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離宮を出ると、ルーズベルトは真っ先に国王の部屋に向かった。
爆発は早朝。ユセフの部屋の担当だった衛兵が爆発物を所持していたために起きたものだと推測されている。衛兵は全員死亡。ユセフは要塞のような扉の造りに守られて無傷で済んだ。
問題は、誰が仕掛けたかというところだった。誰かが衛兵を騙したか、買収したというところだろうが、ルーズベルトには見当もつかない。
(アベル殿下とカイン・シュナイゼルは部屋に居た。そもそも衛兵が彼らにそのような話を振られてうなずくとも思えない。ほかの候補者の部屋についている衛兵に聞いても不審な動きはなかったというし……もちろん、アベル殿下やカイン・シュナイゼルが部屋から出てうろついていたという目撃情報もない。衛兵が謀反を起こしたという可能性も低い。ではどのタイミングで、誰が……)
考えながら歩いていたルーズベルトが国王の部屋の前までやってくると、控えていた衛兵が頭を下げて扉を開ける。
「国王陛下、状況報告にまいりました」
「……遅い」
どの部屋よりもうんと広く豪奢な内装のその部屋の真ん中で、国王であるシリウス・ユースタント・リーズバングが、ゆったりとソファに腰かけていた。
早朝であるために着替えてもいない。急ぎ起きて報告を待っていたのだろう。御年六十になる国王は長年の重責からか、まとう雰囲気は誰よりも重たく荘厳である。
ルーズベルトは背を伸ばし、早足でシリウスの元に向かった。
「お待たせいたしました。ユセフ殿下は無傷です。ご安心ください。また、犯人は衛兵で、爆発物を所持して自爆覚悟で仕掛けたと思われます。誰かに買収されたのか、誰かの指示があったのかは現在調査中です」
「ユセフは精霊が守るだろう。無事なのは当然だ。……あの二人はどうだった。怪しい動きはなかったか」
「はい。アベル殿下とカイン・シュナイゼルにも不審な動きはなかったと調べがついています。先ほども念のため部屋の確認に行きましたが、アベル殿下は寝ており、カイン・シュナイゼルは爆発に怯えて部屋で待機していました」
「アベルはともかく、もう一人は名を出すな、不愉快だ」
シリウスはかつての最愛の王妃、リリディアナのことを思い出したのか、一気に顔をしかめた。
「まったく、目障りな二人が揃ったものだな。アベルはシンシアの目には絶対に触れさせるなよ。また気が狂ってはかなわん」
「はい、承知しております。アベル殿下が離宮に居ることすら妃殿下には伝えておりません。もちろん今後も接触させることはいたしませんのでご安心ください」
ルーズベルトが頭を垂れると、シリウスは深く息を吐く。何かを整理するような仕草にも見えた。
「……ほかに爆発物がないかを調査しろ。衛兵にも聴取を。候補者たちにも目を光らせておけ」
「承知いたしました」
「もう良い、下がれ」
ルーズベルトは再び頭を下げ、無駄なく王の部屋を立ち去る。その道中もルーズベルトは、どのような手段で実行されたのか、そればかりを考えていた。
自身の書斎に戻ろうと足を進めていたルーズベルトだったが、途中でピタリと足を止める。爆発の処理をしていた使用人たちが行き交う中で、ルーズベルトだけが取り残されたかのように動かなかった。
――候補者が離宮に来てからほんの二週間程度。目撃者は居ない。今回の事件は候補者とは関係がないとも思えるが、もし目撃されずに移動できる手段があるとすれば……。
ルーズベルトは少しばかり考えて、視線をゆるりと持ち上げる。
通気口があった。確かこの通気口は換気用にと張り巡らされており、人が入れるほどには広い。
(……いや、まさか)
立ち止まっていたルーズベルトは、次には弾かれたように早足で書斎に向かう。
通気口は複雑だ。しかし王宮の設計図を見たら繋がりはすぐに理解できる。その設計図を持っているのはルーズベルトだが、ルーズベルトは誰かに設計図を漏らすような下手は打たない。
いや、打っていないはずだ。
自身の書斎に戻ると、ルーズベルトは一番に天井を見上げた。通気口がある。確認してすぐ、今度は設計図が入っている引き出しを開けた。
多重解除式の鍵は、玄人にも開けるのは難しい。しかしルーズベルトは鍵を持っているから難なく開けることができた。
