大切なもの
燎が主人公の話です。
双子が小学3、4年ぐらいです。
無垢な笑顔
彼の気持ちに
偽りなど無いように
clarity love
久々の休みに燎は何をしようかと帰りに悩んでいた。
「香南はどうするんだ?」
「明日は平日だから双子が帰ってくるまで七海とネズミーに行こうと思ってる。」
「いいねえ!僕たちも行く?」
「そうする?」
「絶対やめろ」
ぼんやりと悩む。今の季節は冬、アウトドアをするには一番向いていない時期である。
もちろん釣りなどは絶好の時期かもしれないが、今はそこまで釣りにはまっているわけではない。
山も登れるわけでもない、キャンプなんて以ての外だった。
「うーん…」
燎がこんなに何もする気がなくなった原因は先日にかかってきた親からの電話だった。
『あんたはいつになったら落ち着いてくれるの?良いお嬢さんとか見つからないの?』
もともと欠席通知を出していた従姉妹の結婚式の日だった。
同じぐらいの年の従兄弟だったため両親は心配になったらしい。結婚式がどれほど素晴らしかったか、そして燎自身の結婚はどうなのか尋ねてきたのである。
燎も29歳を迎え、自分でも楽しい人生を過ごしてきたと自負していた。
しかし、このままでいいと思っていたわけではない。
尊敬している両親を安心させてあげたいと心の奥底では思っていたのである。
そして周りにいる香南、周と夏流を見ていると自分も何か大切なものと言うものが欲しいと思うこともある。
仕事が忙しかったためあまり考えることはなかったが、ふと体が休みモードになると考えてしまうのだった。
「なんか、ちげえな…」
翌日の休日、気分を紛らわそうと朝からスポーツジムで汗を流していた。
しかし心は上の空だった。
久しぶりに買い物をしようと町へ出てみたものの、欲しいものもそんなになかった。
これだったら仕事があった方がまだましだった。
出るのはため息ばかりでこれはだめだと早々に店を出た。
そっと時計に目をやると時刻は3時だった。ふと、双子の授業が終わるのもこれぐらいではないのかと思った。
そう思うと行動は早かった。乗ってきた車を取りに行き目的地である日向家へ向かった。
「おーい、そこのチビ二人ー」
「「ふえ?!」」
下校中だったのだろう、ランドセルを背負った双子が楽しそうに話をしながら歩いているのを発見した。
燎はニヤリと口端をあげると後ろからそっと近づき窓を下げながら話す。
案の定双子は驚いたように車の運転席を見た。
「りょうにーちゃん!どうしたんだ?」
「まい、ご?」
「馬鹿野郎、迷子なわけねーだろ。お前ら、今帰りか?」
「おう!」
「みうと、ゲームするの!」
二人は嬉しそうに語りだす。それを見るだけで先ほど悩んでいた心が静かに収まっていく。
「よっしゃ、お前ら今日はどっか連れてってやるよ!どこ行きてえ?」
「「え??」」
「七海と香南今日出かけてるんだろ?どうせまだ帰ってこねえんだしほら、行きてえ所言えよ」
すると双子たちは少し戸惑った様子だったがお互いを見て頷くと燎の方を向いた。
「「こうえんに行きたい!」」
「は?そんなところで良いのか?」
服を買いに行きたいとかどこかゲームセンターでも連れていってほしいというかと思ったらなんてことない公園と言う言葉に燎は拍子抜けして思わず双子たちに聞いてしまった。
しかし双子たちは嬉しそうに頷いた。
「やきゅう、やりてえ!」
「ぼ、ぼく、たまひろい、する!」
「瑠唯ーそりゃないだろ、よっしゃ俺が教えてやる!どっか広い公園行くか!」
「「やったあ!」」
双子たちを後ろの席に乗せ、一度荷物お置きに行きグローブとバッドを取りに行くと少し遠くにある広い公園へ向かった。
「いいか?こうやって、腕を回す。肘を表に向けてだな…」
「う、うん」
燎は瑠唯について手取り足取りボールの投げ方を教えていた。
