【悲報】かつての勇者パーティ、魔物一匹に全滅の危機。レインという「バフ」の消失
王都から数里離れた「薄暗がりの平原」。そこには、かつての栄光を失いつつある勇者パーティの残党たちがいた。勇者アルディスが永久追放され、実質的なリーダーとなったのは、美貌の聖女セシリア、重戦士のボルド、魔導師のミレーヌの3人だ。
「……はぁ、はぁ……っ! なんなのよ、この魔物……ただの『大牙狼』じゃないの! なぜ攻撃が全く当たらないのよ!」
聖女セシリアが、自慢の金髪を泥で汚しながら叫ぶ。目の前には、以前なら一撃で屠っていたはずの、ランクC程度の魔物が一匹。だが、今の彼らにとって、それは絶望的な「死神」に見えていた。
「くそっ! この大斧が重すぎる……! それに、さっきから刃が滑りやがるんだよッ!」
重戦士ボルドが、血管を浮き上がらせて渾身の力で斧を振り下ろす。だが、狼は嘲笑うかのように跳躍して避けた。それどころか、ボルドの斧の刃が狼の毛皮に弾かれ、逆に斧の柄がみしりと嫌な音を立ててひび割れた。
「ミレーヌ! 魔法で動きを止めて!」
「やってるわよ! でも、なぜか詠唱のタイミングがズレるの! 魔力の集束が……全く安定しないのよ!」
かつての彼らなら知る由もなかった。彼らの攻撃が百発百中だったのは、レインが【命中判定の強制補正】を裏でかけていたからだ。自慢の武器が壊れず、羽のように軽かったのは、レインが毎日【耐久値の固定】と【質量軽減パッチ】を当てていたからだ。そして、彼らが最強の魔力を練ることができたのは、レインが周囲の【魔素密度を最適化】していたからに過ぎない。
「ぎゃあああかっ!!」
狼の鋭い爪が、ボルドの肩を深く引き裂く。
「ボ、ボルド! すぐに治すわ! ――『大治癒』!」
セシリアが必死に祈りを捧げる。だが、放たれた光は弱々しく、傷口を塞ぐどころか表面をなでるだけで消えてしまった。
「な……!? なぜ……!? いつもなら、もっと……っ!」
そう、かつての彼女の魔法が「最強」だったのは、アリスのようなスペアを使い潰していただけでなく、レインが魔法の「演算処理」を肩代わりし、威力を数十倍にブーストしていたからだ。だが、その恩恵はもうどこにもない。
「おい、セシリア! 回復が足りないぞ! この重い斧を振り回すだけで精一杯なんだ! もっと本気でやれ!」
「やってるわよ! 私を誰だと思ってるの!? 救世の聖女セシリアよ!」
「口だけは達者だな! 実際はカスみたいな回復量じゃねえか! レインがいた時は、俺の斧はもっと軽く、もっと鋭く敵を叩き切ってたはずなんだよッ!」
崩壊するチームワーク。罵り合うかつての仲間たち。レインという「完璧なOS」を失った彼らは、ただの「少し筋力が高いだけの素人」に成り下がっていた。
「……あ、ああ……。嘘よ……。私たちは、最強だったはずなのに……」
セシリアの視界の端で、狼が最後の一撃を加えようと大きく口を開く。死の恐怖に震える彼女の脳裏に、ふと、かつて自分たちがゴミのように追い出した「荷物持ち」の背中が浮かんだ。
『――セシリア、明日の戦場は湿気が多いから、魔法の集束率を0.8ポイント調整しておいたよ。あと、ボルドの斧も少し重心を弄っておいたからね』
あの時、鼻で笑って無視したレインの「地味な仕事」。それが、自分たちの命を繋ぎ止めていた「唯一の糸」だったことに、彼女は――全滅の淵に立たされて、ようやく気づき始めていた。
「助けて……レイン……! 戻ってきて……お願い……っ!」
その悲痛な叫びは、聖域の結界に阻まれ、幸せな午後を過ごすレインの元へ届くことは二度となかった。
一方その頃、座標NULL(レインの庭)。
「……。アリス、なんだか急に耳鳴りがしたな。外で誰か呼んだか?」
レインはテラスの椅子に深く腰掛け、淹れたてのハーブティーを口にしながら首を傾げた。
「いいえ、レイン様。ただの『システムのノイズ』でしょう。……不快な音が届かないよう、さらにログのフィルタリングを強化しておきますね」
そう言って微笑むのは、銀髪を揺らし、完璧な所作で控えるアリスだ。彼女は先ほど、庭の入り口で侵入者を排除した際、外の世界の悲鳴をいくつか拾っていたが、それを主人に伝える必要はないと判断していた。
「それよりレイン様、お口直しにこちらをどうぞ。リヴィアが暴れる前に、焼き上げておきました」
アリスが差し出したのは、聖域で採れた高純度な小麦と、黄金リンゴの蜜をふんだんに使ったクッキーだ。
「ああ、ありがとう。……美味いな。アリスの淹れる茶と、このお菓子。これ以上の贅沢はないよ」
「……。そう言っていただけると、私の存在意義が『更新』されます」
アリスの頬が、ほんのりと朱に染まる。かつて勇者パーティで「荷物持ち」として、寝る間も惜しんで装備のメンテナンスやルート計算に追われていたレイン。当時の彼は、食事すら歩きながら済ませ、感謝の言葉一つかけられることはなかった。
だが今、彼は世界から切り離されたこの「庭」で、最強の聖女に守られながら、ただ一人の人間として穏やかな時間を享受している。
「……平和だな、本当に」
「はい。ここにはレイン様を害するバグも、利用しようとする無能も存在しません。……ずっと、こうして傍にいさせてくださいね」
「ああ、もちろんだ。……さあ、リヴィアが昼寝から起きて騒ぎ出す前に、もう一杯だけおかわりをもらおうかな」
自分を捨てた世界が、今この瞬間にも「致命的なエラー」を吐き出し、かつての仲間たちが泥を啜っていることなど、今のレインにはどうでもいいことだった。
管理者の午後は、ただただ甘く、静かに過ぎていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




