↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

最後の夏祭り

作者: finalphase
掲載日:2026/10/30

祭りの日は、いつも少しだけ特別だった。


夕方になると町のあちこちから人が集まり始め、神社へ続く道には屋台が並ぶ。焼きそばの匂い、風鈴の音、遠くから聞こえる太鼓の音…


昼間はあれほど暑かったのに、日が暮れると、不思議なくらい不思議な風が吹いた。


僕たちは、大学四年生になっていた。

それでも、祭りの日は一年生の頃と変わらなかった。


「遅い」


「ごめん」


「去年も同じこと言ってたぞ」


そんなくだらない会話をして、笑った。


誰かが射的をやり、誰かが金魚すくいをして、誰かが買ったりんご飴を食べきれず、みんなで笑った。


何も特別なことは起きなかった。


毎年恒例の行事、ただそれだけだった。


「なぁ」


友人の一人が不意に言った。


「来年も来ような」


「当たり前だろ」


「来年は社会人だけどな」


「そんなの関係ないって」


僕たちは笑った。


その時は、本当に来年があると思っていた。


だから、誰も写真を撮らなかった。


もっと一緒にいたいとも言わなかった。


帰りの時間を気にすることもなかった。


今日が最後だなんて、誰も知らなかったから…


やがて花火が上がった。


夜空いっぱいに光が広がって、少し遅れて音が届く。


僕たちは黙って空を見上げていた。


隣にいる友人の横顔を見た。


四年前から、何度も見てきた見慣れた顔だった。


大学一年の春。


初めて一緒に昼食を食べた日。


くだらないことで笑った日。


朝まで話した日。


誰かが落ち込んだ夜。


何もせず、ただ一緒にいた時間。


そんなものが、花火の光の中で次々と思い出された。


そして僕は、なぜだか分からないのに、少しだけ泣きそうになった。


「どうした?」


「いや……何でもない」


そう答えた。


花火は次々と夜空に咲いては消えていった。


どんなに綺麗な花火も、同じ形では二度と上がらない。


そんな当たり前のことに、初めて知ったような気がした。


最後の花火が消えた。


「じゃぁ、帰るか」


「うん」


駅までの道を、僕たちは歩いた。


途中で一人、また一人と別れていく。


「じゃぁな」


「また連絡する」


「また来年な」


「おう。また来年」


最後の一人と別れた。


僕は最後の一人になった。


振り返ると、さっきまで賑やかだった神社の明かりが、少しずつ消えていた。


僕はしばらく、その場に立っていた。


何か忘れている気がした。


けれど、何を忘れたかは分からなかった。


結局、そのまま家に帰った。






あれから何年か経った。


僕は久しぶりに、あの町へ帰った。


夏祭りの日だった。


神社へ続く道には、昔と同じような屋台が並んでいた。


焼きそばの匂いがした。


風鈴が鳴っていた。


太鼓の音も聞こえた…


何も変わっていなかった。


なのに、僕の隣には誰もいなかった。


花火が上がった。


夜空に大きな光が咲いた。


その瞬間、ようやく思い出した。


あの年の祭りで、僕は泣きそうになっていた。


理由も分からないまま。


たぶん、あの頃の僕は、もう知っていたのだ。


僕たちがあの日、一緒に歩いた道を、もう二度と同じようには歩けないことを。


でも、気づかないふりをした。


「また来年」と笑った。


来年も、その次の年も、きっと会えると思っていた。


花火が消えた。


夜空は、何事もなかったように暗くなった。


僕は、誰もいないとなりを見た。


「……また来年な」


小さく呟いた。


返事はなかった。


それでも、僕は少しだけ笑った。


あの夏の日の僕たちは、もうどこにもいない。


けれど、あの祭りだけは、今も僕の中で終わっていない。


だからきっと僕は、これからも毎年、この場所に来るのだろう。


もう誰も来なくても。


あの頃の僕たちが、まだここにいるような気がするから。

最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。


この作品が面白いと感じられました方は、評価やブクマなどくださると大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。