■銃声と、鮮血と、少女②■
「リョウ!こっちこっち!」
漆黒のキャップにスカジャン、ぶかぶかのジーンズを履いた青年が、白のタートルネックに青色のジーンズ姿の少年を呼び止めた。
道路を挟んで向かい側にいた"リョウ"と呼ばれた少年は、青年に向かって軽く右手を挙げると横断歩道を小走りで渡ってきた。
「…ごめん、遅くなった。」
「全然!とりあえず入ろうぜ!」
…と、青年が指さしたのは、コテッコテの女性向けスイーツ専門カフェの扉だった。
「……………………トオル、お前…相変わらずだな。」
"トオル"と呼ばれた青年はニカッと笑顔を見せると、満足そうに話し出した。
「最近見つけた穴場なんだ!ここのフォンダンショコラは最高だぜ!ほんのすこし添えた生クリームが……」
これ以降の台詞をリョウが聞き流したのは言うまでもない。
「…――で、本題だ。」
これでもかと言うほどケーキを口にした後、最後の一個になった苺のショートケーキの先端にフォークをつきたてながら、思い立ったようにトオルが話し出した。
それまでの洋菓子の話が長かった…と思いながら、リョウは相槌をうつかわりに無言でアメリカンコーヒーが入ったカップの取っ手を持った。
「お前が捜索している母親の情報だが、依然として居場所を特定できない状態が続いている。確かに1年前はこの日本に住んでいた記録が残っているんだが…。すまない。」
「いや、充分助かってるよ。ありがとう。」
「俺の情報屋としての腕は、国内じゃトップクラスだと自負している。お前から依頼を受けて半年、これだけ日本列島くまなく調べつくしてもチリひとつ出ないんじゃあ、アメリカに戻っているっていう可能性もあると思うんだが…。」
ぴくり。…と、リョウの身体が一瞬固まった。
「……………………いや、それはないよ。母親は、アメリカに移住していた時期の楽しい思い出は、一切ないはずだから。」
「そうか…。」
言いながら、トオルはさっき差したフォークでケーキをすくうと、自分の大きく開けた口にそれを放り込んだ。
「あともうひとつ。
"彼女"の件だが…。」
トオルはスカジャンからおもむろに写真を引っ張り出すと、テーブルの上に置き、リョウが見やすいように向きを整えて滑りこませるようにテーブル上でスライドさせた。
其処には小学生くらいのアメリカ人の少女が、テディベアを両腕で大事そうに抱え、撮影した相手に向けて無邪気な笑顔を見せていた。コバルトブルーの大きな瞳が、黄金の髪をより一層引き立てている。
「昨晩、中華街で"また"やらかしたぞ。」
「…相手は?」
「最近情報屋に転職した新米だ。
アイツは元々こっちの世界じゃ顔がひろかったから、新米でも侮れない腕をしている奴だったぜ。
女性関係も相当酷かったから、おそらく興味本位で近づき、彼女の欲しい情報でもちらつかせたんだろうな。
…で、文字通り"ベッドで昇天した"って訳だ。」
リョウがトオルに気づかれないように、膝の上でつくった握り拳を一層強くすぼめた。
ギリギリと、爪が手のひらにくいこむ。
トオルはパクパクとケーキを口にしながら言葉を続ける。
「殺されてるのは裏の情報屋だけだ。…俺やお前も、彼女と関係を持つ日は近いかもな。」
リョウは右側を向いて、出窓の外を眺めた。女子高生達が、きゃあきゃあ騒ぎながら楽しそうに歩いている。そう言えば、もう夕方だ。
「で、その彼女の欲しい情報っていうのが掴めた。」
「!教えてくれ…っ!」
「やなこった。知りたければ、直接彼女に訊きな。」
そう言ったトオルは、紙切れを一枚スカジャンのポケットから取り出し、静かに机に置くと同時に立ち上がり、残しておいたひと粒の苺を指でつまんで口に放り込んだ。
「あ、今回の情報料はここの奢りな!次のクライアントが待ってんだ!じゃな!」
トオルはレジの店員さんにバイバイとジェスチャーすると、扉を開けて外に出て行った。
オルガン演奏がBGMで流れている店内に、扉の開け閉めで鳴るようになっている鈴の音が、ふわりとまざるように響いた。
リョウは、彼が置いていった紙切れを眺めると、ゆっくり立ち上がり、
…それを手にとった。