第11話 消失
朝の一覧に、見慣れない表示があった。
――例外:一件
数値は、基準値をわずかに外れているだけだ。
滞留時間が長い。
移動経路に重複がある。
自己申告は、短い一文だけ添えられている。
「理由不明」
それ以上は、書かれていない。
私は詳細を開く。
例外理由の自動分類は、「未確定」のままだ。
この程度で例外が付くのは珍しい。
だが、完全な誤作動とも言えない。
昨日まで、申告をしていなかった生徒だ。
掲示板で名前が出ていたことも、思い出す。
私は処理を止めず、委員会室の端末を確認する。
出席記録は、通常通りだ。
午前の授業。
座席は空いていない。
だが、移動記録が途切れている。
――移動記録:自宅→校門
――以降、記録なし
遅延でも、通信不良でもない。
端末の反応が、完全に消えている。
委員会室に、低い声が集まる。
「来てない?」
「でも、出席は……」
「例外、付いてるよね」
誰も大きな声を出さない。
制度がまだ、異常を宣言していないからだ。
私は、例外ログを再度開く。
申告文は、消えていない。
「理由不明」
それだけが、残っている。
昼前、担任から問い合わせが入った。
所在確認だ。
制度上の回答は、決まっている。
「例外処理中」
それ以上は、言えない。
保健室、職員室、校内のどこにも、該当する記録はない。
校外への移動ログも、途切れている。
消えた、という表現は正確ではない。
記録が、続いていないだけだ。
午後、掲示板が静かに騒ぎ始める。
「今日、見てない」
「例外付いたって」
「何かあった?」
推測が並ぶ。
だが、断定は避けられている。
事件だと言い切る者はいない。
制度が、そう扱っていないからだ。
私は端末に向かい、保留フォルダを開く。
そこに、新しい項目が一つ増えている。
――対象:例外生徒
――状態:未確定
――処理期限:なし
期限が設定されていない。
それ自体が、異例だった。
放課後、委員会室はいつもより遅くまで開いていた。
だが、処理は進まない。
誰も、判断を下せない。
制度は、行動を記録する。
移動を測定する。
接触を数値化する。
だが、行動がない場合の扱いは、定められていない。
消失は、入力されていない。
夕方、校門前を確認したが、該当者はいない。
下校記録も、存在しない。
私は、例外ログを閉じる。
削除も、確定も出来ない。
掲示板には、新しい書き込みが増えていた。
「戻ってくるよね」
「例外って、そういう意味?」
「申告してれば違った?」
問いだけが、残る。
私は、それらを記録しない。
出来ない。
帰り道、いつもの時間、いつもの経路を歩く。
すれ違う生徒の数は、少し減っている。
誰かが欠けた分だけ、空間が広い。
――接触:なし
――滞留:基準値以内
数値は、問題ない。
だが、例外ログは閉じられないままだ。
消えたのは、生徒ではない。
判断だ。
制度は、まだそれを認めていない。
私は、未確定のまま残された項目を、
何も出来ないまま、保存し続ける。
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