。
「大丈夫ですか。ローランさん」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
ローランは立ち上がりながらアンジュに礼を言う。
「でも、まだ後に二匹もいる。しかも仲間を倒された所為か警戒が強くなっている」
敵は空中に浮かんだままこちらを見ていた。
「ああ、本当はあの爆風で敵を落としてそのまま三人で倒すつもりだったんだが、まさか全然落ちないとはな」
デウスとミヤコはローランとアンジュの近くに寄ってくる。
「さて、次はどうしようか。相手が警戒している以上、下手な作戦はたてられないぞ」
デウスが考えているとミヤコが慌てながら声を上げた。
「ちょっと!敵がいなくなっているわよ!!」
その言葉を聞いて、三人が同時に敵がいたほうを見る。
「いない!?」
その言葉の上からかぶせるように不協和音が当たりから聞こえ始める。
「一様、俺らを囲んでいるようだが」
「全然どこにいるか分かりませんよ。速すぎて」
「とりあえず、全員、背中合わせになって防ぐしかないだろ」
デウスがそう言うと、四人がそれぞれ背中合わせになって、敵の攻撃に備える。
そして、一瞬だけ音がやむと、アンジュとミヤコめがけて突っ込んできた。
「やっぱり狙いはアンジュとミヤコか、ミヤコは頼んだぞ、ローラン」
デウスがローランに指示を飛ばすと右側にいたアンジュの前に出て発砲する。
しかし、敵は人間のものとは思えない速さで突撃してくる。
デウスはアンジュを庇いながら伏せる。
デウスとアンジュはぎりぎりのところで、敵の攻撃を避ける。
ローランはミヤコの前に出て敵の攻撃を防いでいるが、こちらを助ける余裕はなかった。
「まずいな。これは」
デウスがアンジュの上から退くと、二人を影が覆った。
デウスとアンジュの頭上には敵が羽を羽ばたかせて飛んでいた。
敵の目はアンジュよりも先にデウスをとらえた。
デウスは敵めがけて発砲するが敵は体を傾けて避けると、目にも止まらぬ速さでデウスに近づくとデウスの持っている銃を剣で払った。
手から払われた銃が軽い音を立てながら地面を転がる。
「ここまでか……」
デウスが歯を食いしばっていると、横でアンジュが武器を構え直すのが見えた。
「アンジュ?」
デウスはアンジュの雰囲気に違和感を覚えていた。普段の彼女からは感じたことのない威圧感があったのだ。アンジュは立ち上がったまま敵を睨みつけた。
「死なせない。絶対に死なではしない!」
アンジュが一歩踏み込んで、全力で短剣をふるった。アンジュの攻撃は敵の胴を薙いだ。
デウスはアンジュが行った事に対して目を見開いていた
「短剣の軌道が見えなかった…」
アンジュはそのまま敵を切り裂いた。アンジュの一撃を受けたハチは大きく下がると背中を向け飛び立っていった。
「危なかったぁ…」
「アンジュちゃん最後のあれはなに!?」
「わ、私にもわかりません。ただ…」
そのときデウスはアンジュの胸元にあるロザリオが輝いていることに気がついた。
「ロザリオが…光っている?」
「よくは分からないんですけど、孤児院にいたみんなの声が聞こえが聞こえるような気がします…。」
「声?たなにも聞こえないぞ?」
「よくわかんないんですけどロザリオから…。」
そういうとアンジュは俯いた。
「?」
「いえ、なんでもないです。」
「もしかしたら、まだみんなが生きているって事なのかもしれないね。」
ロザリオに何かあるのかが気になってそわそわしているアンジュを横目に、デウスは考えていた。
「あいつは向こうに飛んで行ったが、何かあるのだろうか…」
「わからないけど行ってみる価値はあると思いますね。」
そう言って一行は魔物の逃げて行った方角に向かって歩き始めた。
※
城の地下にある研究室、その奥にあるユダの私室。壁際に並ぶ本棚にある小さな隙間。そこに鍵を入れると本棚が動き出し隠し扉が現れる。これは前教皇が研究施設を作った際に極秘で作らせた隠し部屋なのである。
「神の誕生はもうまもなくだ。過去の作品の中でも最高の作品!長い年月をかけて調べ上げ、そして実現するために様々な犠牲を払ってきた。それがまもなく完成するのだ!ついに世界を変える時がきた!!」
部屋の中にユダの笑い声だけが響いていた。
※
魔物を追って歩いてきた四人は目的である城の城壁が見えてきていた。
「やっとここまできたわね…」
「長かったですね、本当に…」
魔族との戦闘から約一時間、その後幾度か魔族との交戦があったが、何とかここまでやってくることができた。お互いの連携もとれるようになってきた。
「もうここまでこれば後少しです!頑張りましょう!」
「だが、当初の問題がまだ解決していない。どうやって乗り込むんだ?」
そう、城の周りは大きな城壁によって囲まれている。入り口は二つしかなく、門の前には見張りがきっちりついている。前回アンジュが使った穴は他の三人には小さすぎるため入ることができない為、他の方法を考える必要があった。
「少し休憩しましょ?戦うことに慣れてないからちょっと休みたいの。」
「そうですね、どう乗り込むかも考える為に休みましょう。」
※
「ふぅ…結構きついわね…」
そう言いながら木陰に入って休もうとミヤコが木に腰をかけたその時…
「…へ?」
突如地面が崩れ、ミヤコは穴に落ちた。穴自体はそこまで大きくはなく、大人の男が立っても少し余裕がある高さになっていた。穴の中には長い長い廊下が繋がっていた。音を聞きつけた三人が何があったのかと駆け寄ってきた。三人の反応は様々で、何があったのかわからずおどおどしているアンジュ、肩を震わせながらこちらを見ているデウス、敵が襲ってきたのかと警戒するローランが立っていた。
「ミヤコさん…あの、ケガはないですか…?」
アンジュが心配そうな表情で声をかけてきた。
「え、えぇ…大丈夫よ。心配しないで。」
「何があったんだ?」
「ただ座ったら地面が崩れて、道が…。」
「道?こんなとこになんであるんだろう。」
「わかりません…ただ見る限り結構古いようですね。」
「とりあえず上に上がりたいんだけど…」
周りを見る限り梯子であったであろうものは錆びつきとても使えそうにない。階段があるようにも見えないため上がるに上がれないのだ。どうするべきかと考えていると、ローランが手を伸ばしてきた。
「ミヤコさん捕まってください。」
「助かるわ、ありがとうローラン。」
そうこうしていると日も落ちてきていた。
「仕方ない、今日はここで野宿だな。」
「ヒャッホー!野宿!!」
「ミヤコさん嬉しそうですね。」
「あったりまえじゃない!うちの国じゃなかなかそんなことできないもん!!」
「そう言うものなのでしょうか…」
「とりあえず二人起きて見張りをしよう。とりあえずローランと俺でいいか。」
それを聞いた三人は了解とだけ答え、野営のための準備を始めた。
※
話していた通り、ローランとデウスが最初に見張りをし、2時間ごとに交代することになった。
「それじゃあ、見張りよろしく!」
「お先に失礼します。」
「あぁ、何かあれば起こすからゆっくり休め。」
「おやすみなさい。」
そう言うとミヤコとアンジュは布にくるまり横になった。
「こうして二人で話すのは店以来だな。」
「そんなに経ってないけどね。」
「今でもお前に殴られた時のことは鮮明に覚えている。俺に対して意見をしてくるやつはほとんどいない上に殴るとは…あれはさすがに驚いたな。」
「本当に申し訳御座いません…てかまだ根に持ってたんだ…知ってたけど…。」
「いや、正直今思えば嬉しかったのかもしれないな。」
「嬉しかった?」
まさかの回答が帰ってきて驚いたが、彼の行動を見直してみるとあながち嘘ではないであろう。
「そうだ、あの頃の俺はただの箱入りの人形でしかなかったからな。自分の国のこともわからないただの人形だった。しかし、お前に出会い殴られたあの時に大きく変わった」
「デウス…もしかしてドM?」
「違う!そう言うことではない!!お前は本当に何を考えているのかわからん男だな…コロシアムでの戦いを思い出す…」
「あれは本当に大変だったねぇ、あれで親父に散々言われたし…」
「お前の親父は厳しいのか?」
自分の親父ののことしか知らないため少しになっていた。
「うちは…厳しいとは思うな。騎士団長と一騎士の立場ってのが関係している気もするんだけど厳しいと思うな。まともに褒めてもらったほうが少ない気がする…うん。この前も怒られたというか指南された感じだったし…」
最後に褒めてもらったのはいつのことだっただろうか…僕が幼い頃に褒められたかもしれないが彼が騎士団長になったくらいから厳しくなった気もする。もしかしてそれがきっかけになっているのか?この戦いが終わってもし話すことができたなら聞いてみよう。
心の中でそうすることを決めたローランは気になることがあった。
「そう言えばデウス、君はこの戦いが終わったらどうするんだい?」
「ん?俺は…そうだな、親父との約束もあるし国のトップになってフヴェルゲルミルを変えていこうと思っている。奴隷の話を聞いたときは驚いたしな」
「もしかしてあの時家出したのって…」
「そういうことだ。まぁ、誰かさんに見つかったおかげで目的は果たせなかったがな。」
「だってあの時は完全まいg…」
「それ以上は言わなくていい!」
「迷子?何の話?」
かなり話し込んでいたのか、かなり時間が経っていたようだ。気がつくとミヤコが起きてこちらの話を聞いていたらしい。
「あ、そうそうアンジュは見た感じ爆睡してるからそのまま寝かしてていいかしら?」
三人の視点が寝ているアンジュのほうに集まっていた。彼女は布にくるまったまま寝息を立てている。
「そしたらどっちが先に休む?」
「デウス、先に休みなよ。僕はまだ大丈夫だから。」
「そうか?なら先に休ませてもらおう。」
そういうとデウスはその場で横になった。
「そういえばさっきまでなんの話してたの?かなり盛り上がってたみたいだけど…」
