第6話 申告過多
午前中の委員会室は、いつもより画面の切り替えが多かった。
通知音が鳴るたび、誰かが一瞬だけ手を止める。
私は端末を開き、自己申告一覧を確認した。
同じ名前が、何度も並んでいる。
――移動記録:教室→図書室
――接触記録:なし
――申告:あり
――移動記録:図書室→購買前
――接触記録:一件
――距離:基準値以内
――申告:あり
内容に問題はない。
数値も、すべて基準値以内だ。
ただ、頻度が異常だった。
一日に十件以上。
すべて自己申告による補足だ。
私は詳細を開く。
申告文は丁寧で、無駄がない。
「念のため記録します」
「基準値以内ですが、報告しておきます」
どれも、制度が求めていない情報だ。
だが、禁止もされていない。
処理欄には、迷いの余地がない。
問題なし。
私は、淡々と確認済みを押していく。
だが、件数が減らない。
昼休み、委員会室に人が増えた。
誰かが、一覧を見て小さく息を吐く。
「また、この人?」
名前は出されない。
それでも、全員が同じ画面を想像している。
「真面目だよね」
「真面目すぎる」
評価は一致していない。
だが、処理の手は止まらない。
私は、申告の一つを読み返す。
――接触記録:二件
――距離:基準値以内
――会話:なし
――申告理由:気になったため
気になった、という理由は、制度上の項目に存在しない。
だが、削除する理由もない。
私は、確認済みを押す。
午後になると、処理速度が落ち始めた。
通常ログに加え、過剰な申告が積み重なる。
誰かが言った。
「これ、全部受け取る必要ある?」
即座に返答はなかった。
必要かどうかは、判断項目に含まれていない。
「拒否は出来ないよね」
「出来ない」
制度は、申告を止めない。
過剰かどうかを測る基準がないからだ。
私は、別のログに目を移す。
――滞留時間:十分
――基準値:十分
――申告:なし
数値は境界線上だ。
だが、申告がないため、一覧では目立たない。
同じ時間帯、同じ場所で、
片方は何度も申告し、片方は何も残さない。
扱いは同じだ。
少なくとも、結果としては。
夕方、申告過多の生徒から、さらに通知が届いた。
今回は、物品使用記録だ。
――貸出備品:椅子
――使用時間:五分
――破損:なし
――申告:あり
私は画面を見つめた。
椅子の使用は、通常、記録対象ではない。
だが、申告があれば、受理される。
私は、処理欄を開く。
選択肢は、問題なしのみ。
確認済みを押すと、
ログは他の記録に埋もれていった。
隣の席の生徒が、低く言う。
「そのうち、何も申告しない人が疑われるんじゃない?」
私は答えなかった。
制度は、比較を前提にしていない。
だが、一覧を見る側は、無意識に並べてしまう。
過剰に残る記録と、ほとんど残らない記録。
量の差は、意味を持たないはずだった。
放課後、処理を終えても、一覧は完全には空かない。
申告が、次々に追加されている。
私は端末を閉じる前、
一日の申告件数を確認した。
全体の三割以上が、同一人物だった。
異常値ではない。
基準は、どこにも設定されていない。
委員会室を出るとき、
廊下でその生徒とすれ違った。
視線は合わなかった。
挨拶もない。
ただ、彼は首元の記録デバイスに、
一瞬だけ手を添えた。
それが確認行為なのか、癖なのか。
判断する項目はない。
制度は、申告過多を拒まない。
だが、受け取り続けることも、想定していない。
その歪みは、まだ数値に現れていない。
記録の量として、静かに積もっている。
⸻




