規格外の再設定(デバッグ)――ただの枝でも、俺が望めば概念武装だ
「……アリス。正直に言う。パーティにいた頃の俺は、君を『人間』として正しく認識できていなかった」
俺の言葉に、アリスは伏せがちだった瞳をゆっくりと上げた。
「アルディスが、君に強力な【認識阻害】をかけていたんだ。君を人間ではなく、ただの『自律型魔力ポーション』だと、俺たちの脳に誤認させていた……」
だから、当時の俺は、アルディスの後ろでボロ布を被って俯く彼女を、ただの重い『荷物』だとしか思わなかった。自分の権限がロックされていたとはいえ、見抜けなかったことが悔やまれる。
「いいんです、レイン様。……私はただの『予備』。誰の記憶にも残らないのが、私の仕様でしたから」
アリスが自嘲気味に微笑む。その「仕様」という言葉が、俺の胸を刺した。
「そんな悲しい仕様、俺が今ここでデリートしてやる」
俺はアリスの前に立ち、空中に管理ウィンドウを展開した。アリスのステータスは、勇者たちの身勝手な負荷によって真っ赤なエラーを吐き出している。
《管理者権限:リミッター解除》
《個体名:アリス――全デバフを消去し、最適化を実行》
俺がウィンドウをスワイプした瞬間、アリスを縛っていた黒い呪いのようなオーラが霧散した。代わりに、彼女の体内から溢れ出したのは、神々しいまでの純白の魔力だ。
「……あ、あったかい。レイン様、私……体が、すごく軽いです……!」
「仕上げだ。アリス、これを持て」
俺は足元に落ちていた、何の変哲もない「ただの木の枝」を拾い上げ、即興でコードを書き換える。
【アイテム:デバッグ・ロッド(仮)】
【ランク:測定不能(世界理外)】
【効果:触れた対象のバグ(敵対判定)を物理的に消去(消滅)させる】
「レイン様、これは……?」
「試しに、そこの『バグで暴走した岩』を叩いてみてくれ」
アリスがおずおずと、木の枝で巨大な岩に触れる。 ――直後。 爆音も衝撃もなく、数トンはあろうかという岩が、まるで最初から存在しなかったかのように、サラサラの光の塵となって消滅した。
「……えっ? あ、あの……消え、ました……?」
「ああ。今の君なら、世界を滅ぼす魔王だろうが、その枝一本で『修正(削除)』できる」
アリスのボロボロだった法衣が、俺の権限譲渡によって白銀のドレスへと変化した。背中には、かつて引き剥がされた傷跡を覆うように、透明な光の翼が羽ばたいている。
アリスは、杖を胸に抱きしめ、深く、深く頭を下げた。
「……レイン様。私を……『アリス』にしてくれて、ありがとうございます」
一方、その頃。勇者アルディスは、街道で顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「おい、セシリア! 回復が遅いぞ! 何をもたもたしている!」
「な、何よ! 私のせいじゃないわ! 魔力が……全然足りないのよ! いつもなら勝手に補充されるはずなのに!」
メイン聖女のセシリアが、必死の形相で叫び返す。 アルディスたちはまだ気づいていない。
自分たちの「無敵」を支えていたのは、自分たちの才能などではなく、レインが裏で行っていた『環境調整』と、アリスから搾取していた『無限の魔力』だったということに。
そして今、その両方が、彼らの手の届かない【座標:NULL】へと消えたことを。
「クソッ……! あの予備の女、どこへ行きやがった! 探し出せ! 捕まえて、また馬車に繋ぎ止めてやる!」
アルディスの怒号が森に響くが、その体は、自分でも気づかぬうちに、ただの「レベルの高い一般人」程度まで弱体化していた。
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