境界線に漂着した「世界の燃え残り」。消去したはずのゴミ箱の中で、ただ一人俺を罵る少女の声
「……アリス。その『ゴミ箱』から響くノイズ、何だか聞き覚えがないか?」
俺の問いに、アリスは冷徹な銀色の瞳をさらに細め、不快そうに唇を歪めた。
「……はい。消去された旧世界の残骸、その最深部にしがみついている『往生際の悪いデータ』が一つ。……レイン様、お耳汚しです。今すぐ物理的に圧殺し、完全消去してまいります」
アリスが指先を掲げ、世界の境界線を「掃除」しようとしたその時。庭の結界を叩く振動と共に、不気味なほど理屈っぽく、そしてどこか必死な少女の声が、俺の脳内に直接響いた。
『──ちょっと! 聞こえてるんでしょ、そこの管理者! 勝手に世界をデリートしておいて、自分だけ優雅にティータイムなんて万死に値するわよ! この理不尽なサーバー停止、今すぐ撤回なさい!』
「……。なんだ、今の声」
俺は思わず苦笑した。世界が消滅した虚無(エラー画面)の中で、救いを求める悲鳴ではなく、管理者の俺に対して「説教」を垂れる存在。そんな奴は、旧世界に一人しか心当たりがない。
「アリス、そのバグ……いや、その『燃え残り』をこちらへサルベージしてくれ。殺すのはいつでもできる」
「……御心のままに。ですがレイン様、あんな五月蠅いバグ、拾い上げてもろくなことになりませんわよ?」
アリスは溜息をつきながらも、黄金の管理者権限を指先に集め、虚空に向けてスワイプした。瞬時、俺たちの平和な庭の空気がピリリと震え、光の渦から一人の少女が「排出」された。
「……きゃああああっ!? いきなり引っ張るんじゃないわよ、このデコ助ーーっ!」
ドサッ、と芝生の上に無様に転がったのは、虹色の髪を乱した、透き通るような肌を持つ絶世の美女だった。だが、その背中には世界の理を象徴する幾何学模様の光輪が浮かび、彼女がただの人間ではないことを証明している。
「……ふんっ、やっと繋がったわね! あんたがレインでしょ? 私の忠告を無視して権限を暴走させた大馬鹿者は!」
彼女は立ち上がるなり、服に付いた草を払うのも忘れて俺に指を突きつけた。旧世界の意志――精霊たちの頂点にして、かつて俺が「介入制限」で苦しんでいた時に、システム越しに無慈悲な警告を送り続けてきた精霊女王エルナ。
「その認識で合っている。ゴミ箱の中でまだ生きていたとは驚きだ、エルナ」
「生き延びた? 失礼ね! 私はシステムの安全装置として、あんたの不適切な運用を監視するためにわざと残ったのよ! だいたい、この『庭』の魔力濃度は何よ! 物理法則を私物化して、不老不死の泉まで作って……っ! これ、完全に規約違反なんだからね!」
顔を真っ赤にして捲し立てる彼女の姿は、威厳のある女王というよりは、理屈っぽいツンデレ少女そのものだった。
「……アリス、やっぱりこいつ、石像にしてもいいか?」
俺がポツリと呟くと、エルナの肩がビクッと跳ね、その大きな瞳が涙目で潤んだ。
「……な、なによ。せっかく私が、あんたの間違った権限の使い方を正してあげようって……ひっ、アリス、その鍬をこっちに向けないで! 説教は管理者のための慈悲なんだからーーーっ!」
絶対神となった俺の楽園に、かつての「天敵(システムの意志)」が、口うるさい居候として転がり込んできた瞬間だった。
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