「今後の話をしていたんですよ。デウスは国の代表として国を引っ張っていくそうです。」
「あの子らしいわね、どうなっていくのかが楽しみだわ。あなたはどうするの?」
「僕ですか?そうですね…多分このまま騎士として生きていくと思います。上に行けるかはちょっとわかりませんけどね。」
「お父さんがあんなに立派なんだからきっと大丈夫でしょ?」
「確かに父さんはすごいです。でも僕は全然なので…」
そう言ってローランは俯いてしまう。それを見たミヤコは呆れたようにため息をついたがすぐに彼のほうを見てこう言った。
「貴方はもっと自信を持ちなさい?デウスくらいまでとは言わないけどある程度は自信を持っても私はいいと思う。だって貴方は今こうして私達と旅をして世界を救おうとしている。こんなことできる人間なんてそうそういたもんじゃないわよ?」
「そう…かもしれませんね。」
「かもじゃなくて、そうなのよ。まぁ、この戦いが終わった後お父さんときっちりお話しすることね、あの人見た感じあなたと同じで肝心なところで不器用そうだし。」
そう言ってミヤコは今朝のオルランドのことを思い出していた。彼のあの溜めのある一言は彼の不器用さがそのまま出ているような気がしたのだ。息子を助けてやりたいが将軍としての立場などがある為にどうすれば良いのかわからないどだろう。
「まぁ、全てが終わればなんとかなるか…」
「なんの話ですか?」
「いーえ、なんでもないわ。」
ミヤコは両手を横に広げれ首を振った。
「そうですか…そういえばミヤコさんの国はどんな感じなんですか?」
「どんな感じか…そうね、あなたの知っているアングレムカはどんな感じなの?」
「そうですね…魔法などを扱う種族の国で女王が国をまとめている、くらいしか知りません。」
「まぁ、基本的にそんなもんなんだけどね。しいて言うなら私もあなたとあなたのお父さんみたいな関係と似ているのよね…」
「ミヤコさんもですか?」
予想外の答えが返ってきて驚いているとミヤコは母親について話し始めた。
「うん。あの人は見た目とか普段は頼りない感じというか不安要素いっぱいの人なんだけど…いざ仕事となった瞬間人が変わるの、それを一番近くで見てきたからさプレッシャーがすごいのよね。こんな人に自分はなれるのかな…みたいな。」
「こんな話ができる人に出会えるとは思いませんでした。今後もこんなことがあったら相談してもいいですか?」
「もちろんよ、いつでもしてきなさい。」
「なら俺も困ったら質問させてもらうか。」
「うわっ!なんだデウスか…驚かせないでくれよ。」
「そんなこと言われてもな…俺は時間通りに起きて、軽く便乗しただけなんだがな。」
「あら、もうそんな時間?」
ローランとミヤコは楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうことを改めて実感していた。
「そしたら僕は休ませていただきますね。」
そういうとローランは横になって目を閉じた。
「そういえばあんたに聞きたかったことがあったんだ。」
「私に?何かしら…恋沙汰の話とかならタダじゃおかないわよ?…こい…恋…。」
ミヤコは自分で言ったことにダメージを受けていた。
「一人でボケて凹むのは勘弁して欲しいんだがな、というか今までの生活を考えれば恋なんて出来る訳がなかったしな…。」
「冗談よ。それで私に何が聞きたかったの?」
「さっきあいつと話をしていたようだが、国の話だよ。多分次期女王のあんたなら俺の思っていることをわかってもらえるかもと思ってな。」
あぁ…と思わず頷いてしまった、理由は簡単である彼の悩みはなんとなくあれだろうという勘が働いたからだ。
「もしかして奴隷の話かしら?」
「そうだ、二人が使ったであろう港の近くに彼らの街があるらしくてな。恥ずかしながら俺は自分の国について何も知らないも同然なんだ。だが俺は国のトップにならなければならない、ならば彼らの話は知っておきたいのだ。」
デウスの話を聞いてミヤコはどこから話すべきか悩んでいた。
「正直彼らの生活は最悪だったわ、というかこの国は腐っているとも思ったりした。明らかに味のおかしい水、配給される物は残飯同然、その上強烈な肉体労働。もし貴方が国を仕切っていくというなら、まずはこの現状をなんとかしないといけないんじゃないかしら?」
「そうだな…これは親父ときっちり話をしたほうが良さそうだ。まぁ、それもこの戦いが終わらないと始まらないのだがな。」
「それもそうね。まぁ、貴方は貴方なりに頑張りなさい?私も似たようなことで悩むことになりそうだし…」
そんな話をしていると、うーん…という可愛らしい声が聞こえてきた。声のほうを向くとアンジュが寝返りをうっていた。彼女を見て思い出したようにデウスは問いかけた。
「そういえば森での戦闘の時のこの子を見て何か口ごもっていたが、何かあるのか?」
「私も確信はないんだけどね?あの子のロザリオ…もしかしたら私の指輪と同じように魔法因子が組み込まれているんじゃないかと思ったのよ。」
二人は意味がよくわからず、きょとんとしている。
「あぁ、そこからなのね。わかったわ、そもそも魔法とはね……」
そこから数十分ミヤコの魔法講座が始まり、二人が頭を抱えたのは言うまでもないことであろう。
※
「ということだから、あの子のロザリオと私の指輪は似たような構造になっているのでは?と思ったのよ。」
「あんたの説明のおかげでなんとなくは理解できた。だが引っかかる部分がある、どうやって手に入れたかだ。」
「そう、私が口ごもった理由はそれなのよ。あの子も孤児院の人が身につけていたという事しか知らないみたいだし…。」
そう言うとミヤコは俯き、うーんと呻いていた。
「そんな下向いていたって何も変わらないんじゃないですか?よく分かっていない僕が言うのもなんですが、下向いて悩むくらいなら、空を見上げて悩む方が僕はいいと思いますよ?ここは星が綺麗ですし。」
そういうと三人は空を見上げた。
「綺麗な星空だ…フヴェルゲルミルではなかなか見られない景色だな。」
「ブレイザブリクでもあまり見れないかな…西にある砂漠地帯に行けば見えるらしいんだけどまだ行ったことないんだよね。」
「アングレムカでは結構みれるわよ?まぁ、うちの場合は自然と同化して生活しているからここの環境と似ているのかもしれないけど。」
「それは是非見てみたいものだな。」
「そうですね、こんなにも背かは広いのだからいろいろな景色を楽しむのもいいかもしれません。」
「この戦いが終わってからの予定が一つ増えたわね。」
その後も他愛もない話を三人は続けていた。
※
夜も明け4人は昨日見つけた通路から城に向かうことになった。
「真っ暗で何も見えませんね…」
「そこは私に任せなさい!」
そう言うとミヤコは魔道書を開き詠唱を始めた。すると光の玉が幾つも生まれ穴の奥に入っていった。穴の奥は長い道になっていた。
「この方角だとまっすぐ行けは城に繋がっているかもしれませんね。」
「なんの通路なのかが気になるところだな。」
「この雰囲気はなんか出そうね…幽霊とか。ねぇ、アンジュ?」
「ふぇっ?ゆ、幽霊なんて…いませんよね?」
先ほどまでの表情とは一転表情は真っ青になり明らかに動揺していた。
「おやおや?もしかして怖いのかなぁ?」
その顔が面白いのでもう少しだけとアンジュをいじっているとデウスとローランが先に降りていることに気がついた。
「遊んでいる暇はないぞ、行こう。」
「だってさ、アンジュ。いきましょ!」
そう言ってミヤコは穴の中に降りた。
「え?え?だって幽霊が…いえ、なんでも…うぅ。」
どうやら先ほどミヤコに言われたことを間に受けてしまったため降りてくるのが怖いようだ。
「大丈夫よアンジュ、さっきのは冗談だから!安心して降りてきなさい。私の魔法で明るくなってるから怖くないわよ。」
「うぅ…仕方ないですよね…」
そういうとアンジュも降りた。入っても青い顔をして周りをキョロキョロ見ていたが時間が解決してくれるのを待つしかないなと三人で頷き合った。
「先に進もう。」
「何が起こるかわからないから注意しろ。」
そういうと四人は地下道の奥へと歩き始めた。
※
地下道は一本道になっていて迷うことはなかったが、換気があまりされていないのか匂いがひどかった。
「ねぇ…出口はまだなのぉ…?そろそろ私倒れそうなんだけど…」
「ん?あそこに扉があるぞ…」
4人の見る先には木製の扉があった。
「やっとたどり着いたのでしょうか。」
「長かったぁ…これで解放される!でもここからが本番なのよね…」
「気を引き締めていきましょう。」
「開けるぞ。」
そういうとデウスは音を立てないようにそっとドアを開けた。
「人は…いないようだな。」
ドアを開けた先は大きな部屋になっていた。黒板一帯に書かれている化学式、積み上げるように置かれている本の山、臓器のようなものが入ったガラス状のカプセル。ここはどうやら研究室のようだ。
「気持ちの悪いところね…」
「どうやら魔族の生成実験を行っている施設のようだ。」
「今になっても信じられない…こんなことを本当にやっているとは…」
改めて現状を見た三人は驚愕の表情を隠せなかった。そんな中アンジュは一冊の本を手に取っていた。
「アンジュ、何か見つけたの?」
見た感じは人の名前と歳、そして日付が書かれていた、被験者のリストのようだ。
「……子供達が…まだ生きてる……?」
アンジュが小さな声でつぶやいた。
「え?アンジュ、今なんて…。」
ミヤコが声をかけるとこちらを向いて話した。
「子供たちが、まだ生きているかもしれません!」
「なに?それは本当か?」
「これを見てください。ここ!」
そういうとアンジュは一人の名前を指差した。
「この子はうちの孤児院で一緒だった子の名前です!他にも何人か載っています。」
「横の日付を見る限り、どうやら今日のようね…。」
「これは急いだ方が良さそうだな。」
そういうと四人は部屋の奥にあった階段から上の階に上がった。
