勇者の暴走と、聖女の鼻歌 ~土壌整理の時間です~
「消せ……っ! 今すぐその映像を消せッ! こんなものはデタラメだ、卑劣な魔王の幻術だッ!!」
アルディスは一人、何もない空中に向かって聖剣を振り回していた。砕けた首飾りの破片が映し出す「真実の中継」。そこに映る自分の醜態を消そうと躍起になればなるほど、聖剣の輝きは失われ、逆にアルディスの形相は獣のようにひどく歪んでいく。
一方、ゼノスの街。 巨大な投影を見上げる民衆の間に、冷ややかな、そして恐ろしい沈黙が広がっていた。
「……おい、見たかよ。勇者様、自分のことを『主役』だってさ」
「『どいつもこいつも俺の踏み台になれ』って、本気で言ってたぞ……」
「それに、レインのやつ……。楽園みたいな場所で、聖女様を侍らせて何してやがるんだ?」
民衆の視線が、憧憬から蔑みへと変わる。だが、森の奥へ一人で突き進んだアルディスには、もうその声すら届かない。
「……はは、そうだ。俺を誰だと思っている……。勇者だぞ……! 俺が黒と言えば、白だって黒になるんだッ!」
アルディスは懐から、禁忌とされる『魔力ブースト剤』を取り出し、一気に飲み干した。 血管が浮き上がり、どす黒い魔力が聖剣を包む。
「レイン……ッ! 貴様さえ、貴様さえいなければ、俺はまた輝けるんだッ!!」
狂乱したアルディスは、もはや王国騎士団のことすら忘れ、ただ憎悪に突き動かされて境界線の「壁」を殴り、蹴り、無理やりその身をねじ込もうとしていた。
一方、座標NULL(レインの庭)。
「……レイン様。あちらの勇者様、ずいぶんと顔を真っ赤にしてこちらに向かってきています。一人で、随分と必死なご様子ですね」
膝枕をしていたアリスが、管理ウィンドウの端を指さしてクスクスと笑う。
「一人か……。まあ、あんな映像を見せられた後じゃ、誰もついてこないだろうな」
レインはリンゴをかじり終えると、ふう、と小さく息を吐いた。
「せっかく庭が綺麗に整ってきたんだ。あんな『バグの塊』に踏み荒らされたら、せっかく植えた花が台無しになるな」
「そうですね。……では、レイン様。先ほど調整してくださった『新しい農具』、さっそく試させていただいてもよろしいでしょうか?」
アリスが立ち上がり、庭の隅に置かれていた一本の鍬を手に取る。 見た目は、どこにでもある古びた農具だ。
「ああ。……アリス、ちょうどそこらへんの土が固くなってる。あいつが境界線を越えた瞬間に、軽く『耕して』やってくれ」
「はい、レイン様。……不法侵入者は、土壌の肥やしにもなりませんから」
アリスが鼻歌を歌いながら、庭の入り口へと歩いていく。その手にある『土壌整理用デリート・プラウ』が、黄金色の管理魔力を帯びて静かに脈動を始めた。
その時、森の深部。
「殺してやる……殺してやるぞレインッ!」
血走った目で叫びながら、アルディスがついに座標NULLの境界を突破し、レインの庭へと転がり込んだ。
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