追放されたレイン、イベントを修正せよ
夜明け前、空はまだ灰色だった。
森を抜けた先に、小さな街が見える。
交易路の中継点。
本来は、勇者パーティが最初に立ち寄るはずの拠点だ。
……つまり、これから“イベントが壊れる”場所でもある。
「ここも、手を入れてなかったな」
自然と呟く。少しだけ胸がざわつく。
かつてこの街で、勇者アルディスが活躍する姿を想像した日々を思い出す。
今はもう、その勇者はいない。
街道沿いに立つ看板は、文字が潰れて読めない。
NPCの配置も雑だ。人口密度が足りず、活気がない。
テストプレイの途中で放置した証拠。
《警告:イベントフラグ未成立》
《進行不能エラーが検出されました》
「やっぱりか……」
口元を歪める。悔しい気持ちが混ざった。
本来なら、アルディスがここで盗賊団を撃退し、住民の信頼を得るはずだったのに。
だが――もう、勇者はいない。
正確には、“想定通りに動く勇者”はいない。
「代替処理を入れるしかないか」
深呼吸して、気持ちを切り替える。
感情に任せても、世界は直せない。
指先で、空中のログを開く。
【イベント:街道の安全確保】
【実行者:未設定】
しばし考えてから、条件を書き換えた。
【実行者条件:脅威を排除できる存在】
これでいい。誰がやっても、成立する。
孤独感が胸を締め付ける。
――でも、気にしても仕方ない。
街道の向こうから、足音が近づいてきた。
「……ん?」
二人組だ。
装備は粗末だが、警戒の仕方は慣れている。
傭兵か、冒険者。たぶん、低ランク。
「おい、あんた。一人で森から出てきたのか?」
男が声をかけてくる。
女のほうは、剣に手を添えたままこちらを見ていた。
「危ないぞ。この辺り、最近魔物が増えてる」
増えてる、じゃない。仕様が壊れているのだ。
説明する気もない。心の奥で、冷たい笑みが浮かぶ。
「忠告、どうも」
それだけ言って、街道を進もうとすると、地面が揺れた。
《エネミー接近》
《イベント用エンカウントが強制発生します》
「あー……」
最悪のタイミングだ。心の中で舌打ちする。
地面を突き破って現れたのは、本来このエリアに出るはずのない大型魔獣。
明らかに、ステータス設定ミス。
「チッ、なんだよあれ!」
傭兵の男が舌打ちする。
女は一瞬で判断し、後退した。――正しい反応だ。
普通なら、勝てない。
「逃げろ」
短く言う。胸の奥で、責任感と孤独感が交錯する。
「は?」
「街の方へ。こいつは――」
俺が処理する。
そう続ける前に、魔獣が咆哮した。
音圧で、空気が震える。心臓が跳ねる。
「くそっ!」
二人は街へ向かって走り出した。それでいい。
俺は立ち止まる。
孤独に、世界と向き合うために。
【エネミー:グラウンドイーター】
【脅威度:B】
【推奨討伐人数:5】
「……過剰だな」
心の中で小さく呟く。誰に聞かせるわけでもない。
遠慮する理由はない。
【ステータス上書き】
【攻撃判定:簡易化】
【耐久値:下方修正】
魔獣の動きが、露骨に鈍った。
「処理開始」
拾った石を投げる。
当たりどころは、首の付け根。
そこは、テクスチャの継ぎ目だ。
――崩壊。
巨体が、砂のように崩れ落ちた。
《イベント成立》
《街道の安全が確保されました》
「……はい、完了」
深く息を吐く。
静寂が戻る。
遅れて、街の方から人影が集まってきた。
さっきの傭兵二人も、その中にいる。
「お、お前……」
信じられないものを見る目。
その視線を受けながら、俺は思う。
やっぱり、この世界は――修正する方が、ずっと楽だ。
孤独だけど、自由だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