※
階段を上がると扉があり、その先は通路に繋がっていた。
「ここ…私が潜入した時に通った道です。ここからは私が案内出来るかもしれません。」
「今考えると、アンジュ…貴女、中々の大物よね。」
呆れたようにミヤコはため息をつき、その後彼女の頭を撫でた。
「でも、今はあなたのその力は最高に心強いわ。頑張りましょ。」
アンジュは撫でられたことに最初は驚いていたが、そのまま撫でられ続けた。
「しかし奇妙だな…人の気配が全くない。見張りの一人も居ないとは…」
デウスはこの場の雰囲気に違和感を覚えていた。
「確かに、ここまで来れば誰かしら居てもおかしくないですもんね…罠でしょうか?」
デウスと同じことを感じていたローランも警戒の色を濃くした。
「そんなこと言ったって今更止まるわけにはいかないでしょうが…進みましょ。アンジュ、お願いできる?」
その空気を変えるようにミヤコは声をかけた。
「はい、それではいきましょう。えっと…こっちです!」
そういうと彼女は近くにあった扉を開いた。
※
扉の先は大広間になっていた。部屋の奥には回り階段があり、階段を上がった先には扉が一つあった。
「よくぞここまで来られましたね。」
階段上の扉から一人の老人が出てきた。老人の服装を見たアンジュの顔が険しくなった。
「その服装…教団の方ですね…?」
「いかにも。私の名はユダ、現在は教皇様の補佐をしております。」
「みんなを…みんなを返して!」
「はて…みんなとは誰のことかわかりませんが、生憎あなた達を相手にしている時間はありません。私の代わりと言ってはなんですが、彼女達に相手になってもらうとしましょう。お前達、出て来なさい。」
ユダが何かを呼び出すと、彼の両側の空間が歪みそこから二対の魔族が出てきた。姿形は森で相手にした蜂のような魔族とは全く違っていた。上半身は人間の名残があるが、下半身は蛇のような身体になっていた。仮面を被っているため顔はよく見えなかった。
「彼女達は私の実験の中でも成功例の一つでしてね、可愛がってあげてくださいね。それでは私はこれで。」
そういうとユダは扉の奥へと戻っていった。魔族が現れたことで臨戦態勢をとるが、アンジュだけは魔族を見て立ち竦んでしまっていた。
「……アンジュ?」
その状況にいち早く気がついたミヤコは彼女の方を見て声をかけた。
「そんな…そんな…ありえない…嫌だよ…。」
「アンジュ!どうしたのしっかりしなさい!!」
そう言いながらアンジュの肩を揺するが動揺しているのか聞こえていないようである。
「……サリエルと院長先生…どうしてこんなことに…。」
「え?」
「どうかしたのか?」
「いや…実はあの魔族、この子のいた孤児院の人かもしれないらしくて…」
「なるほど、そういうことか」
「なんとなくですが、そうなるのではと思っていました…」
焦るミヤコに対して二人はかなり落ち着いていた。敵から目を話すことなくローランはいった。
「アンジュちゃん、これは乗り越えなきゃいけないことだ。すまないが今は君を気遣ってあげることはできない、嫌かもしれないし辛いかもしれない。でも今は止まるわけにはいかない。わかってもらえるかな?」
優しく諭すように、だかキッパリと厳しい現実を話した。その言葉を聞いてアンジュは涙を流したが静かに頷きつぶやいた。
「サリエル、院長先生…今までありがとう。でもごめんね、止まるわけにはいかないんだ…出来ればだけど空からみんなの無事を祈ってくれたら嬉しいな……さようなら。アーメン」
「アンジュ…。」
その言葉の後に彼女はこちらを向き微笑んだ。
「ご迷惑おかけしました…もう大丈夫です。」
再度相手を観察すると、武器は手に持っている一振りのダガーナイフのようだ。話しが終わるのを見計らったように襲い掛かってきた。
「来るぞ!」
二体の魔族は上の階の廊下を左右に分かれて、四人を挟み撃ちにした。
「挟み撃ちか。ここに固まるのは得策じゃない。すぐに散開する。いいな?」
デウスが指示をしていると左右の廊下から二体の魔族が四人の上に飛んで来た。
デウスとミヤコは階段の方に、アンジュとローランはドア側に散らばる。
サリエルはデウスの方に、院長はローランの方に向いた。
「ローラン。そっちの方が終わったらこっちの援護を頼む」
デウスはそう言いながら、ミヤコと共に階段を上る。
院長はその後を追う。
「さて、早く片付けないとあっちが先に力つきそうだ」
ローランが冗談を言いながらショートソードを引き抜く。
サリエルは地面を這いながらアンジュとローランめがけて突進する。
アンジュとローランは左右に避けると、そのままサリエルはドアに突っ込む。
ローランはショートソードで蛇の尾を斬りつけるが、傷をつける事もできなかった。
「固い!!」
ローランが飛び退こうと後ろに一歩引いた時、背筋をそうように暖かい何かが駆け上がり、そのまま首にたどり着くと巻き付いて締め上げた。
「がはっ…」
首を絞められローランはショートソードを手放しもがき逃れようとするが、どんどん力が強くなっていく。
「ローランさん!!」
アンジュがローランを助ける為にの首を狙って短剣を振るう。
しかし、魔族は振り向いてアンジュが襲ってくるのを確認すると、体を傾けてアンジュの攻撃を避ける。
その一瞬だけ、力が弱まったのを確認したローランは手首から出した短剣を投擲してない魔族の肩に突き刺す。
魔族は痛みで声を荒げ、ローランを離す。
ローランが解放された瞬間、地面に落ちていたショートソードを持ち直し、魔族の上半身を右脇腹から左肩にかけて切り裂いた。
魔族は最後の力を振り絞って、ローランの頭上から尾を叩き付けようとした。
しかし、ローランの頭上に尾がふってくる事はなく、代わりに魔族が息絶えていた。
よく見ればアンジュが背中から魔族の心臓をひと突きにしていた。
「安らかに眠って、サリエル」
アンジュが短剣を引き抜くと、そのまま魔族は地面に倒れ込んだ。
それと同時に、部屋の中央辺りにデウスと抱えられたミヤコが降りて来た。
「終わったか。こっちも手伝ってくれ」
ミヤコを抱えたデウスがローラン達の方に歩いていくと上から院長のが落ちてくる。
「分かった。じゃ、僕たちは前に行くよ」
「ああ、頼む。可能な限り援護はする。でもあいつも相当弱っているから、すぐに片がつくだろう」
デウスはミヤコを下ろして、腰から銃を引き抜く。
それがまるで合図だったかのようにアンジュとローランが飛び出した。
デウスは一発だけ銃弾を放つ、その銃弾は肩に当たり爆発する。
魔族が怯んだ瞬間、ローランがすれ違い様に切り裂き、アンジュが胸に短剣を突き刺した。
※
ローランとアンジュの一撃が止めとなり二体の魔族は黒い霧となり消えていった。魔族の消滅を確認するとアンジュは糸が切れたかのように座り込んだ。
「二人とも…助けられなくてごめんね…。」
蹲るアンジュを気遣うようにミヤコが声をかけた。
「きっと二人もわかってくれるよ。お礼を言っているかもしれないよ?」
「え?どういうことですか?」
どういうことなのかがわからず聞き返すアンジュ。
「見間違えかもしれないけど、最後の一撃が決まった瞬間口元が笑っているように見えたの…。」
「笑っていた…?」
「そう、笑ってた。憶測だけど嬉しかったんだと思う。魔族に変えられてしまって哀しみに溺れていた自分を解放してくれた。しかも解放したのが貴女だったから余計に嬉しかった。考えすぎかもしれないけど私にはそう映ったわ。」
「そう…ですか。なら私の行動は間違いではないのですね。ありがとうございます。最後まで頑張ります!」
そういうとアンジュは笑顔でミヤコに抱きつくのであった。
※
二人のことを胸にしまったアンジュはうん、と頷き三人に声をかけた。
「お待たせしました。時間もありませんし先に進みましょう。」
「もういいのか?」
確認をするようにデウスは尋ねた。
「はい、思い出は全て胸の中にしまっていますし…見守ってくれている思いますので。」
「そうか。よし先に進もう、あの扉の奥はどうなっているんだ?」
「あの奥は廊下につながっていて、その先に階段があります。階段を使って二階へ向かいましょう。上った先はテラスがあったはずなので、多分そこにユダがいると思われます。」
「なるほど。まぁ、まずは上に行こう。ここにいてもいいことなんてないからね。あの二人のことも気になるし…アンジュちゃん道案内お願いね。」
「はい、行きましょう!」
四人は魔族についての真実を知るために二階へ向かった。
※
階段を上った先には幾つもの扉が両側に並んでいた。その中でもひときわ大きい扉が少しだけ開いていた。
「あそこです。あの先がテラスになっています。多分ユダもそこにいると思われます。」
「先ほどのように魔族を召喚してくる可能性は高い。注意していこう。」
扉を開けるとその先にはユダが立っていた。テラスに足を踏み入れると、ドアが大きな音を立てて閉まった。
「ほう…二人を倒したのか、なかなかやるではないか。褒めてやろう。だが、もう貴様らはここで終わりだ。何故なら…ここで私に倒されるからだ!!見よ!これが私の研究の成果だ!」
「くるぞ、構えろ!」
教皇が変身した姿は、まるで巨大な蜘蛛だった。
上半身は辛うじて残っているが、下半身は完全に巨大な蜘蛛になっていた。
「どうして悪役はこう、気持ちの悪い姿に変身したがるのよ。」
「君達にはこの姿の素晴らしさが分からないのか、実に残念だ。」
「無駄口は叩くな!行くぞ!」
デウスが喝を入れるとローランとアンジュは頷き、ユダに向かって走り出した。
しかし、ユダは闇の霧から槍を生成すると横に大きく振り回した。
二人は寸前の所で踏みとどまり、間一髪で回避する。
「このリーチの長さ…これじゃ近づけない!」
「だったら二人で走り回って撹乱しましょう!そうすれば隙が生まれます!」
「分かった。行くぞ…ゴー!」
お互い逆回りになるようにユダの周りを走り始めた。
