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16/21

彼女

 少年を見つけたのは、彼女が制服に着替え、レジに入ってから直ぐのことだった。帰り際に捕まえられたのはきっと運がよかった。

「困ったクンさ。昨日の夜どこにいたの? 漫画喫茶とかそっち?」

「公園で寝てましたよ」

「え、嘘? あたし昨日行ったけど、いなかっ……、」

 客が入ってきたので彼女は視線を切り替える。営業スマイルを作る。

「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします。チーズバーガーのセットにジューシーマックチキンですね。535円になります。千円からお預かりします。465円のお釣りです。少々お待ちください」

 お客が行ってから少年に戻る。

「いなかったと思うんだけど」

「なんかすごい転身……」

「これくらい普通だよ。現代人の常識」

 表情をくるくる回すことを覚えたのは実は最近のことだ。人間関係にあまり苦労してこなかったんだなぁと彼女は思う。

「家に連絡したの? きっと心配してるよ」

「どうでしょう。その内ひょっこり帰って来ると思ってるんじゃないでしょうか」

「あれ? もしかして困ったクンさ。殺人事件のこと知らない?」

「殺人事件?」

「あのね、」

 言いかけて彼女は自動ドアを潜り、お客が入ってくるのを見た。いらっしゃいませ、と言おうとした口が中途半端な形で止まる。もちろんそれはただのお客かもしれなかった。けれど彼女にはそうは思えなかった。

「……やあ。久しぶり」

 男は真っ直ぐに彼女のほうに歩いてきた。レジなのだから当たり前だ。イラッシャイマセ、ゴチュウモンヲオウカガイシマス。あれほど流暢に話せていた言葉に詰まる。

「どうしてあんたがここにいるのさ?」

 あっさりと仮面は剥がれて、脆い素顔が顕になる。

「君に会いにきたんだ」

 積み重ねたはずの歳月は彼女を守ってくれなかった。

「義母さんに働いてる場所を教えてもらって……」

「人の親のことを“かあさん”っていうな!」

 声が響く。客はみんな驚いて彼女を見る。小心者の彼女は顔を赤くして店の奥に引っ込んだ。

「ダメか……」

 男は深く息を吐いた。落胆。諦念。吐息には様々な感情が交じる。

「えっと……?」

「君、由紀子の知り合いかい?」

「えと、違い、いや、そうなのかな?」

「じゃあ、ごめんって伝えておいて」

 男は出て行く。背中は頼りない。だけど何かに吹っ切れたように足取りはしっかりとしている。少年はとりあえず伝言を伝えるために彼女を待つ。彼女は逆に足取りは少しふらついていて、だけど表情は穏やかで強い。

「えっと、仕事は……?」

「店長が今日は帰れって。それよか困ったクン。いまからちょっとあたしの部屋来てよ」

「え、いや、あの、」

「いいからさっさと来る」

 強引に少年の手をとって彼女は出て行く。街の明かりも公園も目にも止めずに、どんどん進んでいく。アパートの鍵を開け、男が置いていった物を全部出した。

服、歯ブラシ、コップ、CD、本、ギター。

 捨てられずにいた彼女の昔を構成していた物。

「あげる」

「え……」

「全部あげる。いらなかったら捨てちゃってもいいから」

 それは引き摺っていた黒い彼女。幸せの残滓。もう必要なかったのに捨てられなかった物。手放さなければ始まらないと気づいた。実際には手放したところで何も変わらない。部屋が少し広くなるだけ。それでも捨てるのだ。彼女の心がそう言っている。

 彼女は今日も公園に行く。

 きっと明日も行くだろう。

 心なしかその声は大きくなる。

 いつか誰かに響くかもしれない。


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