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嵐の中で

 何なの、この雨と風は!


 吹き荒れる校庭を傘もささずに駆け抜ける。制服は数秒も立たないうちにずぶ濡れになった。

 今の季節は7月、目指していた高校にも入れて、新しい生活にやっと慣れてきたところだ。

 ハナは入学する前から園芸部に入ると決めていて、入学初日に園芸部の部室の扉を叩いた。

 部員は2年生が一人しかいないことには驚いたが、人気があるような部ではないことはわかっていたし、先輩がことさら優しい人だったので安心した。

 初めて花壇に苗を植えたのは入学して間もない頃。先輩と二人でハーブの苗を植えた。


「帰ってくる頃にはたくさんの葉っぱがついているはずだからか、二人でハーブティーを飲もうね」


 そう言って優しく微笑んだ先輩の、綺麗な顔が忘れられない。

 先輩は6月から短期の海外留学が決まっていて、苗を植えた一週間後に出発が決まっていた。

 先輩はたった一人しかいなくなる園芸部のハナを心配しているようで、出発が近づくにつれ、ハナを気遣うようになった。


「ごめんね、まだ学校にも慣れてないのに、一人にさせて。」


 普通なら2二人しかいない園芸部は廃部になるはずで、廃部にしないかわりに学校の花壇をきちんと管理する条件付きの存続だった。

 それを新入生で、まだ新しい環境になれていない下級生に押し付けてしまうかたちになるのだ、気も引けるだろう。


「大丈夫です!先輩が帰ってくるまできちんと花壇のお世話をします!安心して行ってきてください。」


 花壇はいたるところにあって、入学したての初心者には管理は大変だと分かっていたが、精一杯に明るい顔をして、先輩を送り出した。


 だからハナは初めて植えたハーブの苗を守るため、先輩との約束を守るため、嵐の中をずぶ濡れになるのもかかわらず走った。両腕に針金とビニールを持って。


 必死に走ってやっとたどり着いた裏庭の花壇を見て、ハナは愕然とする。

 風でなぎ倒された苗の上に冷たい雨が猛烈な勢いで降り注いでいた。


「…うぅっ」


 思わず涙ぐんだ声が漏れたが、ぐっと口をつぐんで作業に取りかかった。

 苗をなぎ倒す風と雨を防ぐため、太い針金でドームを造り、そこへビニールを被せようとした。

 でもいくら太いと言っても、ハナにも曲げられるくらいのものだ。地中に深く突き立てるものの、すぐに不安定になり吹き飛ばされてしまう。


 どうすればいいの!?


 雨だけではなく、泥にもまみれた姿でハナは途方にくれた。

 どのくらい時間がたったかわからない。苗はもう雨に押し潰されてぺタンコになって地面に張り付いていた。 先輩と約束したのに、花壇を守るって言ったのにっ!

 ハナは膝を抱えて地面に座り込む。もう何もかも諦めてしまうと思ったその時、


「何してんだよ!」


 少し怒ったような男の子の声が聞こえた。

 振り返ると息を切らせながら、ハナに傘を突き出す人がいた。

 いままで一度も話したことはなかったが、同じクラスの高坂だとすぐにわかった。


「何してんの!」


 高坂はもう一度ハナに言う。

 高坂が花壇に駆けつけて、しかも何故かおこり気味な口調なので不思議に思ったが、素直に答えた。


「ハーブの苗が大変なの」


 しっかり答えたつもりが、自分でも驚くほど小さくて震えた声がでた。

 そんな様子を見て、高坂がハナの腕を掴む。


「とりあえず、一度教室に戻って!体か冷えてるし、顔色が悪いから!!」


 7月といえ、まだプール開きも始まってなく、気温はまだ上がりきってなかった。どのくらい雨に打たれていたかはわからないが、確かにからだ全体が強ばっているように思う。


「はやく!」


 そう言って、ハナの腕を引く高坂。

 だけれどハナは行けなかった。初めて植えたハーブに、先輩との約束が気にかかる。


「駄目なの。花壇が…」


どうすれば、花壇が守れるかわからないまま呆然と呟く。

 高坂は、そんなハナをしばらく眺めて、諦めたようにふーっと長いため息をついた。


「少しまってて」


 っと言い残し、傘をハナに渡して、雨の中を走って行った。

 どうしたらいいかわからないまま、雨に打ち付けられる苗を見る。差し出された傘もささずに、再び膝を丸めて座り込んだ。

 入学して初めて自分で植えた苗なのに。

 先輩が帰ってくるまで大切に育てるって約束したのに。

 まだ入学して4ヶ月しか経ってないが、色んな事を思い出す。

 自分がいない間、ハナでも分かりやすいようにと、一つ一つの花壇を周り、花の説明と世話の仕方を教えてくれた。

 しかも丁寧な文字でかかれた詳しいノートまで用意されていて。


 なのに私は!


 自己嫌悪に陥ってうずくまるハナの頭に、ポンっと優しくのせる手があった。

 先ほど「少し待ってて」っと言って姿を消した高坂だった。

 走って来たのだろう、かるく息があがっている。

 脇に抱えてるのは数本の杭とハンマー。高坂はハナが傘をささずにうずくまっているのを見て、


「大丈夫だから、ちゃんと傘をさして。それ以上体を冷やさないようにして。女の子なんだから」


 っと、もう一度傘をハナにしっかりと握らせる。

 ハナが素直に傘をさすと高坂は、ほっとしたように少しハニカミ、もう一度ハナの頭を優しく叩いた。


「この草を風と雨から防げればいいんだな?」


 そう言って高坂は花壇に杭を打ち込みはじめた。

 高坂の打つ杭は均等にたてられ、その杭に針金を絡めていく。 最後はビニールで杭と針金を覆っていった。

 ハナははじめ、呆然と作業を見ていたが、強い風のために上手くビニールをかぶす事ができない高坂を見て我にかえった。


「て、手伝う!」


 そう言って、慌ててビニールの端をにぎって、杭と針金にまきつける。

 二人で作業をすると、あっという間に立派な雨や風を避けれるドーム状の囲いができた。


「ちょっと不細工だけど、こんなもんかな?」


 二人で雨に濡れながら、視線を合わせ、どちらともなく笑顔になった。


「ありがと!高坂君凄いね!私ひとりで、どうしたらいいかわからなくなっちゃってたの」

「どういたしまして、でも話すのは後にしよ?二人ともずぶ濡れだし」


そう言って、高坂は傘をさしてハナを引き寄せ、校舎に向かった。

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