息抜きに
自分の特徴として、あまり容姿を鮮明に描かなかったりするのですが、みなさんの中で先輩のイメージってどうなっているのでしょうか。くーるびゅーちーでしょうか。まあ、あんなに抜けてないとは思いますが。どうでもいいですが、CVのイメージなんかもあります。
「おはようございます」
もう通いなれた道を迷うことなく進んでいき、合鍵を使って先輩の部屋へと入る。
「あら、早かったのね。おはよう」
「ちょっといつもより早く起きてしまったので。迷惑でしたか?」
「大丈夫よ。でも、一般的には早く来るのなら連絡しておいた方がいいと思うけど。まあ、漫画やアニメでありがちなラッキースケベ的な展開を期待するのなら連絡しなくてもいいけど」
「今度から絶対に連絡させていただきます」
そういわれると、若干連絡したくない気持ちもありつつ、かといって連絡しないわけにはいかない。それにしても、ラッキースケベなんて言葉知ってるんだな。この人、実はネットとかかなり徘徊しているんじゃなかろうか。
「ところで、今日は何をしましょうか。一応、一通り持ってきはしたんですけど」
「……それなんだけど、せっかく今日は早めにきたんだから、たまには息抜きでもしましょうか」
そういうと、さっさと支度を始める。大学に進学するのと同時に、以前住んでいたマンションから引っ越して現在のところに。前住んでいた家から比べると大分狭いところに住んではいるのだが、それでも学生の一人暮らしということを考えると、十分過ぎるほどの大きな部屋だ。
今いる部屋は先輩の私室で、以前と同様余計なものもなくとてもスッキリしている。大量の蔵書を除けば。それも一部でしかなく、残りはもう一つある部屋と、リビングにまで浸食している始末。しかも、目下浸食は進行中であり、そのうちこの家は本で埋まってしまうのではないかと思うくらいには本だらけ。一方で、全てキチンと整理しておかれていて、壮観ではある。
「じゃあ行きましょうか。お金は、持ってきているわよね?」
そうこう考えているうちに支度が終わったみたいだ。
「一応は。そんなに沢山持ってきているわけでもないですが」
「これから勉強しようと来ていた上に、受験生でもあるんだから、そんなにお金が入っていたらそれはそれで問題だわ。じゃあ、とりあえず荷物は全部置いて行っていいから。明日もお休みだし、勉強のついでに取りに来る感じでいいと思うんだけど」
「そうですね。ところで、どこか出かけるって、何かしたいこととかってあるんですか?」
「特にないわ。まあいいじゃない。そんな毎日根を詰めてもしょうがないし、辺りをぶらぶらするだけでも気分転換にはなるわよ。それじゃあ、行きましょうか」
促されるままに外へと出る。僕としても、願ったり叶ったりだ。毎日毎日勉強してばかりだと、流石に気が滅入る。とはいえ、以前ほど抵抗はなくなっていたし、自然と机に向かう習慣もついたから、そこまで苦にしているわけでもないんだけど。
「それで、どうしましょうか。そっちは何かしたいことはある?」
「う~ん、一応は勉強するつもりで来ていたので、特には」
「そうね……そうだ、ゲームセンターとか行ってみない?」
「ゲーセンですか。え、もしかして行ったことない、とか」
「馬鹿にしないで。前を通ったりしたことは何度もあるわよ」
「それって行ったこと無いって事じゃないですか……」
「そうともいうわね」
むしろそうとしか言わないと思うんですが。それにしても、今時ゲーセンに行ったことないとは。まあでも、騒がしいところは好きそうじゃないし、納得はできる。
「この辺りだと、ゲームセンターはどこが一番近いのかしら」
「とりあえず駅前に行きましょうか」
そういって駅前へと向かうと、その途中で結構大きめのゲーセンを見つけた。なんだ、こんなところにあったのか。
「あ、ありましたね。とりあえず、中に入りましょうか」
そういって中へと入り先輩の方を見ると、案の定というか、うるささに眉間にしわを寄せている。