燎自身本格的な野球の経験はないが、小さいころにはよく友人たちを日が暮れるまで野球をやっていた。その経験が今ようやく役に立っているような気がした。
しかしもう一人のちびっこのだまってはいなかった。
向こう側にいる美羽は、手を振りながら催促し始めた。
「りょうにーちゃん、早くつぎのたまー」
「わーってるっつーの!ほら、瑠唯投げろ」
「うっうん」
瑠唯は勢いよく頷くと教わった通りにボールを投げた。
するとさっきまで届かなかった、美羽の場所までボールが届き、美羽が無事キャッチした。
「るい!とどいたぞー!」
向こうの美羽もとても嬉しそうに手を振っていた。
燎も目いっぱい瑠唯の頭をぐりぐりなでる。
「すげえぞ!瑠唯やりゃできんじゃん!」
「えへへ。りょうにーちゃんの、おかげ!」
それからしばらく双子たちのキャッチボールが始まった。
瑠唯は子供と言うこともあり呑み込みが早かった。
楽しそうに投げ合っている二人を見てほっとする。
燎は少し遠くに座りながらその風景をぼんやり見ていた。
「はーあ。ったく、何やってんだか、俺。」
自嘲気味につぶやくと寝転がった。
ふと思いついたのも、遊びに誘ったのも頭で考えてではなく咄嗟に出た考えだった。
彼らに何か答えを求めているわけではないのに…
ふと目を瞑るとお腹に何かが落ちてきた。
「いっでっ!!」
お腹をさすりながら落ちてきたものを見ると野球ボールだった。
「りょーにーちゃんわりー!飛びすぎた―!」
「ごめ、ね!だい、じょうぶ?」
双子が心配そうに駆け寄ってくる。
「~美羽!お前はもっと力をセーブするコツを覚えろ!」
「はーい…」
「ったく。まあもう夕方だし帰るか。」
ふっと立ち上がろうとすると双子たちは燎の服の袖を引っ張った。
「「もう、帰るの?」」
「は?だって、七海が美味しい夜ご飯作って待ってるぞ?」
「「けど…」」
まさか帰るのを渋るとは思っていなかった。そして七海のご飯を伝えてもその意思は変わらない様子だったのにも驚きだった。
燎がちゃんと座りなおしだんまりした双子を見ていると美羽がぽつりと話し始めた。
「…やきゅう、久しぶりだった。」
「は?」
「学校でやきゅうがはやっておれたちもやりたくて、にーちゃんに買ってもらってこうえんに行ったんだ。けど、にーちゃんやきゅう知らなくて…」
「にーちゃんはっがんばってくれてたっ!ぼくたちと、いっしょにやきゅう、したいから!け、けど…」
そこまで言って口を止める。双子たちは自分の我が儘を言わない。言えない立場にあると知っているから。
しかしそこまで言うとわかってしまう。香南は幼いころから家族と過ごしたことがない。
つまり、普通の家族ではするようなキャッチボールなどの遊びをしたことがないのだ。
ましてや学校でもあまり人と交流するわけではなかった。
必然的に野球を知らないまま年を取ったことになる。
そんな彼が双子に野球のこと、ましてやキャッチボールでボールを遠くへ飛ばす方法など知るはずがないのである。
燎は思わず双子の頭をなでる。
「馬鹿野郎。そういうことは先に言わねえとわかんねえだろ。ちゃんと言え。」
「…りょうにーちゃんといっしょにキャッチボールできてすっげー楽しかった!ボールがあんなに遠くまでとぶなんてスゲーよ!」
「ぼく、も、おしえてもらえて、すっごく、うれしかった!」
「「にーちゃん、ありがとう」」
その笑顔を見て、はっとする。
すぐ傍にあるじゃねえか。大切にしたいもの。
「なあ、美羽、瑠唯。」
「「なに?」」
ふと言葉をつぶやく燎に双子は返事をする。
「俺はさ、お前と一緒に居てもいいか?キャッチボール、教えてやってもいいか?」
こんなに相手に質問するのに緊張するのは久しぶりだった。
恐る恐る双子を見ると一瞬目をぱちくりするがすぐ後には不安そうな顔をしていた。
「りょっりょうにーちゃんだけだぞ!こーんなとおくにとぶのおしえてくれんの!もうおしえてくれねえのか…?」