「私を撹乱しようとするか。馬鹿め!」
「ここだ!」
アンジュがユダの後ろに回り込み、蜘蛛の足めがけナイフを振り下ろす。
が、ユダの蜘蛛の足の方が一歩早く、ナイフは命中しなかった。
「外した!」
「その程度の攻撃、当たる訳が無かろうが!」
ユダは、攻撃を外してバランスを崩したアンジュに向けて槍を振るった。
ナイフでガードしたが、壁際に大きく吹っ飛ばされた。
「アンジュ!」
ミヤコが駆け寄る。
「ちょろちょろと目障りだ。二人まとめてあの世へ逝け!」
「食らえ!」
ローランの背後からの奇襲。
しかし、ローランの剣はユダの槍の前には通らなかった。
「貴様も目障りだ、失せろ!」
ユダの猛攻をローランは剣で何とか受け流す。
が、ユダのパワーが凄まじくアンジュが吹っ飛ばされた反対側の壁まで追い込まれてしまった。
「とどめだ!」
「…今だ。」
ユダの右肩にデウスの放った銃弾がヒットする。
瞬間、大きな爆発とともにユダの右腕と持っていた槍が地面に落ちる。
「サポート遅いよ!」
「お前に命中していてよかったのだったら、もう少し早く撃てたのだがな。」
「クソ…お前ら……絶対に…殺ス!」
再びユダが黒い霧を纏う。
上半身は黒い霧を吸って更に黒くなり、吹き飛ばされた腕が再生する。
「嘘だろ…。」
「殺ス殺ス殺ス殺ス…オ前ラ、ゼッタイニ、コロス!」
闇から槍を二本生成すると、一本をデウスめがけて投げた。
「何っ!」
突然の攻撃で避ける事が出来ず、デウスはバルコニーと部屋を仕切る扉を突き破り、部屋の中に吹っ飛ばされた。
「マズハ、ヒトリ。」
「う、うわぁあああああああ!」
錯乱したアンジュは何の策も無くユダに攻撃を仕掛ける。
そんな攻撃が通る訳も無く、簡単に弾かれてしまった。
ユダの下半身の口から白い蜘蛛の糸が発射され、アンジュに絡み付く。
「いやぁ…なに、これ…身動きがとれ、ない…!」
「フタリ…」
「よくも二人を!」
ローランもアンジュと同じようにユダに向かって走る。
が、アンジュと違ってローランは直前で速度を緩め、ユダの顔めがけて短剣を投げる。
短剣は代理の左目に直撃した。
「食らえええええ!」
「無駄ダァ!」
短剣が直撃したにも関わらず、ユダは全く怯まない。
飛びかかったローランに、ユダの鋭い一撃が襲う。
「ぐっ…!」
直撃はしなかったものの、避けた反動で地面にたたき落とされた。
「サンニン…アトヒトリ…ドコダ…?」
ユダは周りを見回したが、ミヤコの姿がどこにも見えない。
「ニゲタ、カ。」
「誰が逃げたって?」
壊された部屋の奥からミヤコが燭台を持って出て来た。
「ナニヲモッテイル。」
「燭台よ。机の上から拝借して来たの。」
「ソレデナニヲシヨウトシテイル。」
「気になるならそこで棒立ちしてなさい。」
「ウゴクナ!」
ユダの警告を無視し、魔道書を取り出し呪文を読み上げていく。
「ダマッテワタシニコロサレロ!」
燭台の日が徐々に大きくなり、一本の大きな火柱になった。
「死ぬのは貴方よ!」
ユダは槍を構えた。
「あのクソ野郎を穿て、スピア・ザ・グングニル!」
燭台を槍のように全力で投射する。
炎の槍はユダの闇の槍をへし折り、ユダの体に突き刺さる。
「バカ…な…」
ユダの体を激しい炎が包み込む。
「虫に炎は効果抜群でしょ。」
※
「ぐふっ…、そんな…私が負けただと?ありえない…そんなことあってはならないのだ!」
ユダがそう叫ぶと同時にまた黒い霧が彼の元に集まり始めた。
「まだ…まだだ…まだ終わってはいない!!私はまだ戦えるぞ、かくご…し…」
ドサリとそのままユダは倒れて、黒い霧となって蒸発してしまった。
「負の魔法因子を取り入れすぎたせいで身体に限界が来ていたのね。魔法因子を身体に取り込むだけでも危険なことなのに…改造した因子をあそこまで大量に入れれば身体への負担は相当なもの…早く止めないと、こんな実験どうかしてるわ。」
「ミヤコさん……。」
「教皇はもう目の前だ。さぁ、最後の戦いに行こう!」
「この上にはもう礼拝堂しかありません。彼もそこにいるに違いありません。進みましょう!こっちです。」
4人は最後の戦いのために階段を上った。
※
階段を上った先の扉を開けると大きな礼拝堂になっていた。部屋の奥には大きな十字架と教壇があり、教皇らしき男が神に向かって祈りを捧げていた。
「ほう、ユダを倒したのか。なかなかやるではないか。褒めてやろう。」
そう言いながら立ち上がりこちらを見た。
「おやおや、あの時の可愛らしい侵入者ではないか。まさか生きているとはな、悪運の強いやつよ。」
「あの時とは違う。もうバカな私じゃない、助けてくれる人がいる。今日こそあなたを倒してみんなを助け出してみせる!」
「ふふふ、そうかそうか。だがな、私は今までのような奴らとは違う。それを覚悟して掛かってこい。私も最初から本気で行かせてもらおう。」
そう言い放つと教皇の元に黒い霧が集まり、身体に吸収されるように取り込まれ姿形を変えていく。最終的な見た目はユダたちのような他の生き物になるような変化ではなく、彼の場合は黒い翼の生えた黒い鎧騎士だった。
「最後の最後で一番悪魔っぽいのが出てきたわね…。」
「ふん、その余裕いつまで続くかな?行くぞ、若き勇者たちよ!」
腰に帯剣していた剣を鞘から抜き、臨戦態勢をとった。
「参るぞ…。」
次の瞬間、教皇の姿が消えた。気がつけばローランの真横にまで迫ってきていた。
「まずは貴様からだ。」
「くっ、」
ローランはとっさにガードをしたが勢いを殺しきれず壁にまで飛ばされてしまう。
「ローラン!」
「人の心配をしている場合か?」
あまりの早さに着いていけなかった。
「きゃっ!」
「ミヤコさん!よくも…はぁぁあ!!」
アンジュは教皇を止めようと剣を振り上げた。
「遅い。」
だが手首を捕まれ、そのまま持ち上げられた。
「やれやれ…この程度か」
必死にもがいたが、オイディスはビクともしなかった。だが、銃声がなると突然手が離れ大きく下がった。
「飛び道具か…これは厄介だな。」
「アンジュ、大丈夫か?」
「はい…なんとか、ありがとうございます。」
「ローラン!ミヤコ!大丈夫か!」
「大丈夫…です。受け身は取りましたから問題ないです。」
「いつつつ……女の子の扱われ方じゃないわよね…これ。」
二人はなんとか立ち上がってこれたが、連戦のためかダメージは大きいようだ。
「このまま倒してしまうのはつまらないな…冥土の土産と言っては何だが少し話をしてやろう。そこのお嬢ちゃんは特に気になっているであろう。何故こんなことをするのかについてだ。」
そう言うとオイディスは語り始めた。
※
私は十二歳の時に前教皇であり私の父だったニクスがなくなった。彼の死は本当に突然だった。当時は暗殺事件として騒ぎになったがすぐに迷宮入りした。まだ幼かった私を支えてくれたのは当時私の教育係であったユダだった。二十歳になって教皇として動き始めるまで、彼は私に様々なことを教えてくれた。禁忌とされていた魔族の実験を私に進めて、『楽園』を築き上げませんか?といってきたのも彼だった。今でも思うことはなぜ彼は私にこだわったの未だにわからないままでいる。同時になぜそんなことをするのかと悩んでいた。ユダになにを聞いても誑かされているような気がして余計に気になった、だが私には答えを導き出すことができなかった。同時にしない理由も導き出せなかった。だから私はユダの考えを受け入れることにしたのだ。わからず立ち止まるよりは行動してみようと思ったからだ。
※
「私が今こうしてここにいるのは、あの時の答えが間違っていなかったのかを確かめるためにもここにいる。私は世界をよりよくしたかった。人々が日々の生活や食事にも悩まない、対人関係や自分のことにも悩まないそんな世界を作りたかった。その為に私はこうして自分も犠牲にして今ここに立っている。」
「だったら、なぜ国民を実験台にしたのよ!この子の家族だって連れ去られて魔族にされていたのよ?なんとも思わないの!?」
「世界をよりよくする為に、小より大を取ることのなにが悪いというのだね。確かに心苦しいと思ったこともあったが、その分多くの人が幸せに暮らせるのだぞ?多少の犠牲は付きものだ。そんな甘い考えでは世界は変わらない。」
「確かにそうかもしれないな、うちの国も似たようなことをしていたのでよく分かる。だがな、魔族にされた人たちに立って生きる権利はあるんだ。それをお前の私情でどうこうできるようなものじゃない!」
「そんなもの、私からすれば綺麗事としか思えないな。自分の欲を満たす為に罪を犯すのが人間だ、ならばその状況にすらならない状況を作れば争い事は解決する。その為に私は世界を作り替えようとしているのだ。神として皆を導こうとしているのだ!」
その言葉とともに教皇は翼をはためかせた。
「話をしすぎたな。それでは、貴様らもこれまでに死んでいった奴らと同じところに送ってやろう。空から変わってゆく世界を指をくわえて見ていたまえ。」
「……本気で言っているのですか。」
「…ん?」
「アンジュ…?」
「世界をよりよくする?その為には犠牲も付きもの?それは本気で言っているのですか?」
急に纏う雰囲気が変わったアンジュに教皇は表情を強張らせた。
「そうだ、世界をあるべき姿にするには仕方のないことだ。」
「その犠牲になった人たちのことを、少しでも考えてことはありましたか?心は痛みませんでしたか?あなたのやっていることは自己満足の為に大量虐殺を行っているようにしか見えません。」
「ふん、虐殺ではない。生まれ変わらせているのだ。楽園誕生の糧として頑張ってもらっているだけである。」
「そうですか…非常に残念です。あなたならもう少しましな答えが出せると思っていたのですが…。」
その言葉と同時にロザリオが謎の光を放ち始めた。
「その光は…済世を行った時の光と同じではないか!何故貴様がそのような力を持っている!」