「げ、ゲームセンターって、こんなにうるさいものなの?」
「これくらいはでも普通じゃないですかね。多分すぐ馴れますよ。それで、何したいとかって、決まってたりするんですか?」
「……いえ、特には」
「う~ん、普段ゲームってするんですか?」
「ほとんどしたことないわね。本を読んでいることの方が多いし」
となると、気軽に出来るゲームの方がいいよな。
「そうですか。じゃあそうだなぁ、とりあえず、音ゲーでもしてみますか?」
「リズムに合わせてって奴かしら」
「そうですね。とりあえず、難しいこと考えないで出来る奴は……ベタに、太鼓の玄人でもやりますか」
「それなら名前は聞いたことあるわ。バチを持って叩けばいいんでしょ?」
「ですね。じゃあ、行きましょうか」
太鼓の玄人がある位置まで先導する。それにしても、ゲーセンで太鼓の玄人とか、なんかデートっぽいな。というか、これデートじゃないですか。今更だけど。ん、いや待てよ。冷静に考えてみると、今までのも世間一般から見たらお勉強デートと言うやつではなかろうか。先輩の方はどう思ってるんだろう。
そう思ってちらりと様子を伺ってみるも、いつも通り。まあ、いつも一緒にいるし、そういう意味だと特に何か変わっているわけでもないんだよなぁ。
「どうかした?」
「あ、いえ、何でもないです。っと、ありましたね。でも、今ちょっと並んでるみたいですね」
「いいわよ、別に。いきなりやるより、どうやるか見てみたいし」
そうやって二人で前の人のプレイを見る。この人上手いなぁ、なんて思ってぼーっと見ていると、先輩が驚いたような声で、
「ね、ねぇ。あれって……譜面見てやってるのかしら」
「う~ん、覚えるところもあるみたいですが、見てやってる部分もあるらしいので、多分半々くらいなんじゃないんでしょうか」
「そ、そう」
じっと画面を見入る。まあ確かに、初めて見るとびっくりするだろうなぁ。それに、バチの動きも尋常じゃないし。
「やっぱり、やめときましょうか」
「別に、前の人が上手だからって大丈夫ですよ?」
「そういうわけじゃないんだけど、なんて言えばいいのかしらね。あれを見た後に、難易度が大分下がったのをプレイする自分が嫌というか」
「まあ、ちょっとやりづらい部分はありますよね。アーケードゲームって、新規がどうしても入りづらいのは分かります」
そんなこと言ってたら何も出来ないんだけど。とはいえ、僕もやりたいアーケードゲームはそれが理由で誰か誘ってくれないかなぁ、なんて受け身で待っていた結果廃れていくというのが多々ありますが。
「でも、これなんかは割と初心者でもプレイしてる人結構いますし、せっかくだから一回くらいしてみたらどうでしょ?」
「そうね……因みに、あなたはどれくらい出来るのかしら」
「僕はそうですね、精々簡単な曲の一番難しい難易度が出来るくらいです」
何やら少し考えている感じだ。う~ん、たかだかゲームやるくらいでそんな悩まなくてもいいとは思うんだけど。
「じゃあ、勝負しましょうか。その一番難しい難易度でやりましょう」
「えっ、いきなり、ですか?」
「いきなりよ。操作の仕方は単純だし、後はリズムに合わせて譜面を叩くだけだから、何とかなるでしょう」
初見でいきなりは流石に厳しいと思うんだけど、結構やる気っぽい。
「あんまりお勧めはしないですけど……」
「いいのよ。ほら、丁度前の人も終わったわ。えっと、ここにお金を入れればいいのよね?」
そういって100円を入れる。僕もそれに続く。
「もう一回確認なんですけど、本当に一番難しい難易度でいいんですか?」
「良いって言ってるじゃない」
何をそんなに意固地になっているか分からないけど、まあやりたいっていうなら仕方ない。一番上の難易度を選んで、とりあえず僕が出来る中でも簡単だった記憶がある楽曲を選ぶ。
「じゃあ、この曲をやりますね」
僕の方をちらりとも見ずに頷く。もう画面しか見えていないようだ。な、なんて集中力……これ、もしかしたら、初見でもいけるんじゃないか?
