第12話 未申告の過去
例外ログは、翌日も閉じられないままだった。
朝の一覧に、その項目があるだけで、
委員会室の空気はわずかに変わる。
――例外:一件
――状態:未確定
数値は更新されていない。
移動も、接触も、申告も、増えていない。
私は処理を始める。
他の記録を先に片付けるのは、無意識の順番だ。
問題なし。
問題なし。
問題なし。
確定ボタンを押すたび、
例外ログが画面の端に残り続ける。
昼前、委員会室に静かな指示が届いた。
上からの通達だ。
「例外対象について、追加処理は行わない」
理由は書かれていない。
期限も、設定されない。
私は、了解を返す。
それ以上の確認は不要だった。
制度が、保留を選んだ。
午後、一覧を眺めていると、
ある数値が目に留まった。
数年前のログ。
私自身の記録だ。
内部参照権限がある者は、
自分の過去ログを閲覧できる。
普段は開かない。
必要がないからだ。
だが、その日は、
例外ログの隣に、自分の名前がある気がした。
――行動記録:放課後
――移動:図書室前
――滞留時間:基準値超過
――申告:なし
思い出す。
あの日、私は図書室に入らなかった。
扉の前で立ち止まり、
中の様子を見て、
そのまま引き返した。
理由は、今も言語化できない。
ただ、入らなかった。
滞留時間は、確かに長い。
だが、誰も気に留めなかった。
私は申告しなかった。
義務がなかったからだ。
結果、記録は「問題なし」で処理されている。
もし、あの時申告していたら。
そう考えた瞬間、思考を止める。
仮定は、記録にならない。
委員会室の窓から、校庭が見える。
例外生徒の姿は、そこにもない。
誰も、探していないわけではない。
ただ、制度が動いていない。
掲示板では、話題が少し変わってきている。
「例外って、ずっと残る?」
「戻ってきたら、どうなる?」
「何も言わなければ大丈夫?」
沈黙が、選択肢として共有されている。
私は、過去ログを閉じる。
自分の未申告は、例外にならなかった。
その違いが、
どこで生じたのかは分からない。
分かるのは、
申告しなかった行動が、
今も記録として残っていることだけだ。
夕方、委員会室で最後の確認を行う。
例外ログに、変化はない。
――状態:未確定
――処理期限:なし
私は、確定も削除も選ばない。
出来ない。
代わりに、自分のログに視線を戻す。
あの日、何かが起きていた可能性。
何も起きなかったという処理。
どちらも、記録としては同じだ。
帰り道、図書室の前を通る。
扉は閉まっている。
立ち止まらない。
滞留時間は、基準値以内。
私は、そのまま通り過ぎる。
未申告の過去は、例外にならない。
だが、消えることもない。
それは、制度の外でも、内でもなく、
ただ、私の中に残っている。
判断されなかった記録として。
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