第7話 沈黙値
朝の一覧は、いつもより整って見えた。
件数が少ないわけではない。
ただ、自己申告の欄が、目立たなくなっている。
私は新着ログを開いた。
――移動記録:教室→体育館
――滞留時間:基準値以内
――申告:なし
――接触記録:一件
――距離:基準値以内
――申告:なし
問題はない。
どれも、制度が自動取得した記録だけだ。
昨日まで、頻繁に申告を送ってきていた生徒の名前が、一覧に見当たらない。
偶然かもしれない。
だが、件数の減り方が不自然だった。
私は過去ログを呼び出す。
一週間分を並べると、変化は明確だ。
ある日を境に、自己申告が途切れている。
完全に、だ。
保留や例外が付いた形跡はない。
単に、送られてこなくなった。
昼前、委員会室で小さなざわめきが起きた。
誰かが、同じことに気づいたらしい。
「最近、静かじゃない?」
「誰?」
「ほら、あの……」
名前は出ない。
出す必要がない。
全員が、申告過多だった生徒を思い浮かべている。
「申告、やめたのかな」
「出来るんだ」
出来るかどうかは、議論の対象ではない。
禁止されていない以上、可能だ。
私は画面に戻る。
午前中のログは、すべて自動取得分だけだ。
処理は早い。
迷いが生じない。
だが、一覧の均一さが、逆に目につく。
数値が揃いすぎている。
午後、ひとつだけ、違和感のあるログが混じった。
――滞留時間:基準値以内
――接触記録:なし
――申告:なし
――備考:空白
備考欄は、通常、表示されない。
だが、何かが入力され、消された形跡が残っている。
私は詳細を開いた。
内容は空白のままだ。
処理欄には、問題なしが表示されている。
選択肢は、それだけだ。
私は、確認済みを押した。
その瞬間、何かを見落とした感覚があった。
だが、ログ上は完全だ。
夕方、委員会室の端で、二人の生徒が低い声で話していた。
「申告しない方が、楽だよ」
「でも、何かあったら?」
「何もなければ、問題ないでしょ」
言葉は、制度に沿っている。
反論は難しい。
私は、今日処理したログを振り返る。
自己申告は、全体の一割にも満たない。
静かだ。
処理は滞らない。
だが、沈黙が増えている。
制度は、沈黙を評価しない。
申告がないことを、正常として扱う。
だが、沈黙が意図的かどうかを測る指標はない。
沈黙値という項目は、存在しない。
放課後、廊下で申告過多だった生徒を見かけた。
彼は、以前と変わらない歩き方をしていた。
首元のデバイスに、手は伸びない。
視線も落ちない。
私は、すれ違いざまに一瞬だけ彼を見る。
彼は、こちらを見なかった。
その距離は、基準値以内だ。
接触もない。
記録されるものは、何もない。
委員会室に戻り、端末を閉じる。
今日の一覧は、完全に処理済みだ。
未確定も、保留も、例外もない。
制度上は、理想的な一日だった。
だが、申告が減った分、
何が失われたのかは、記録されない。
沈黙は、数値にならない。
それでも、確実に増えている。
私は、空になった画面をしばらく見つめてから、席を立った。
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