最後の夏祭り
祭りの日は、いつも少しだけ特別だった。
夕方になると町のあちこちから人が集まり始め、神社へ続く道には屋台が並ぶ。焼きそばの匂い、風鈴の音、遠くから聞こえる太鼓の音…
昼間はあれほど暑かったのに、日が暮れると、不思議なくらい不思議な風が吹いた。
僕たちは、大学四年生になっていた。
それでも、祭りの日は一年生の頃と変わらなかった。
「遅い」
「ごめん」
「去年も同じこと言ってたぞ」
そんなくだらない会話をして、笑った。
誰かが射的をやり、誰かが金魚すくいをして、誰かが買ったりんご飴を食べきれず、みんなで笑った。
何も特別なことは起きなかった。
毎年恒例の行事、ただそれだけだった。
「なぁ」
友人の一人が不意に言った。
「来年も来ような」
「当たり前だろ」
「来年は社会人だけどな」
「そんなの関係ないって」
僕たちは笑った。
その時は、本当に来年があると思っていた。
だから、誰も写真を撮らなかった。
もっと一緒にいたいとも言わなかった。
帰りの時間を気にすることもなかった。
今日が最後だなんて、誰も知らなかったから…
やがて花火が上がった。
夜空いっぱいに光が広がって、少し遅れて音が届く。
僕たちは黙って空を見上げていた。
隣にいる友人の横顔を見た。
四年前から、何度も見てきた見慣れた顔だった。
大学一年の春。
初めて一緒に昼食を食べた日。
くだらないことで笑った日。
朝まで話した日。
誰かが落ち込んだ夜。
何もせず、ただ一緒にいた時間。
そんなものが、花火の光の中で次々と思い出された。
そして僕は、なぜだか分からないのに、少しだけ泣きそうになった。
「どうした?」
「いや……何でもない」
そう答えた。
花火は次々と夜空に咲いては消えていった。
どんなに綺麗な花火も、同じ形では二度と上がらない。
そんな当たり前のことに、初めて知ったような気がした。
最後の花火が消えた。
「じゃぁ、帰るか」
「うん」
駅までの道を、僕たちは歩いた。
途中で一人、また一人と別れていく。
「じゃぁな」
「また連絡する」
「また来年な」
「おう。また来年」
最後の一人と別れた。
僕は最後の一人になった。
振り返ると、さっきまで賑やかだった神社の明かりが、少しずつ消えていた。
僕はしばらく、その場に立っていた。
何か忘れている気がした。
けれど、何を忘れたかは分からなかった。
結局、そのまま家に帰った。
あれから何年か経った。
僕は久しぶりに、あの町へ帰った。
夏祭りの日だった。
神社へ続く道には、昔と同じような屋台が並んでいた。
焼きそばの匂いがした。
風鈴が鳴っていた。
太鼓の音も聞こえた…
何も変わっていなかった。
なのに、僕の隣には誰もいなかった。
花火が上がった。
夜空に大きな光が咲いた。
その瞬間、ようやく思い出した。
あの年の祭りで、僕は泣きそうになっていた。
理由も分からないまま。
たぶん、あの頃の僕は、もう知っていたのだ。
僕たちがあの日、一緒に歩いた道を、もう二度と同じようには歩けないことを。
でも、気づかないふりをした。
「また来年」と笑った。
来年も、その次の年も、きっと会えると思っていた。
花火が消えた。
夜空は、何事もなかったように暗くなった。
僕は、誰もいないとなりを見た。
「……また来年な」
小さく呟いた。
返事はなかった。
それでも、僕は少しだけ笑った。
あの夏の日の僕たちは、もうどこにもいない。
けれど、あの祭りだけは、今も僕の中で終わっていない。
だからきっと僕は、これからも毎年、この場所に来るのだろう。
もう誰も来なくても。
あの頃の僕たちが、まだここにいるような気がするから。
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