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第5話 例外未満


 午後の委員会室は、朝よりも雑音が多い。

 空調の音、椅子を引く音、端末の操作音。それらが重なり、会話はほとんど聞こえない。


 私は一覧を開き、新着ログを確認していた。

 数値の並びに、わずかな違和感が混じっている。


――滞留時間:十二分

――基準値:十分

――申告:あり


 基準値を二分だけ超えている。

 だが、数値以外の項目はすべて正常だ。


 場所は立入制限区域ではない。

 接触記録もない。

 時間帯も、特別な条件は付いていない。


 私は詳細を開いた。


 申告内容は簡潔だった。

「友人を待っていた」


 理由としては、十分すぎるほどだ。

 だが、制度は理由を評価しない。


 基準値を超えたかどうか。

 それだけが判定材料になる。


 処理欄には、三つの選択肢が表示されていた。


――保留

――例外

――問題なし


 問題なしを選ぶには、数値が足りない。

 例外を付けるには、根拠が薄い。


 残るのは、保留だ。


 私は指を止めたまま、画面を見続ける。

 保留は、安全な選択肢だ。

 即時の判断を先送りにできる。


 だが、保留が続くと、別の問題が生じる。

 記録は残り、誰かが引き継ぐことになる。


 私は、隣の席を見る。

 同じ委員会の生徒が、別のログを処理している。


「それ、微妙じゃない?」


 視線は画面に向けたまま、そう言われた。


「基準、ちょっと超えてる」


「でも、例外ってほどでもない」


「……うん」


 言葉はそれ以上続かなかった。

 意見の一致が、かえって判断を難しくする。


 制度は、極端を好む。

 完全に安全か、明確に危険か。


 その中間は、扱いづらい。


 私は、もう一度数値を見る。

 二分。

 誤差と呼べる範囲だ。


 だが、誤差という概念は、制度上は存在しない。

 基準値を超えた時点で、別の扱いになる。


 私は、保留を選択した。


 処理完了の表示が出る。

 ログは一覧から消え、保留フォルダに移動した。


 胸の内に、何かが残る。

 だが、それを確認する手段はない。


 夕方、別のログが届いた。

 内容は似ている。


――滞留時間:十一分

――基準値:十分

――申告:なし


 今度は申告がない。

 数値は、さらに基準に近い。


 処理欄を開くと、同じ三択が並ぶ。


 私は、保留を選ばなかった。


 例外でもない。

 だが、問題なしを選ぶ理由もない。


 私は、一覧を一度閉じた。

 再度開くと、表示は変わらない。


 誰かが後ろを通り過ぎる。

 足音が一瞬だけ近づき、遠ざかる。


 私は、問題なしを選んだ。


 理由は単純だ。

 この程度の差異を、すべて保留に回していたら、処理が滞る。


 制度は、流れを止めることを嫌う。


 確認済みの表示が出る。

 ログは、通常処理として保存された。


 同じ基準値超過でも、扱いが分かれた。

 理由は記録されない。


 放課後、保留フォルダを開く。

 今日移されたログが、一件だけ表示されている。


 例外未満。

 その状態で、静かに残っている。


 私は、何もせずに画面を閉じた。


 制度は、例外を特別扱いする。

 だが、例外に届かないものについては、関心を示さない。


 基準をわずかに外れた行動は、

 保留されるか、見なかったことにされる。


 その差が、後で何を生むのか。

 それは、記録されない。


 委員会室を出ると、廊下はほとんど無人だった。

 自動照明が、遅れて点灯する。


 その遅れも、きっと基準値以内だ。


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