「わかりませんか?…あなたが犠牲として切り捨てた人たちが、私に力を貸してくれている。ただそれだけのことです。最初はわかりませんでしたが今ならわかります。」
まっすぐに教皇を見て言い放った。
「教皇、あなたの蛮行は許されることではありません。ここで全て終わらせましょう。」
「貴様ら程度になにができるのだ。貴様らがいかに無力であるかを教えてやろう。」
その言葉と同時に教皇は剣を構えなおし、次の瞬間にはアンジュの真横にまで来ていた。剣を真横に薙いだ。
「もうその手には乗りません。」
アンジュはオイディスの動きを読んでいた。自身の身長を生かし限界までかがみ、オイディスの剣が空を切るのを見てからオイディスのガラ空きの横脇に突きを繰り出した。
「はっ!」
「何!くっ…」
アンジュの一撃はオイディスの脇腹に命中した。ダメージを負った教皇はまずは動けないものをと考えたのか、ローランの方に向かって走り出した。
「させるか!」
それにいち早く反応したデウスは腰に挿していた、銃を抜き出し教皇の背中に向かって引き金を引いた。
「甘い!」
デウスの弾丸の軌道を詠んだオイディスは玉を切ったが、その瞬間強烈な光が弾けた。デウスの撃った弾は閃光弾だったのである。
「な、なんだ!」
そのおかげで教皇の動きが止まる。アンジュはその隙を見逃さなかった。
「トドメです!」
「ぐあっ…!」
アンジュの一撃が教皇の腹部に命中した。その勢いで祭壇に背中から突っ込んだ。強烈な一撃を受けた教皇はそのまま動けなくなった。
「あのロザリオに…これほどの力があるとは…くっ。」
ローランが教皇の近くにまで歩みよる。
「……殺せ、それくらいの覚悟はできている。お前の家族の命を奪ったのは私だ…構わず斬れ…。」
オイディスはそのまま目を瞑り、最後の一撃を待っていたが一向に攻撃が来なかった。目を開けるとアンジュは剣を鞘に収めていた。
「何故剣を収める。お前は復讐をしに来たのだろう?こんなチャンスに何故。」
「教皇…あなたの考えは間違ってはいないと思います。ですが、やり方が気に入りません。もっと方法があったはずです。」
「まぁ、あなたの話を聞いているとそんなことも考えられないくらいに洗脳されていたのかもしれませんがね…」
「ふん…こんなタイミングで情け容赦とは甘いやつらだ…」
「情け容赦じゃありません。正直今すぐにでもあなたを斬りたいくらいです。でも、あなたの話を聞いているとあなたが全て悪いと思えないのです。あなたなりに悩んだんだと思います。だから私は…」
アンジュは下を向き震えていた。それを見ていたローランが肩に手を置くと前を向き、大きな声で言った。
「あなたを許します。」
「………何を言っているんだ。貴様の家族を実験台に使ったのだぞ?他国に魔族を送り込み世界を征服しようとしたのだぞ?」
「えぇ、でも、私があなたの立場だったらと考えると同じ答えを出していたと思うんです。だから許します。」
「オイディス・サクレブルグ、あんたにはいろいろ学ばせてもらうことがあった。もっと別の形で出会っていれば、もっといい未来が見えただろうに…」
「だが私の犯した罪は大きい、最後に一つだけ教えて欲しい。君たちの名前を教えくれないか…?」
「僕はローラン・マキナです。」
「デウス・フヴェルゲルミルだ。」
「ミヤコ・アングレムカよ。」
「私は…アンジュ…アンジュ・ヴァルホルです。」
「君たち四人に未来を任せて見るのも面白そうだな…私の作り出せなかった平和な世界を…作り出してくれ…。」
さらばだ…。
その言葉を最後に教皇は白い霧となって消えていった。
※
「終わったの…か?」
デウスが確認のように呟く。
「えぇ…ついに教皇を倒した!世界を救ったんだよ私達!!」
「やった、やったぁ!!」
「よかったです!本当に!!」
「そういえば皆さんに聞いてもらいたいことがあるんです。」
アンジュが俯きながら三人を見た。
「聞いてもらいたい事?どしたの?」
「その…いろいろ考えたんですけど、この国を立て直したいと思ったんです。私だけでは力不足ですが、頑張ろうと思っています。それで皆さんに手伝ってもらえたらな…と思いまして…。」
「ほう?また大きくでたな。だが面白い、あの男の言った平和な世界のための第一步だ、手伝おう。」
「いいですね、僕もお手伝いしますよ。」
「面白そうじゃない、私も付き合うわよ!」
三人の言葉を聞くとアンジュは満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます!頑張りまs……」
アンジュはそのまま力尽きるように倒れた。
「アンジュ!?どうしたの!?」
「……すぅ…すぅ………。」
疲れが溜まっていたのか緊張の糸が切れたのか、そのまま寝てしまった。
「はぁ…脅かさないでよ…。」
「でも、この子は本当にすごい子だな。」
「本当に…驚かせてくれますよね。」
アンジュの寝顔を見て三人は微笑ましい表情を浮かべていた。Kaina.
エピローグ
ローランが自分の国に戻るとそこに待っていたのはオルランドだった。
船から降りてオルランドに話しかける。
「国王からの伝言を言い渡す。一週間の休養に当てるように、と。それから早朝に国王の間に来るように。伝言は伝えた。後はゆっくり休め」
オルランドはいつものように伝言を伝え、馬に乗って去っていった。
ローランはいきなり休暇を言い渡されて呆然とする。
そしてローランは少し、悲しげな表情をする。
……結局、世界を救っても何も言ってくれなかったな。父さんは
ローランは国民にそんな悲しげな表情は見せられない、という風に顔を数回振って家に帰ろうとした。
だが、ローランは国民から英雄扱いされて、結局帰るのは日が暮れる前だった。
※
一週間後の早朝
ローランはいつもの服装にさらに念入りにチェックしている。
……国王様の前で恥をかいたら後で父さんに怒られる。
念入りに服装を確認した後、洗面所に行き寝癖がないかをチェックして家を出る。
家の近くにつながれていた自分の馬に股がり、手綱を操って馬を走らせた。
……やっぱり、サクレブルクでのことを聞いておきたいのかな?
ローランは自分が国王に呼び出された意味をずっと考え続けていた。時折、褒美なんかくれたらうれしいな、とよこしまなことを考えていると馬から落ちそうになったりした。
※
ローランが城の前に門番の他に意外な人物がそこにいた。
「フォースさん!?どうしてここにいるんですか?」
「それはお前の案内役に抜擢されたんだよ」
「成る程、ありがとう、フォースさん」
「別にお礼を言う必要はない。俺の仕事だしな」
「でも珍しいね。フォースさんがいるなんて」
ローランは城の廊下を歩きながらフォースに問いかけると
「はは、今日はちょっと特別な日だからな。いろいろと」
「ん?それってどういうこと?」
「我々も歳をとったな、と感じただけだ」
全く意味の分からないことを言われ、ローランは首を傾げるが話をしていると既に国王の間の前まで来ていた。
「ローラン。ここに入る前に一つだけ言っておく」
フォースは真剣な顔でローランに向く。
「ここに入った瞬間、絶対に己の意志を曲げるな。己の信念を貫け」
「いきなりどうしたんですか?そんなこと言って」
「いや、お前にこうして教えるのは最後になるかもしれんからな」
「それってどういう―――――」
「行くぞ、ローラン。これがお前の最後の戦いだ」
フォースはローランの言葉に耳を傾けることなく国王の間の扉を押し開けた。
ローランもその後に続いて国王の間に入ると目を見開く光景が浮かんでいた
「どうして近衛騎士団がそろっているんだ?」
国王を中心としてその右に七人、左に六人、均等に間を空けて列を作っていた。
ローランが国王の間に入ると同時に、フォースは左の列に加わる。
「なんなんだ?これは」
「ようこそおいでなさったな。英雄ローラン」
ローラン自分の名前を呼ばれていることに気づき慌ててその場にひれ伏す。
しかし、ローランは近衛騎士団がそろっている事のほうに来がちって仕方がなかった。
「ははは、やっぱり気になるかの」
「はい、申し訳ありません」
「いや、気にせんでいい。こやつらはお前の褒美に必要だったから呼び寄せたまでのこと」
「褒美ですか?」
「そう」
そう言って国王が頷くと息を吸った後、
「ローラン・マキナ。これより貴殿には近衛騎士団長昇格のチャンスを与える」
そう言われてローランは目を見開いた。
呆気にとられて何も身動きができない。
「ローラン。貴殿には自分の父であるオルランドと戦い見事勝利を収めてもらう。それがこの試験の合格条件だ」
そう言われた時、右の列の一番奥からオルランドが甲冑を着込み、マントを翻して国王の前に立つ。
「嘘……だろ?」
※
城の近くにある小さなコロシアムにローランはいた。
正直いきなり騎士団長昇格試験を言い渡されて何事かとも思ったが、それでも自分の父であるオルランドと戦える事はうれしかった。
……これで父さんを見返せる。
そう意気込んでローランはオルランドと対面した。
ほかの近衛騎士団の人々は客席からこちらの様子を見ている。もちろんその中に国王の姿もある。
「それ相応の覚悟はできたか?」
「当たり前だ。でなければこんなところに立っていない」
「そうか……」
オルランドはそれっきり口を開かなかった。
「それでは―――――」
国王が手を挙げた。
「もう少し―――――」
オルランドは無機質な瞳でローランを見る。
その瞳を見た瞬間、ローランの背筋に悪寒が走った。
まるでそれは目覚めさせてはいけない何かを目覚めさせてしまったかのような、そんな気分だった。
「分をわきまえていたと思っていたぞ。ローラン」
オルランドがその言葉を口にした瞬間、国王が手を振り下ろした。
「始め!!」
合図と同時にローランは手首から出した短剣を投擲するがオルランドはそれを読んでいたのか姿勢を低くしてそのままローランに向かって走り出した。
ローランは次々と短剣を投擲するがまるでかすりもしなかった。
……これが父さんの実力!!