「…………ひ、久しぶりにやったからか、クリアギリギリでした……ね」
あはは、と空笑い。結論から言うと、クリアできませんでした。先輩は。
「で、でも初めてですし、そんなものだと思いますよ」
そういって先輩のスコアを見るも、全くゲージが溜まっていない。ゲームをプレイしながら先輩の方をチラチラと見ていたが、ハッキリ言うと、へたくそだった。
それよりなにより、先ほどから画面を見つめたまま静止している先輩が怖い。僕の言葉にも一切反応しない。
「……っかい」
「え?なんですか?」
「もう一回よ。もう一回今の曲をやるの。なんとなくやり方は掴んだわ。大丈夫、次やればクリアできるから、ほら、早く今のと同じ曲を選んで」
「え、えっと、これ基本的に二回プレイなんですが、同じ曲を選ぶことは……」
「何それ? 消費者を舐めてるわね。その曲しかしたくない時だってあるじゃない。じゃあいいわ、適当に違う曲を選んで」
今の曲が割と簡単な方だってことを考えると、多分別の曲もクリアできないんじゃないかなぁ、なんて思いながらも、しょうがないので大体同じくらいの難易度の曲を選ぶ。
とはいえ、別の曲で、全く同じというわけでは勿論ないので、結果は当然。
「今の曲ももう一度やるわよ。今は誰も人並んでないわよね? じゃあ、今のと同じ曲をやりましょう」
そういって有無を言わさずお金が投入される。というか、これ僕も付き合うの? 同じ曲を?
「さあやるわよ。さっきの曲はこれ、よね。ほら、早く準備しなさいな。やるわよ」
まあ、大丈夫、だよね? 先輩だし。多分大丈夫。多分。
またもや結果から言わせてもらいますと、大丈夫じゃありませんでした。
「あそこのドッ、カッの連続でどうしても詰まっちゃうから、そこを重点的に意識して……」
何やらぶつぶつと独り言を始めた。うわぁ、これクリアするまで付き合わされるんじゃないか? まあ、こういう先輩の姿を見るのは初めてな気がするので、詰まらないわけじゃない。だけど、流石に3回も連続でやるのはなぁ。
「ほら、もう一回やりましょう。次こそはきっとクリアできるわ」
まあ、たまには先輩のわがままに付き合おう。それにそういうところが可愛く見えるから、もしかしたら役得なのかもしれないな。
……と、思っていた僕が甘かったです。結局、両方クリアするまで計8回かかり、つまり僕は16曲分付き合わされたというわけで、後半とかもうその曲をただ打つためだけの機械のようになっていた。
「よ、ようやくクリアできましたね。割とスコアもいいんじゃないですか?」
「ふん、まあこんなものね。思ったよりも時間はかかってしまったけど。意外と、ゲームも楽しいわね」
なんだか分からないけどめちゃくちゃ得意げである。漫画とかだったら鼻息荒い感じの。
「こうなると、別の曲もしたくなってくるわね」
「え、い、いや、その、そ、そろそろお腹すきませんかね!? もうお昼ちょっと過ぎたくらいですし、どっか食べに行きましょうよ。ね、そうしましょう」
そう? と何だか不満げな顔を浮かべていたが、不満げな顔を浮かべたいのは僕の方です。間違えないでください。でも、確かに最初の方は目も当てられなかったが、後半2回くらいはそれまでとのギャップに驚いたくらいには正確に叩けていた。多分、楽しかったんだろうなぁ。今度は、是非僕を巻き込まないでプレイしてください。
「まあでもそうね、確かに少しお腹は空いたかも。じゃあ、外出ましょうか。ここらへんだったら、何でもあるでしょうし」
そういって太鼓の玄人からようやく離れる。内心ほっとしました。
そうして入口近くまでくると、ぴたりと先輩が止まる。どうしたんだろう。
「……ねぇ。せっかくゲームセンターにきたんだし、最後にあれ、やらない?」
そういって先輩の指さす方向を見ると、
「プリクラ、ですか?」
「プリクラ、ね。実は、一度も撮ったことないのよ。周りの子から話は聞いていたんだけど、ちょっと興味あって」
「普通に写真撮るだけですよ?」
「いいから、ほら。そうね、私が初めてゲームセンターに来た記念、なんてどう? 女子っぽくないかしら」
確かに女子っぽい。めちゃくちゃ。ただ、先輩っぽくはない。とは、口が裂けても僕には言えなかったです。
とはいえ、特に反対する理由もなく、適当に空いているプリクラ機の中へと入る。
「へぇ、中はこうなっているのね。ここにお金を入れて……なんか、色々とモードがあるみたいだけど、どれを選べばいいのかしら」
「えっと、僕もあんまり撮ったことないので詳しくないんですが、変なのを選ぶと極端に目が大きくなったり肌の色が白くなっちゃったりするんで、この標準みたいなのでいいんじゃないですかね?」
