少女
少女は少年と手を繋いで映画を見た。本屋さんに行って好きな小説のことを話した。カラオケボックスに行って大声で歌った。マクドナルドでハンバーガーを食べた。
気づけば夕方で、少女は今日も塾をさぼってしまっている。そんなことはどうでもよかった。少女はいま楽しんでいる。それでこそ、学校を休んだ価値があるものだと、少女は思う。
青い少年はそこにいる。ずっと一緒にいてくれる訳がないのはわかっている。自分は少年の名前すら知らない。どこの学校に通っていて何年生なのかも知らない。住所も知らないし、電話番号も知らない。今日少女は家に帰るだろう。布団に入って彼を思い出す。そのうち眠りにつく。明日になれば朝、教科書とノートを用意して、朝食を食べ、学校に行く。いつも通りのクラスメイト達が少女を傷つけるかもしれない。だけど少女はきっともう橋から飛び降りようとしたりしない。
少女は一つ答えを見つけたような気がする。生きていていい理由。それは生きていたいからだ。死にたくないのではない。少女はいま、確かに生きていたかった。流れ出る一滴の血すら愛おしい。それを舐め取ると甘い、だけど鉄の味が広がる。命の味だ。少女は赤い。全身全霊で今を生きるために、命の色をしている。
体のどこからか、かさぶたが一つ剥がれた。赤味の残る未成熟な皮膚が恐る恐る世界に触れる。そして馴染んでいく。大丈夫。きっと次の黒い刃は、もう少女を傷つけることはできない。
「もうこんな時間。帰らないといけないわ」
「そうか。今日は楽しかったよ」
「私も。じゃあ、機会があればまた」
家の電話番号を彼女が教えなかったのは、なんとなく恥ずかしかったからだ。
遅くになって父親が帰ってきて「今日学校を休んだのか?」と訊いた。少女は少し気まずくて一度頷き、そのまま俯く。
父親はゆっくりと何かに頷いた。それから「クセになるといけない。明日からはきちんと行くようにしなさい」と言う。
叱られないことを不思議に思いながら少女は自分の部屋でベッドに入る。少年を思い出し、電話番号を教えなかったことを、それから三年間たっぷり後悔した。