引き出しの中にはいくつかの鍵と、重要書類が入れられている。書類の並びは変わっておらず、間違いなくすべてが揃っていた。
(……考えすぎか……? いや、通気口は、構造を理解していなくても、人目につかないように移動するには有効だ。利用された可能性は大いにある。しかしそれで人目につかないように衛兵に交渉をしたとして、『自爆しろ』という内容を衛兵が素直に受けるとも考え難い。それに、そんな接触があったなら誰かに報告をしているはずだ)
買収をされたとしても、自分の命には代えがたいだろう。
考えていたルーズベルトは、書斎の椅子に深く腰掛けた。
「……買収されるような隙があるか、亡くなった衛兵の身辺の調査も必要か。聴取の中で、衛兵に不審な動きがなかったかも気になるところだな」
「アントン閣下! アントン閣下はいらっしゃいますか!」
静かな書斎に突然、ドンドン! と激しく扉を叩く音が響く。
「ただちにお耳に入れたいことが……!」
「騒がしい、静かにしなさい。何があったのですか」
「は、はい。失礼いたしました。その、アントン閣下が今回の件で衛兵に聴取を実施されると聞いて、急ぎ耳に入れたいことが」
「入りなさい」
ルーズベルトが身を引くと、書斎に入ったのは二人の衛兵だった。一人は胸についたバッヂの色からして班長なのだろう。もう一人は顔を真っ青にしてうつむいているが、一緒に居るということはおそらくこの班長の班員なのだと分かる。
「報告をしてください」
「はい。本日、別の班の班員より、私の班員であるアッシュ・ドロスが、離宮にて気を失っていたと報告を受けました。先ほど目を覚ましましたので状況を聞いたところ、何者かに襲撃を受けたと」
「……本当ですか」
ルーズベルトの目が、班長の隣に立つアッシュに向けられる。
「はい。私はその時間帯、リドニス・ベルグ様の部屋の警備をしておりました。すると、上から異国の文字が書かれた紙が降ってきたので、それを班長に報告しようと、その時間帯王宮警備をしていた班長の元に紙を持って向かいました。……その道中、背後から首を絞められ、気がつけば気を失っておりました」
「……紙? その、異国の文字が書かれているという紙はどこに?」
「それが……起きたらどこにもなく……ここに来る前、私が気を失った場所も見に行ったのですが、そこにも落ちていませんでした」
ルーズベルトは少しばかり考え、やがて「分かりました」と言葉を続ける。
「ここに、その異国の文字がどんな文字だったか書けますか」
ルーズベルトが紙とペンを差し出すと、アッシュは迷いながらもペンを進める。
迷いがあるため線は揺れていた。右側と左側に、文字のような図形のようなものが分けて書かれていく。
「おそらく、このような……すみません、気絶していた影響か、あまり自信はなく……」
「充分です。この件で、ほかに報告はありますか」
「いえ。自分が言えることはここまでです」
「ちなみに、あなたが気を失っていたところはどこでしょうか」
「は、はい……離宮の裏口付近です。そこで、背後から襲われました」
「報告は分かりました。あなたたちも、事態の収拾につとめなさい」
ルーズベルトの言葉に姿勢よく頭を下げ、二人は書斎を後にした。
二人が出て行ってすぐ、ルーズベルトは再び多重解除式の鍵を開ける。設計図を取り出して、離宮の裏口付近を探した。
「……通気口がある」
裏口付近にひとつ。そのまま設計図を指でなぞり、ルーズベルトは今度、リドニスの部屋のあたり――衛兵が「上から紙が降ってきた」と言っていた場所に指先を置いた。
「ここにもある」
確かにひとつ。
「……つまり今朝、何者かが通気口に居た。そこで誤って紙を落としたが、それは重要な紙だったから取り戻さなければならなかった。そこでアッシュ・ドロスが巻き込まれた……その後、ユセフ殿下の部屋の前で爆発が起きる……」
確かに奇妙な動きではあるが、通気口に誰かが居たとしても、爆発が起きた要因にはならない。
「何が起きているんだ……」
ルーズベルトは険しい表情を浮かべ、深いため息を吐き出した。
この、一週間後のことだった。
精霊祭のリハーサルの中。もっとも人が集まっている時間帯に、エヴァリーチェ大聖堂が爆破され、崩れ去ったのは。




