第3話 未確定ログ
昼休みの委員会室は、午前中よりも静かだった。
利用者が少ない時間帯だが、完全に無人になることはない。誰かが必ず、端末の前に座っている。
私は自分の席に着き、端末を起動した。
画面には、更新通知が一件だけ表示されている。
――未確定ログがあります。
件数は一。
それだけで、理由は十分だった。
未確定ログは、通常の保留とは扱いが異なる。
制度上は存在するが、処理フローに正式に組み込まれていない。
言い換えれば、誰の責任でもない記録だ。
私は通知を開いた。
――行動記録:放課後、立入制限区域周辺に滞留。
――滞留時間:九分。
――申告:なし。
区域名は伏せられている。
だが、構内図を見れば、場所は想像がついた。
立入制限といっても、厳重な場所ではない。
物理的に仕切られているわけでもなく、警告表示があるだけだ。
誤って近づく生徒も多い。
問題は、滞留時間だった。
九分は、偶然と断定するには長い。
私は記録を閉じ、詳細ログを呼び出す。
移動軌跡は、ほとんど動いていなかった。
立ち止まっていたのか。
それとも、測位が乱れていただけか。
判断材料は足りない。
私は、いつもの処理欄を探す。
だが、未確定ログには選択肢が表示されなかった。
保留も、確定も、例外もない。
ただ「確認済み」と「未確認」の二択だけが、静かに並んでいる。
私は画面から視線を外し、窓の外を見た。
校庭では、生徒が数人、ボールを蹴っている。
声は届かない。
制度の外では、何かが起きている。
だが、それを内側に持ち込む手段は限られている。
私は再び画面を見る。
確認済みにすれば、ログは記録として保存される。
未確認のままにすれば、一定時間後に自動消去される。
消える、という表現は正確ではない。
正確には、「処理対象から外れる」だけだ。
私は指を動かさなかった。
背後で、椅子が引かれる音がした。
同じ委員会の生徒が、昼休みの確認作業に入ってきたらしい。
「それ、未確定?」
画面を見られたわけではない。
それでも、そう言われた。
「……うん」
短く答える。
「最近、増えてるよね」
その言葉には、評価も感想も含まれていなかった。
ただの事実確認だ。
私は頷いた。
「処理、どうするの」
「まだ」
「そっか」
それだけで会話は終わった。
互いに、それ以上踏み込まない。
昼休みが終わるチャイムが鳴る。
音は制度とは無関係だが、区切りとしては十分だった。
私は、確認済みを選ばなかった。
未確認のまま、画面を閉じる。
午後の作業が始まる。
通常ログの処理を続けながらも、
未確定ログの存在は、消えなかった。
確定されなかったからではない。
未使用のまま、残っているからだ。
放課後、再び委員会室に戻ったとき、
通知は消えていた。
自動消去されたのだろう。
一覧には、何も残っていない。
記録委員会としては、正常な挙動だ。
私は端末を閉じる。
制度は、未確定を嫌う。
だが、完全に排除することも出来ない。
未確定ログは、
今日もまた、誰にも確認されないまま、
制度の外縁で静かに処理された。
何も起きていない。
少なくとも、記録上は。
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