第8話 掲示板
その存在を、最初に知ったのは委員会ではなかった。
昼休み、廊下の隅で交わされていた会話が、断片的に耳に入った。
「見た?」
「昨日、更新されてた」
「名前、出てた?」
声は低く、言葉は短い。
具体的な単語は避けられている。
私は歩きながら、何の話かを考えなかった。
考える必要がない、と判断した。
午後、委員会室で一覧を確認していると、
同じ話題が、別の形で浮上した。
「最近、処理楽じゃない?」
誰かが言う。
「申告、減ったよね」
「その分、裏で何かやってるって噂」
噂、という言葉が出た時点で、
制度の対象外だ。
私は画面から目を離さず、手だけを動かす。
――移動記録:教室→校門
――滞留時間:基準値以内
――申告:なし
問題はない。
だが、会話は止まらない。
「掲示板、知ってる?」
一瞬、室内の空気が変わる。
全員が同じ言葉を聞いた。
「どこ?」
「制度外」
それだけで、十分だった。
制度外掲示板。
公式ではない。
管理者も不明。
閲覧も書き込みも、記録されない。
私は、その場で質問をしなかった。
知る必要があるかどうか、判断がつかない。
放課後、委員会室は静かだった。
処理は早く終わり、誰も残らない。
私は端末を閉じ、帰ろうとして、立ち止まった。
掲示板。
その言葉が、処理されずに残っている。
帰宅後、個人端末を開く。
制度用ではない、私物の端末だ。
検索はしない。
だが、いくつかのリンクは、以前から回ってきている。
その中に、見覚えのない文字列があった。
匿名掲示板。
学内限定。
非公式。
開く前に、少し間があった。
迷いというより、確認だ。
開いても、記録は残らない。
少なくとも、制度上は。
画面には、簡素な一覧が表示された。
スレッドのタイトルは、曖昧だ。
「申告って意味ある?」
「保留されたままの記録」
「最近、静かすぎない?」
内容は、制度に触れている。
だが、制度の言葉は使われていない。
誰かが書いている。
「書きすぎると、逆に目立つ」
「何も書かない方が安全」
「例外付いたら終わり」
正確ではない。
だが、完全に間違ってもいない。
私は、過去ログを少しだけ遡る。
そこに、見覚えのある状況があった。
「最近、自己申告やめた」
「特に問題ないし」
名前はない。
だが、誰のことかは分かる。
掲示板は、判断を下していない。
ただ、並べている。
過剰な申告。
完全な沈黙。
どちらも、同じ場所に置かれている。
私は、書き込まなかった。
読むだけだ。
翌日、委員会室での処理は、さらに静かだった。
申告は少なく、保留もない。
だが、視線の動きが変わっている。
誰かが誰かを、以前より長く見ている。
制度は、掲示板を認識していない。
ログにも反映されない。
だが、行動は微妙に変わっている。
滞留時間が、基準値ぎりぎりで揃い始めた。
接触距離が、必要以上に空く。
安全側への調整。
だが、それは制度の指示ではない。
私は処理を終え、一覧を閉じる。
今日も、問題は起きていない。
それでも、掲示板は更新される。
制度の外で、
制度の話だけが、静かに積み上がっていく。
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