すでに両者とも剣の間合いに入っていたため腰から剣を引き抜く。
ローランはショートソードを、オルランドはロングソードを引き抜いた。ローランは上から斜めに切り下ろすとオルランドはそれを剣で受け止める。だがオルランドはその勢いを相殺しようとせず、剣を傾ける事で滑らせた。そしてオルランドは傾けたまま剣を引っぱり顔面めがけて薙いだ。ローランは体勢を限界まで低くして剣を避ける。目の前に切られたローランの髪の毛がはらりと落ちる。だがローランが自分の一時的な窮地を脱した事に安心していると、オルランドの右足の蹴りがローランの横顔をとらえる。ローランは思いっきり蹴られた衝撃で地面を滑るがすぐに立ち上がろうと手を地面についた時、後ろから気配を感じ振り向くとそこには既にオルランドが剣を構えていた。ローランはとっさにショートソードで背中を守ろうとしたが、それごと吹き飛ばされローランは地面に這いつくばった。
「辞退すると思ったんだがな」
オルランドは平然とした顔でローランに歩み寄ってくる。先ほどまで息をつく暇もない攻防が行われていたのに息が切れている様子もない。
「これがお前の現状だ。よくわかっただろ?今からでも遅くない。惨めな姿をさらす前に辞退しろ。ローラン」
「嫌だ」
「そうか、あくまでも惨めな姿をさらすつもりか」
「そんな事もしない」
ローランは肩で息をしながらショートソードを拾って立ち上がる。
「僕とともに戦った仲間は、自分のするべき事を為そうとしている。だから僕も自分が為すべき事をするだけだ」
「お前にそんな力があると思うか?」
「だから僕はこの近衛騎士団長昇格に挑んだんだ。力が欲しいから!!」
「うぬぼれるのもいい加減にしろ!」
オルランドは先ほどとは比べ物にならない速さでローランに突撃する。
しかしローランは慌てる事なく、オルランドを見つめた。
……次の一撃で決める。
ローランは全身を脱力させて左手にショートソードを逆に持ち替えた。オルランドは上段からローランの顔めがけて剣を振り下ろす。ローランはそれを左手に持っているショートソードで受け止める。だがオルランドの攻撃は終わらない。右の腰にあったもう一つのロングソードを引き抜き、そのまま突き刺した。ローランは右手の手甲剣を出してオルランドの顔めがけて突き刺した。二人の突き出した剣先が当たりそれでも力を緩めなかった。そして二人の剣は粉々に砕け散った。
だがローランはそのまま腕を前へと突き出した。まるで思いを込めるかの様にして。次の瞬間にはすべての決着がついていた
「私の負けだ。どうやら分をわきまえていなかったのは私だったのかもしれない」
オルランドの顔の横にはローランの拳があった。
ローランの顔の横には砕けたオルランドの剣があった。
「どうやら昔のままのお前だと思っていたが随分と成長したな」
「どうやら決着はついたようだな」
いつの間にか国王は観客席から降りてきていた。そう言いながらオルランドとローランの肩に手をおいた。
「正式な昇格はまだだが、これでお前は我が国の近衛騎士団の団長となったそれを胸に深く刻んでおけ」
「分かりました」
ローランは国王に返事をすると今度はオルランドがローランに話しかける
「それと、新しく近衛騎士団を発足する事に当たって、近衛騎士になりうる人物を探しておけ」
「え?父さん達はまだ、近衛騎士団にいるんじゃないの?」
「残念ながら、騎士としてそろそろ引退するべきかと思っていたんだ。なかなか良い歳になっているしな」
「じゃあ、まさか……」
「ああ、若い連中以外は騎士そのものを引退する気でいる。そろそろ新しい世代に未来を託していかなければいけないしな」
「そっか、だから僕を…」
「まあ、俺が他に思いつかなかったというのもあるがな。それでも見事に試験を成し遂げた事、父親として誇りに思う。これからはお前が騎士団を引っ張っていけ。いいな?」
「分かったよ。僕が騎士団を国を引っ張っていくよ」
「いい目だ。お前ならできると信じている」
「父さん。今までありがとう。そしておつかれさま」
その後間もなく、オルランドは自ら騎士を引退する事を公表し、後任をローランに任せると発表した。
そして2ヶ月後
「僕が騎士団長になって初めての仕事か、国王様も粋な事をしてくれる」
ローランは船に揺られながら目的の場所を見つめた。
※
デウスは国に帰ると同時にモンドのいる執務室に出向いた。
「無事に帰ってきたか」
「当たり前だ。約束を破るわけにはいかないからな。一応、あんたには俺をここまで育ててくれた礼があるって言っただろ」
「そろそろ俺も平穏な隠居できそうで良かった」
「残念ながらあんたの隠居生活はまだ先だと思うがな」
デウスは執務机に座っているモンドに近づいていく。
「俺はまだ未熟な奴だ。あんたに助けてもらえないとまともに独り立ちもできない奴だ」
「そうだな。街に出ても迷子になって帰ってくるしな」
「……それを言うな」
デウスは苦虫をかんだような表情をした。
「手のかかる息子だ」
モンドは椅子から立ち上がり、デウスの頭に手を置いた。
「後は頼んだぞ。私の最高の息子」
※
その後、モンドは突如の辞任を表明した。
国民は一瞬で混乱に陥ったが、次期代表がモンドの息子であるデウスが就くと聞くと国民は落ち着きを取り戻した。
そして2ヶ月後の現在
「さて、どうするか」
椅子に座りながら、頭を悩ませているデウスは目の前にある書類の山を見てため息をついた。
「奴隷制度の撤廃を唱えた途端にこれか。親父が頭を悩ませながら手を出せないのがよくわかった」
その書類の山のほとんどは自分や親父を代表に押し上げた議員からの抗議文だった。
しかし、デウスはあきらめるつもりはなかった。
今の状態で奴隷制度を撤廃できないのなら周りから崩していけば良い、とデウスは考え先に議員の名簿を見た。
「議員のほとんどが貴族出身の奴で構成されているのか。まず最初はここからどうにかしないと始まらないか。ちなみにこの議員の構成はいつからこうなっていたんだ?」
デウスは窓から外の景色を見ているモンドに問いかける。
「私が代表に就いた時は既に貴族だけで構成されていた」
「そうか、ということはつい最近この状態になった訳ではないのか?」
「まあ、そうだな」
「つまり貴族の中でも取り仕切っている奴がいて、そいつを潰さないとこの奴隷制度も撤廃することはできないのか」
デウスは椅子の背もたれに体を預けながら議員の名簿に名前をかかれている人物を順番に見ていく
「親父、この中で誰が議員の中心人物だと思う?」
デウスは名簿を渡しながらモンドにそう問いかける。
「大体、議会で意見を言うのはこの人物だ」
モンドはある人物の写真を指差しながら言った。
「とりあえず、少し話をしてくる」
デウスは椅子から立ち上がって上着を着た。
「行っても無駄だと思うがな」
「それはやってみないと分からないだろ」
そう言ってデウスは執務室から出て行った。
※
デウスはある場所を訪れた後に、工場地帯を管理する場所にいると教えてもらったのでデウスはその場所に赴いた。
デウスはノックしてその部屋に入った。
「どうだ。調子は?」
いつもの調子に部屋に入ると目的の人物が椅子に座っている管理員と話していた。
「デウス様。どうしたんですか?今日は視察の予定ではないはず」
「ああ、お前に用があるんだ。ロライト・ヴェイグ」
「私にですか?なんでしょうか?」
「俺の提案する奴隷制度の撤廃になぜ賛成しない?」
そのことを聞くと、ああ、とまるで今思い出したように声を上げる。
「簡単ですよ。あくまで彼らは商品だ。我々はそれを買っただけですよ。それを私たちがどのように扱おうが勝手のはずです」
「そうかもしれない、だがあいつらだって人だ。それを念頭に置いて考えろ」
「残念ですが、誰かにお金を払われて買われた時点で彼らは人としても威厳はない」
「それは奴隷制度の撤廃には賛成しない、と?」
「そうですね。そうなりますね」
「そうか、なら俺にも考えがある」
「ほう、それはどんな?」
ロライトは嘲笑を浮かべながら問いかける。
「簡単だ。その奴隷を全員、国が雇う形にするつもりだ」
ロライトは嘲笑の表情のまま凍り付いた。
「本気ですか?」
「当たり前だ。だからお前の意見を聞きにきたんだ」
「ちなみにその雇用する時のお金は一体どこから出すつもりですか?」
「税金から出すつもりだ」
「今の税率で十分だと思いますが、まさかこれ以上、国民に負担をかけるんですか?」
「違う、負担をかけるのはお前達、貴族だ」
デウスはきっぱりと言い切った。
「そんなことを聞いて、はいそうですか、と了承できると思いますか?」
「残念ながら既に、議員の半数は賛成している。ちゃんとその時のサインももらっている。お前の意見に少なからず反感を持った者達を焚き付けてな」
「やってくれたな……」
「それぐらいの交渉術がなければ代表なんかやってられないからな」
ロライトは右手を懐に入れて、銃を取り出してデウスの眉間に合わせた。
「それ以上、面倒を起こすならここで死んでもらいます」
「それがお前の本心か」
管理員は立ち上がり驚きを隠せないが、デウスは特に驚くこともなく、ロライトを睨みつける。
「ここで俺を殺したら余計に面倒になるぞ」
「大丈夫です。僕の家は他の貴族とは格が違う。あなた達、代表に近い家柄だ。その気になればあなたを殺そうが情報改ざんくらい簡単にできる」
「外道だな」
「ここまで権力を手に入れるのに汚いことをしていない訳がないでしょ」
「最後に聞く、考えを変えるつもりはないんだな?」
「考えを変える余地があるならあなたにこんな物を突きつけませんよ」
「そうか、お前はその性格と考えさえなければ有能だったのにな」
ロライトの指が力を込めた瞬間、デウスは左手で下から払った。
銃から放たれた弾丸は斜め上に飛んでいく。
その後、デウスは右手で相手の体の外側に捻り、こちらに引っ張る。
そのまま足を引っかけて、倒しながらデウスはロライトの背中に膝乗りする。
そのときに、銃が手から落ちる。
「管理員。すぐに警備員を呼べ」
デウスは命令しながら、ロライトは這いつくばりながらこちらを睨みつける。
「俺は親父とは違う。この国を変える為に俺はどんなことでもするつもりだ」
デウスがそう言うと同時に警備員が来た。
警備員にロライトを渡すとデウスは管理員が座っていた椅子に腰をかけて詳しい話を始めた。
……とりあえず、これでどうにかなりそうだ。
デウスはとりあえず一つの問題が片付いた、と思いながら一息ついた。
※
あの戦いから2ヶ月の月日が経った。
私はアングレムカに戻ってから正式に王女に就任した。いや、してしまったというべきか。
まさか帰ったその足で就任式やるとは思ってなかったよ…。
就任して間もない頃はお母さんが突然女王の座を降りた事で国中が大騒ぎで大変だったわ。
まぁ私のカリスマ性あふれる演説で民衆を説き伏せてやったけどね!
