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第1話 保留処理


本作は、前作『特に問題なし』と同じ世界観を共有する連作の一編ですが、物語としては本作単体でもお読みいただけます。


派手な展開や明確な答えは提示されません。

制度や記録を通して、人が語らなかったこと、判断されなかったことを描いています。


本作はAI生成テキストを基に、作者が加筆・修正を行った作品です。

小説家になろうおよび各種利用規約に反する内容は含まれていません。


 記録委員会室は、放課後になると静かだった。

 教室棟から離れた旧校舎の一角にあり、外から見れば使われていない部屋にしか見えない。窓には曇り止めの加工が施され、外の光は白く拡散して入ってくる。


 机は四つ。

 端末は五台。

 椅子は六脚あるが、実際に使われているのはいつも三脚だけだった。


 私は中央の机に座り、端末を起動する。

 画面には日付と時刻、そして「未処理ログ:27件」という表示が出ていた。


 記録委員会の仕事は、記録を読むことではない。

 記録を処理することだ。


 行動記録。

 移動記録。

 接触記録。

 物品使用記録。


 それらはすでに制度によって集められている。私たちが行うのは、それに「問題があるかどうか」を付与することだった。


 もっと正確に言えば、

 問題があると確定するか、保留にするか、特に問題なしとするか。


 私は、その中で「保留」を担当している。


 画面を指で滑らせ、一件目を開く。


――行動記録:昼休み、第三体育館裏にて滞留。

――接触記録:同学年男子一名。

――申告補足:話をしていただけ。特に意味はない。


 補足欄は、本人の自由記述だ。

 書く者もいれば、書かない者もいる。

 意味があるかどうかを決めるのは、書いた本人ではない。


 私は数秒、画面を見たまま動かなかった。

 過去のログと照合し、異常値がないことを確認する。

 位置情報も矛盾はない。


 問題にする理由は、ない。

 だが、「特に問題なし」と確定する理由も、今は見つからなかった。


 私は処理欄を開き、「保留」を選択する。


 端末が小さく振動し、ログが一覧から消えた。


 それで終わりだ。


 隣の机では、別の委員が同じように画面を操作している。

 キーボードの音はほとんどしない。

 操作音は、すべて指先のわずかな接触だけで済む。


「今日、ちょっと多いね」


 向かいの席の先輩が、画面から目を離さずに言った。


 私は頷いたが、返事はしなかった。


 多い、というのが件数のことなのか、

 保留になる割合のことなのかは、分からない。


 次のログを開く。


――移動記録:放課後、構内測位一時遮断。

――遮断時間:三分二十秒。

――申告補足:端末の電池が切れた。


 端末の電池切れは、制度上「例外」には当たらない。

 だが、遮断が意図的である可能性も、完全には否定できない。


 私はマニュアルを一度だけ確認し、

 例外条件に該当しないことを再確認する。


 問題はない。

 だが、ここでも私は「保留」を選ぶ。


 理由は、自分でも分からなかった。


 確定しないまま残す。

 それが、私の仕事だった。


 夕方になるにつれて、委員会室の空気が少しだけ変わる。

 外の部活の声が遠くなり、校舎全体が静まり返る。


 三件、五件、七件。

 保留処理されたログが、端末の奥に積み重なっていく。


 それらは消えない。

 確定されない限り、ずっと残り続ける。


「判断しないのって、楽?」


 先輩が、ふいにこちらを見て言った。

 声には特別な感情は含まれていなかった。


 私は少し考え、首を横に振る。


「楽ではないです」


「じゃあ、嫌?」


 その問いにも、すぐには答えなかった。


 嫌だと判断するほど、強い理由はない。

 好きだと言えるほど、積極的でもない。


 私は、ただこの席に座っている。


「そっか」


 先輩はそれ以上何も言わず、また画面に戻った。


 最後のログを処理し終え、端末をスリープ状態にする。

 未処理件数はゼロになっているが、

 保留された記録は、どこかに確実に残っている。


 それが、誰の記録なのか。

 何を意味するのか。


 今は、考えない。


 委員会室の灯りを落とし、廊下に出る。

 外はすでに薄暗く、校舎の輪郭だけが残っていた。


 今日も、特に問題は起きなかった。

 ただ、判断されなかった事実だけが、

 静かに保留されたまま残っている。


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