「ぼ、ぼくも、もっとボールとおくに、なげたい!」
「あ、バッドのふりかたもしりたい!北小のやつでうまいやつがいるんだよ。」
「あと、じょうずに、キャッチしたい…!」
「ぶっ…ふふっははは!!」
次々に出てくる教えてほしいリストに燎は思わず笑ってしまった。
「「にーちゃん??」」
「はー。わりーわりー。そっか。そうだよな。」
そう、だよな。
「よっしゃ、じゃあもうちょっとだけやって帰るか。次は俺も一緒にキャッチボールしてやるから」
「まじで?!やっり~!」
「ま、まってみう!」
どれだけ嬉しいのか急いで立ち位置に向かう双子たち。
それを穏やかな表情で見ながら燎もそっと立ち上がった。
「あらあ…」
「わりい、七海。遊びすぎた」
「「ごめんなさい…」」
七海の携帯に燎から連絡があったのが双子の学校が終わった頃。
予定よりも少し遅れた時間に帰ってきたため双子のほうが早く帰っているかと思ったが、そんなことはなくご飯を作り終わってもまだ帰ってくる気配はなかった。
流石に心配になったのだろうか香南が玄関でうろうろしながら待っていた。
七海もそんな香南を宥めながら何かあったのではないかともう一度連絡を取ろうと携帯を取りに行ったところでチャイムが鳴った。
急いで開けたドアの先には草や泥にまみれた3人が立っていた。
「で、野球をして、そんなぐちゃぐちゃになんのか?」
「だから、悪かったって!つい遠くに投げてキャッチしようとした双子が水たまりに入ったんだって!で助けようとしたら俺もはまっちゃったんだって!」
一番風呂をゲットした双子と燎は風呂上がりの一杯を飲みながら香南の小言を聞く羽目になった。
「すっげー楽しかった!にーちゃんすげえんだぜ!バッドだっておれのなげたたますっげーとおくまでとばすんだ!」
「ちゃんと、ボールもとれた、よ!」
「…そっか。」
香南は少し寂しそうな顔をしながら双子の頭をなでた。
「はーい!もう良いですか?夜ご飯の準備できました。どうぞ!」
「「わーい!!」」
「あーじゃあ俺帰るわ。風呂も借りれたことだし」
流石にこのまま家に帰るには泥だらけすぎるということで風呂だけ借りたのだった。
目的が達成できたため燎は帰ろうと立ち上がった。
「え?!帰られるんですか?ご飯用意されたりしているんですか?」
「いや、そういうわけじゃねえけど…」
「…じゃあ食べていきゃいいじゃん。ななも、そう思って準備してるんだし」
「え?」
思わず七海の顔を見ると七海がいつもの笑顔で答えた。
「はい!燎さんが最近元気がないと小耳にはさんだので電話で双子といるって聞いた時から食べてもらおうと燎さんの好物を作ったんです。もしよかったら…」
「七海…」
「燎が何考え込んでるのか知らねえけど…俺にできねえこと、お前はできるんだ。だから俺は信頼してるし、尊敬してる。双子を頼めるぐらいに。」
少し照れたように、悔しそうに言う香南に思わず笑みがこぼれる。
「ったりめーだよ、ばーか。」
そして香南の頭をぐしゃぐしゃとなでるとダイニングテーブルへ向かう。
「よーっしゃ、じゃあ七海のお手製ひっさびさにいただくとするか!」
「はっはい!ぜひ!」
その日の日向家のご飯はいつもより一層豪華で、一層騒がしくなった。
家に帰り電気をつけるとさっそく携帯電話を開いた。
「あ、かーさん?俺。燎だけど…」
『あら、どうしたの?』
「わりい。やっぱかーさんたちの期待には添えれねえや。」
『え?』
「俺にはもう大切なものできてたみてえだ。ま、ちゃんと老後は見るから心配すんな!じゃあ!」
『ちょ、ちょっと燎!待ちなさい!』
ぷつ、と携帯電話の通話を切る。出たのは大きなため息だった。
しかし眼を瞑り頭を振るとそこにはいつもの燎がいた。
「ま、こういう人生も悪くねーんじゃねえかな。なあ?」
携帯の待ち受け画面を見る。そこには草や泥だらけになった双子の姿が映っていた。