「ミヤコちゃーん?なに黄昏れてるのー?」
「お母さん見て分からない?私、ただいま休憩中なの。」
「さっきからずっと休憩してるじゃない。少しは目の前の書類を片付けようとしたらどうかしら?」
「やれって言われると余計やる気無くなるわー。あー今の一言で休憩して溜めていたやる気が霧散したわー。よし、今日の業務は終わりにしましょう。」
「もう!演説のときのミヤコちゃん、格好良かったのになぁ。」
「またその話?」
「『魔法は願いの力で発現するのよ!うちの国の人間なら知ってるでしょ?それと同じ様に祈りなさい!魔法でも奇跡でも、私が起こしてあげる!』」
「何回も言われるとだんだん恥ずかしくなるから止めて…。」
「教科書に載るぐらいの名言だわ。ミヤコちゃんも成長したわね。」
「止めて!黒歴史が永久保存されちゃう!」
「ミヤコちゃんが歴史を紡いだのよ。」
「紡いじゃいけない歴史だから!」
「来年からの歴史の授業が楽しみねー。」
「ちょっと待ってよ!」
お母さんは鼻歌を歌いながら上機嫌で部屋を出て行った。
「絶対教科書に載せる気だ…。」
またこのパターンか…こうなったら何としてでも実行しちゃう人だからなぁ。
「…これ、絶対に教科書に顔写真が載って落書きされちゃう奴だよね。」
深いため息をつくと、再び目の前の書類の山に手を伸ばした。
※
「お嬢様、失礼します。夕食の準備ができました。」
「んん…ああ、ありがと。」
書類を書く手を一旦止め、大きく伸びをする。
「本日は旦那様が研究所からお戻りになっております。」
「お父さんが帰ってきてるの?」
普段は研究所で寝泊まりしているから、お屋敷に戻ってくる事は滅多に無い。
ましてや一緒にご飯を食べるなんて何年ぶりか分からないぐらいにはしていなかった。
「…お嬢様、どうされましたか?」
「べ、別に父親と久しぶりの食事が嬉しい訳じゃないんだからね!勘違いしないでよ!」
「そうですか。」
そしてこのスルースキルである。
「…でも実際、あの人とは何を話せばいいのか分からないのよねぇ。」
魔法の話をするのも何か違うし、家族の話が出来るほど普段一緒に居ないし…。
「ともかく、食事が冷めないうちに。」
「今から行くわ。」
ミヤコは部屋の明かりを消し、アキレアの後を追った。
※
「ミヤコちゃん、お疲れ様。」
食堂に着くと、既に両親二人が夕食を食べていた。
「あ、お父さん帰ってたの。」
「………ああ。」
一瞬だけ食べる手を止めたが、すぐに食べる手を動かし始めた。
「今日はミヤコちゃんの大好きなハンバーグよ。」
「いや、まぁ…うん。」
「冷めないうちに食べなさい。」
その後、誰も一言も話さずに重い空気のまま夕食の時が過ぎた。
※
「結局何も話せなかった…。」
ミヤコは自分の部屋でじたばたしていた。
「そういえば、解研の事とかも話さないといけなかったの忘れてた…。」
少し力の入ったノックの音が聞こえる。
「誰?」
「…私だ。」
「…もしかして、お父さん?」
「入ってもいいか?」
「…いいけど。」
少し申し訳なさそうに部屋に入ってきた。
「何の用?」
「まだお前に直接祝辞を伝えていなかったからな。就任おめでとう。」
「…お父さんは私の就任をどう思っているの?」
「ただ純粋に、嬉しい限りだ。」
「コイツじゃ力不足だ、とか思わないの?」
「思う物か。ミヤコ、お前は私の娘だ。どこに出しても恥ずかしくない、最高のな。」
「今まで放っておいて、今更父親面するの、ずるくない?」
「…本当に申し訳なかった。」
「別に、いままでお父さんが居なくて苦労した事無いからいいけど。」
「そう、か…。」
「昔からアキレアが居たからね。アレに出来ない事があるなら教えてほしいわ。」
「彼は本当によくやってくれている。この不甲斐ない私の代わりに。」
「拗ねないでよ。何か気持ち悪いし。」
「すまん…。」
「ああもう!調子狂うから、その感じ止めて!」
「止めろと言われても私はどうすれば…。」
「知らない。」
「知らないってお前…。」
「それぐらい自分で考えてよ。」
「…精進する。」
「………はぁ。まぁでもお父さんは父親としては最低だったけど、研究者としては尊敬しているわよ。」
「本当か?」
「これでも一応、魔法解明学を学んだのもお父さんの影響なんだから。」
「嬉しいことを言ってくれる。」
「急にご機嫌ね…。お父さんはどうして魔法解明学を研究しようと思ったの?」
「魔法というものを正しく後世に伝える為だ。」
「ふーん。」
「先人達の意思を間違った形で伝えてしまったら私達の祖先に申し訳が立たないからな。」
「…お父さん。私ね、追研と解研を合併させようと思うの。」
「どうしてそう思った?」
「やっぱり魔法を使うのだったら、それを作った人の気持ちを知る必要があると思うの。」
合併計画の書類を机の上の山から探し出し、お父さんに渡す。
「けど、今すぐには合併は難しいと思う。追研と解研が対立している今、変に混ぜちゃうと結局内部で分裂しちゃうだけだろうし。お父さんは賛成?それとも反対?」
「ちゃんと考えた上でのようだし、もちろん賛成だ。出来る限り協力しよう。」
「…ありがとう。」
「今日はもう遅い、仕事は程々にしてゆっくり休め。」
「うん、そうする。」
「…おやすみ、ミヤコ。」
優しい声で別れを告げ、お父さんは部屋を出て行った。
「休め、とは言われたけどまだまだやる事あるからなぁ…。」
政治の勉強だったり、書類の整理だったり、この前の事件で使われた魔道書の出所の調査だったり。
女王になった以上は避けたくても避けられない事が山の様にある。
「…まぁでも明日は早いし、準備だけして寝るか。大事な用事だし。」
※
「……んっ……ここは………?」
私は何をしていたんだっけ…?
教皇を倒して、それから…。
「みんなー!アンジュが目を覚ましたぞー!」
無数の声と足音が近付いてくる。
「アンジュちゃん大丈夫かい!」
「痛むとこはねぇか?」
「えっと…あの…。」
上体を起こし、周りを見渡し状況を確認する。
ここはどこかの部屋…ベッドがいくつか並んでいるから寝室かな?
