この世界は俺をのんびりさせてくれないらしい
「勇者アルディス……いや、もはやそう呼ぶ必要もないな」
王国騎士団の本陣、そのど真ん中に時速500キロで突き刺さったアルディス。泥と砂にまみれ、白目を剥いて倒れている彼の前に立っていたのは、王宮から急報を受けて駆けつけた特使だった。
「ひ、ひぎいぃ……! 違う、俺は……俺は魔王の罠に……っ!」
「黙れ。貴様の醜態、そしてあの傲慢な『本性』は、王都の広場にまで中継されていたのだ。もはや、言い逃れはできん」
特使は、アルディスが握りしめている「錆びついた剣の柄」を冷たく見下ろした。
「聖剣は主を選び直したのではない。貴様の器があまりに小さく、腐り果てていたがゆえに、自ら『自壊』を選んだのだ。……国王陛下からの伝言だ。アルディス、貴様から勇者の称号を剥奪し、王国から永久追放とする」
「な、なんだと……ッ!? 誰がこの国を救うと思っているんだ! 俺がいないと世界は……ッ!」
「世界なら、もう救われている。貴様のような『卑怯な紛い物』の手を借りずともな」
特使は、アルディスが「魔王の拠点」と呼んだ森の奥――虹色の霧がたなびく、美しき座標NULL(レインの庭)を見上げた。
「……鑑定士ドラン殿の『黄金リンゴの残骸』により、あの地には、現世の理を超越した『聖域』が存在することが証明された。国は今後、あの森を不可侵領域とし、あのお方に『守護代行者』としての全権を委託する。……連れて行け。二度とその汚らわしい顔を聖域に向けるな」
かつての英雄は、パンツ一丁の騎士団と共に、文字通り「ゴミ」のように引きずられて歴史の表舞台から消えていった。
一方、座標NULL。
「……ふぅ、やっと静かになったか」
レインは、特使が境界線の外で深々と頭を下げて去っていくのを、テラスから眺めていた。手元には、アリスが新しく淹れてくれたハーブティーがある。
「はい、レイン様。これでようやく、誰にも邪魔されないお庭作りが再開できますね」
レインは優しく微笑み、彼女に余ったリンゴを差し出した。
「ここは、世界から見捨てられた俺たちの場所だ。……まあ、アリスが『楽園』に改造しちゃったけどな」
「あら、レイン様。私がしたのは、ほんのお手伝いですよ? ここを『真の管理領域』に書き換えたのは、レイン様ご自身じゃないですか」
アリスは楽しそうに笑い、レインの隣に座って肩を寄せた。
空はどこまでも青く、空気は甘い魔力に満ちている。かつて「荷物持ち」として虐げられていた男は、今や世界の理を書き換える「神の庭」の主として、望んでいた平穏を手に入れた。
しかし、その穏やかな午後の終わり。レインの視界の隅に、無機質な【通知ウィンドウ】が一つだけ、点滅を始めた。
『――警告:表層世界の「歪み」が臨界点を超えました。β-2より、管理者レインへ緊急要請が発行されます――』
「……。やれやれ、この世界は俺をのんびりさせておく気はないらしいな」
レインは苦笑いしながら、そのウィンドウをじっと見つめる。新しい冒険の予感。だが、隣には最強の聖女がいる。
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