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■邂逅③■

シャアアアアアアア…


シャワーを頭から浴びていたアスカは、自分の胸に手をあて、確認するかのように指を身体に滑らせる。


指がなぞってゆくのは、数え切れない火傷の跡。


何かの事故でついたものではないことは、誰が見ても明らかだ。

小さな丸い膿に近い火傷の跡が、"何"をおしつけられてできたものなのか、正直に伝えてくれている。


この火傷は、ある事件を境に、彼女が夜を共にした数え切れない男達につけられたものだった。





………これを彼に見られるわけにはいかない。


その火傷は、アスカの胸から脚の付け根まで色濃くのこっていた…。



アスカが身支度を終えてシャワー室から姿を現すと、リョウは先ほどアスカの隠し道具が積み上げられた化粧台の横の机で、ノートパソコンの液晶画面とにらめっこしていた。


アスカが背後から静かに画面を覗き込むと、彼女も見た事のある人間の顔写真と名前・犯罪暦などのデータが無数に表示されていて、別のウィンドウでは記号化されたデータがものすごい速さでスクロールしながら数字などを叩き出している。


…違う。

これを打ち込んでいるのは、彼だ。


アスカは視線をリョウの手元にうつす。


カタカタカタカタ…と、目にもとまらない速さで彼がキーボードを叩いていた。

…一種のアートだ。と、アスカは思った。


「…銃は横の化粧台の上に置いてある。

セーフティーロックかけといてあるから、面倒なら外しておけよ。」


リョウは身体をぴくりとも動かさないまま、背後にいるアスカに話しかけた。


「あ、…ええ。ありが、とう…。」


その様子に驚いた彼女は、とりあえず左太腿に拳銃が納まったホルダーを装着した。


「…ねぇ、何しているの?」


「ハッキング。」


「え!?」


さらりと言われたアスカは思わず声が出てしまった。


「脚をつかって情報を集める人間もいるんだけど、俺はこっちの方が得意でね。…多分ここの組織は、お前が欲しくてたまらない情報を持っているだろうな。」


「!!」


「―――――…っと、おし!成…功っと。」


絶句しているアスカをよそに、やっとセキュリティの難所を突破したのか、リョウは緊張の糸を緩めてエンターキーを軽快に押した。


すると、ダウンロード画面に切り替わり、キーボード操作が無効になった。

データの奪取まで5分はかかると、ウィンドウに表示されている。


「アスカ…いや、ジェシカ。お前がなぜ日本に来たのか、なぜ裏の仕事に手を出したのか…、悪いが調べさせてもらったよ。」


「………………。」


「オヤジさん、残念だったな。」


「………………。」


「俺と俺の母親が、ジェシカたちの住んでいるアパートの隣に越してから5年しか付き合いがなかったけど、当時俺達はお前のオヤジさんに随分世話になった。…とても深い恩がある。」


「恩もなにも…。私だって、あなたと過ごした5年間だけは、"何があっても"忘れたことはなかったわ。警察官だった父が、捜査中に麻薬組織の連中に殺されてから、私の心の拠り所はリョウと過ごした5年間の記憶だけだった…。」


目をそらさずにそう言い切った彼女の目には、血で染まった手によって曇ってしまった瞳の更に奥にも、いまだに純粋な輝きを放っていた。


リョウはトオルに協力してもらって集めた情報だけではとても信じられる事柄ではなかったことが、今ジェシカと呼んでいる「アスカ」のこの曇りのなかに曇りのないものを見出して、全てを悟った。


「――――――――ジェシカ…。お前、誰の手も借りずに一人で麻薬組織を壊滅させる気か?」


「………。」


「無茶だ。オヤジさんだって射殺されたんだ。女の子が一人でどうにかなる組織じゃない。」


「そんなこと、わかっている。…わかっているわ。だから4年もかけてここまでたどり着いたんじゃない。何のために、今まで人を殺してきたと思っているの?…全ては、父を殺した組織の幹部をこの手で消し去るまでの、布石に過ぎないの。」


リョウはふと昔を思い出した。

ジェシカは人一倍正義感の強い女の子だったのだ。

母親は病弱で、彼女を産んですぐ亡くなってしまったから、警察官である父親を誰より誇りに思い、父のようになることが、当時の彼女の目標だった。


そんな彼女に、リョウ自身も、幾度か救われたことがある。


「ジェシカ…。」


リョウは、幼かった彼女と、今の彼女の面影を重ね合わせながら、思わず右手で彼女の頬に触れた。…と、彼女が半歩下がって彼の指を避けた。


「その名前で呼ばないで…。」


「ジェシ…「もう昔の私じゃないの。…リョウ。」


リョウが、その言葉を受けて、一言返そうと思った瞬間、ダウンロード中の画面が突然エラーになり、場の空気も一瞬凍りついたように感じた。


リョウがアスカを見やると、彼女もその"空気"を感じ取ったようだ。


リョウはアスカに目で合図をすると、部屋の出入り口に視線をうつしながら、ゆっくりとノートパソコンをたたんだ。


アスカはそのまま忍び足で下がりながら、ホルダーからするりと銃を抜き取り、安全装置を外した。


…瞬間、マシンガンのけたたましい音が鳴り響き、出入り口のドアに円を描くように弾が打ち込まれたかと思うと直後にドアが蹴破られ、黒のスーツにサングラス姿の大男達が銃を片手に駆け込んできた!

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