左には鞄を持った白衣のおじさん…お医者さんだと思う。
そして目の前には、グランレグリーズの人達が大量に押し掛けてきている。
「こらこら、そんなに一気に喋ったらアンジュちゃんが困惑しているだろう。心配なのは分かるが一旦下がりなさい。さてアンジュちゃん、気分はどうだい?」
白衣のおじさんは、かけていた眼鏡を鞄に戻しながら訪ねてきた。
「特に何ともないです。ところで…ここはどこですか?」
「ここはグランレグリーズの宿屋だ。眠っている君をとある3人が送ってくれたのだよ。」
「ミヤコさん達が…。」
「事情は3人から聞いたよ。大変な戦いをしてきたんだね。」
「………そうだ、子供たちは!孤児院の子供たちは無事なんですか!」
「ああ、それなら…」
「お姉ちゃん…。」
群衆の中から3人の子供たちが顔を覗かせた。
「みんな…!」
「怖かったよぉ…。」
「アンジュおねーちゃん…。」
「うわぁぁぁん…。」
3人はベッドの上のアンジュに駆け寄る。
「生きていてくれて、ありがとう………!」
アンジュは3人を力強く、目一杯抱き寄せた。
「アンジュちゃん、君はこれからどうするつもりだ?」
「私は…この国を、立て直したいと思います。こんな私に何が出来るか分かりませんが、それでも。」
「そうか。それを聞いて安心したよ、」
周りを見渡すと、町の人達がアンジュに視線を送り、大きく頷いている。
「困った事があったらおばちゃんに何でも言うんだよ!」
「何かあったら俺を頼ってくれよ!」
俺も、私も、と次から次へと声が上がる。
「皆さん…!」
「これがこの町の総意だ。当然私も微力ながら協力するよ。」
「ありがとう…ございます!」
アンジュの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「アンジュみたいな可愛い子に涙は似合わないぞー!」
「泣くな泣くな!」
「泣かないでー!」
あちらこちらから慰める声が聞こえる。
服の袖で涙を拭う。
「そうそう、3人から伝言を預かっているのを忘れていたよ。」
「…伝言ですか?」
「『何かあったらいつでも呼んでくれ。世界は、君の味方だ。』」
「あれから、2ヶ月かぁ…。」
アンジュは孤児院の自室で荷物をまとめていた。
あの事件の後、町の皆さんと3人に色々と助けてもらい、ようやく正式に国のトップに立てる事になった。
「でも、トップに立ったらしばらくは孤児院には戻れないよね…。」
そう思うと荷造りする手が重く感じる。
しかし、そんな泣き言も言っていられない。私はこの国を立て直すと誓ったのだ。
寂しい気持ちを押さえ込み、鞄に荷物を詰め込んでいく。
「もう行っちまうのかい?」
「むこうでやらないといけないことがありますので。」
「やだやだぁ私も一緒に行く!」
「こら、駄々をこねないの。一段落付いたら戻ってくるから。」
「約束だからな!絶対だからな!」
「はいはい。私が戻ってくるまでの間、おばさんの言う事ちゃんと聞くのよ?」
「うん…おねえちゃんも頑張ってね…。」
「うん!じゃあ行ってくるね!」
「アンジュ、他の皆には挨拶していかないのかい?」
「…そうですね、ちょっと行ってきます。」
孤児院の裏手に回る。
「院長先生…サリエル…みんな…見ていてね。私、この国を頑張って良くする。」
首からかけていたロザリオをはずすと、墓の上にそっと引っ掛けた。
「………じゃあ、行ってきます。」
アンジュは孤児院を後にした。
「ふぅ、やっと着いた…。やっぱりパトリからグランレグリーズは遠いなぁ…。」
愚痴をこぼしつつも城の城門前までやってきた。
「アンジュ様、ようこそいらっしゃいました。」
一人の番兵が深々とお辞儀をする。
「アンジュ様っていうの止めてくださいよ。アンジュでいいですよ。」
「そうですよ。先輩は固すぎるんすよねぇ。ね、アンジュちゃん。」
「お前は敬意が足りなさすぎる!」
「…ふふっ。」
「失礼いたしました。既にお三方は大広間にお通ししております。」
「ありがとうございます。」
「扉開けますよ、っと。」
門番二人の力で巨大な門が音を立ててゆっくりと開く。
アンジュは二人に軽く会釈をすると、大広間まで急いで向かった。
「どうして国王ではなくお前がこの場に来ているんだ。」
「国王様が気を使ってくれて僕を代理に派遣してくれたんだよ。あの時の4人になる様にね。」
「お前の国の国王は自分の立場を分かっていない。大事な取り決めの場に代理を寄越すとは…。」
「それだけ僕を信頼しているという事だよ。騎士団長である僕をね。」
「どうして貴方達はここに来てまで言い争いしてるのよ…ホント呆れるわ。」
「皆さん!」
「やっと来たわね、アンジュ。」
「お久しぶりです。」
「来たか。では、条約締結の手続きを…」
「どうして君が場を仕切っているんだ!」
「俺が最も適任だと思ったからだ。」
「自分でそう言う事言うか?」
「いちいち突っかからないの!ああもうアンジュ、貴女が仕切っちゃいなさい。」
「私が仕切っていいんですか?」
「ここは貴女の城よ。それが筋じゃないの?それでいいわね?」
「僕はそれでいいよ。」
「…俺も異議はない。」
「決まりね。さ、国の代表として最初の仕事よ。」
「はい!」
4人はお互いに顔を見回す。
その顔に、迷いは無かった。
「これより、4カ国による平和条約の締結を行います。」
こうして、再びビフレストの歴史は紡がれ始めた。
THE END
僕らの処女作(男なのに処女とはこれいかに…) Bifrost〜1つの思いと4つの願い〜をご購読いただきありがとうございました。僕は企画と4章と6章を担当したKainaです。総制作期間約2ヶ月で完成をさせたのですが…はい、地獄でした!もう素人4人がやるスケジュールじゃなかったです。今作は4人のライターによるリレー小説だったのですが、私と矢下以外の二人は小説を書いたことすらないという強烈なスタートを切っだのですが、2ヶ月立つと二人もなかなか面白い小説を書けるようになっていました。
ここで本作品の裏話をしたいと思います。まず、作品冒頭にありました世界観。その一文に『神の手により生み出され、そして忘れ去られた地があった。』、この中の神というのは実はシナリオライターのことなんですよね。シナリオライターが企画倒れにより捨ててしまった世界を元に書きました。こんな感じでシナリオの中にはその作者の思いや心情が詰め込まれていますので、そのことを頭の片隅に置きながら読んでいただければと思います。
そしてこれは書いている中で出てきた疑惑なのですが…まずは教皇ロリコン疑惑!独身でハゲでロリコンなんじゃね?とかいう偏見により教皇にロリコン疑惑が…あとは教皇リョナラー疑惑!またも教皇(正直泣きたい)最初から最後まで最高のいじりキャラとして彼は頑張っていました。そして矢下真、ボケなきゃ死んじゃう病を発病。これはもう、落ち担当の矢下君が、大声で言った伝説の名言ですね。もうそれ以来彼が担当してミヤコいたは、ほぼネタキャラとして扱われていました。
最後に、今後もシナリオを書き続けていこうと思います。またどこかで『Kaina』の名前を見かけたら手にとって見てください。それではまたどこかでお会いしましょう。
Kaina
※
第一章、デウスとローランのエピローグを担当したアンライクです。
いやー、ようやく最後までできてほっとしています。
初めて小説とか書いて思いっきり編集の友達や先生に添削されて自分のシナリオが真っ赤に染まったことが一番覚えています。
小説を書くのって難しいな、うん。特にボキャブラリーの少ない自分が小説を書くとき常に頭を悩ませていたな。
でもやっぱりそんな頭を悩ませながら書いた小説が出来上がった時の達成感はたまらないな、最高だった。
またこうやって小説を書く機会があれば良いなと思っています。
最後に自分の間違いだらけの文章を直してくれた編集の友達、先生には感謝しきれません。
本当にありがとうございました。
アンライク
※
このたびはBifrost〜1つの思いと4つの願い〜を読んでいただき誠にありがとうございます。今回、2章とイラストおよびアンジュ、サクレブルグの設定を担当させていただきました永田侑です。
この作品は私自身何もかもが初めての作品で自分自身とても思い入れのある作品です。
小説を書いているうえで最初に感じたことは自身の語彙力の低さでした。私は本をそこそこ読む方なのでかけるのではないかと思って痛い目を見たのを今でも覚えています。初めての小説を書く作業で4人で連携するという点で情報の伝達がうまくいかなかったり、各自が途中から書くために矛盾が起きたりなどのトラブルが多発したりしましたがなんとか完成いたしました。
サクレブルグやアンジュの設定については、サクレブルグは教皇が居を構えるということで神聖な場所をイメージして設定しました。サクレブルグという名前は神聖な城という意味をもっており教皇のイメージにぴったりと思いこの名前にしました。町の雰囲気もビフレスト最大級ということで人もにぎやかで活気があふれている様にしようとなりこの設定が完成しました。
アンジュのは見た目は盗賊をイメージして設定しました。盗賊ということでフード付きのマントに露出の高い動きやすい服という見た目にしました。しかし盗賊とは裏腹にアンジュは正義感の強い女の子で孤児院の子供のことを第一に考える優しいお姉ちゃんキャラで大人になろうとして少し背伸びをしているような感じにしました。
イラストや本文にいたらない点が多々あったと思われますがこの小説を楽しんでもらえると幸いです。次回には、今作よりより良い作品を創るために精進していきたいと思います。
ユー
※
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。3章・5章・エピローグのミヤコ・アンジュ編、及びミヤコ=アングレムカのキャラクターデザインを担当しました、矢下 真、改め小島智哉です。
いやぁ本当に色々大変でしたわ。こんな大掛かりなリレー小説を今まで書いた事が無かったし、恐らく金輪際書く事も無いとは思います。話のつじつまをライター間で共有するのも大変でしたが、これはこれで色々経験になりました。といっても話の大筋は決まっていたので、他の人に迷惑をかけない程度に自分の思うがまま書いていたのですけどね。
自分の文章を書く時に特に力を入れていたのがキャラ同士の会話です。基本的に自分の作風は情景描写をほとんど書かずに、ただひたすら会話だけで話を進めてどんな風に会話しているのかを想像してもらうという物です。…情景描写が面倒なだけじゃないのか?ハッハッハ、ナニヲイッテイルノカワカリマセンナ。それと、隙あらばボケをねじ込んでいくのも自分の特徴ですね。ボケないと死んじゃう病にかかっているから仕方ないね。流石にシリアスシーンは持病を抑えて書いていました。たまに抑えきれずに暴走していましたけどね!
今回の話はライターが主人公を一人一キャラ提案して書いていたのですけれど、自分の考案したミヤコ=アングレムカというキャラクターは自分のひん曲がった魔法使いのイメージを具現化してつじつまを合わせた結果生まれたキャラです。今回の「4人でファンタジー小説を書く」という企画を聞いてすぐに思い浮かんだ事が「魔道書を鈍器にするような魔法使いを書きたい」でしたからね。3章の最初にあれだけ魔法について語ったのに、本編で魔法が活躍するシーンがほとんどなかったですけどね!
最後に、この小説を読んで「ミヤコさん可愛い!ミヤコさん万歳!!!」と思っていただければ幸いです。
この小説を手に取っていただき、本当にありがとうございました。
矢下 真