「目が大きく? そんな風になるのね。因みに、最後に撮ったのはいつかしら?」
「えっと、去年友達と遊びに行った時にその場のノリで撮った感じですね。男子だけだったので、むさくるしかったですけどね」
「そう」
自分から聴いてきた割には反応が薄かった。ただ、よく見てみると、ちょっとだけ嬉しそうな。う~ん、こういう感情の機微なんかは分かるようにはなってきたんだけど、イマイチ意図は分からないことが多い。
とりあえず宇宙人っぽくなりそうなものは避けて、一番普通に映りそうなのを選んでいく。
「まあ、こんなもんですかね。あ、もう始まりますよ? 意外と気づくとハイチーズとか言われて撮られたりするので、まあ適当にポーズでもなんでも取っていてください」
とは言ったものの、先輩がポーズを決めている姿は想像できず、結果撮れた写真を見てみると、まあただのツーショットでした。
「これに落書きとか色々出来るんですけど、どうします?」
「別にいいわ。とりあえず、雰囲気だけ知りたかったから。そのまま印刷していいわよね?」
「僕は問題ないです。じゃあ、このまま特に何もせずに印刷しちゃいますね」
落書き終了のボタンを押して、取り出し口へと向かう。出てきた写真を受け取ると、とりあえず半分ずつにして先輩に手渡す。
「あら、意外と普通に撮れてるじゃない。でも、こうしてみると、一つくらいは落書きしてみてもよかったかもしれないわね」
「まあ、こういう方が個人的に先輩らしくて好きですよ」
「それは、私が洒落っ気もないようなつまらない人間、ってことでいいのかしら?」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですか」
そういってふふ、と笑う。まあ、こういう風な受け取られ方をすることももう分かっていることなので、これはこれで楽しい。もちろん、こんなことを言うと余計に何か言われるのが分かっているので、何も言わないけど。
「さて、それじゃあご飯でも食べに行きましょうか。本当は勉強するつもりだったんだし、私が奢るわよ」
「え、でも悪いです」
「いいのよ。その代わり、合格さえしてくれれば全然気にしないから」
「……是非、奢らせてもらいたくなってきたんですが」
「だーめ。大人しく奢られなさい。それとも、この私が教えてあげているのに自信がないとか?」
そういって挑戦的な笑みを浮かべる。
「あはは……とりあえず、今日の事は覚えています」
そうしなさい、なんて言って外へと出る。その後、ご飯を食べて、辺りを適当にぶらついて解散となった。
「それじゃあ、明日はちゃんと勉強するから、そのつもりでね」
「はい。大丈夫です。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「ならよかったわ。ちゃんと息抜きも出来たのなら、それが一番だったもの」
「それじゃあ、また明日よろしくお願いしますね」
そういって別れる。なんだか、久しぶりにこんなに羽を伸ばしてしまって、ちょっとだけ危機感。まあ、先輩が大丈夫、って言ってるんだし、僕はそれを信じよう。
家に帰ると、なぜだか妹や母親にまでプリクラがばれてしまって、少し茶化されてしまった。とはいえ、特に咎められることもなく、受験前なのにこんなんでいいのか、なんて少しだけ思ってしまったが、実際には僕が信用されているのではなく、先輩が信用されていただけのようで、少し悲しくなりました。
電車に乗っていると、近くに女子高生の3人組が座ってきて、何やら話し出す。
ぺちゃくちゃと会話をしているのだが、ちょっとだけ声が大きい。
今日は少し疲れてしまったので、正直鬱陶しかったのだが、とはいえ注意するほどの大きさでもなく、聞きたくもない会話を聞かされることになった。
「え、ハル彼氏できたの?」
「うん。バイト先の人で、大学生なの」
「うっそ、写真とか持ってないの? 見せてよ」
「この前プリクラ一緒に撮ったんだけど……あった、これこれ」
「どれどれ……なんか、真面目そうだね」
「そう、すっっっごく真面目で堅物なの。私が最初バイト始めた時なんてね、こんな性格悪い人いるのか! ってくらい一から十まで私が間違えたことを事細かく責めてきて……」
そうして頼んでもないのに勝手にのろけ話を始める。
それはもうどうでもいいんだけど、ふーん、プリクラ、ね。そもそもゲームセンターやらそういった類の娯楽施設にはあまり近寄らなかったので、精々名前くらいしか知らなかった。
けど、そうやって彼氏なんかと撮ったりするものなのね。
とりあえず、そういうものなんだ、って事だけは覚えておこう。あくまで、参考程度に、だけどね。