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虚構の戴冠  作者: 長野智
第1章

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8/29

 とある朝、ルーズベルトは離宮を訪れていた。


 目的の部屋にまっすぐに向かう。目当ての一室をノックするが、返事はなかった。


「アベル殿下。アベル殿下、おりますか」


 返事を待たず不躾に扉を開けると、シーツを首元までかぶり、ルーズベルトに背を向けて眠っているアベルが見えた。


 どうやら寝ているようだ。熟睡しているのか、ルーズベルトがやってきたことには気付いていない。しかし、ベッドに対して狭そうなあの体格と、背を向けていても分かる黒髪は間違いなくアベルである。


 ルーズベルトは少しばかり間を置いたが、すぐにそっと扉を閉めた。


 ルーズベルトが立ち去ると、アベルはすぐに体を起こした。どうやら狸寝入りはバレなかったらしい。どうせあっちに行っているんだろうなと、そう予想をしてアベルはさっそく隠し通路に潜り込んだ。


「カイン様、おりますか」


「え、あ、はい、おはようございます……」


 思った通りである。カインの部屋の床下までやってきたアベルの耳に、ルーズベルトの声が聞こえた。


「起きておりましたか。まだ早朝ですが」


「あの……大きな音が、したので……」


「……ええ、厨房で事故があったのです。ちょうどそれを伝えにまいりました。ご不安になられていないか心配でしたので」


「そう、ですか……ありがとうございます」


「いえ。……今朝は、ずっと部屋にいらっしゃいましたか?」


「も、もちろんです。ここに来てから、外には、出ていません……指示があるまで出るなと、そう言われたので」


「ええ、そう言いました。そうですか。分かりました。早朝に失礼いたしました」


 パタン、と扉が閉まる音。アベルは一度念のため自身の部屋に戻ったが、ルーズベルトが再度部屋を訪れないことを確認し、再びカインの部屋に戻る。


 床を持ち上げると、「やはり来たか」と言わんばかりの顔でカインが待っていた。先ほどまで被っていた「気弱な青年」の仮面はどこにも見当たらない。


「なんか、汚くないですか。どうしてそんなに土にまみれて……穴でも掘ってきたんですか?」


「言うに事欠いてそれか。……こっちはいろいろあって大変だったんだよ。そもそも、おまえが『大聖堂からは最短で部屋に戻れ』とか言ってたから慌てて戻ったんだろうが」


「そうですね。爆発が起きれば、手段など関係なく真っ先に疑われるのは王家に恨みを持つ僕たちです。現に、すぐにアントン閣下が来ました」


「俺の部屋にも来た。汚れてんのがバレないように、狸寝入りで誤魔化したが……そうじゃなく、もっと詳細を語れと言ってるんだよ。あの『爆』って書かれた紙が起爆剤だとか、爆発が合図だとか、爆発が起きるからルーズベルトが部屋に来るとか、言えることは多くあっただろ。言葉が足りないと無駄に焦るんだよこっちは」


 うんざりしたようにいつもの木製の椅子に腰かけるアベルを見届けて、カインはゆったりと腕を組む。


「あなたも聞きませんでした。情報不足の中で動いても本当にうまくいくのか、僕のことを試したんじゃないですか?」


「……お互い様だろ。情報を与えない中でも、俺が自分の指示通りに動くのかを見たかったんじゃないのか」


 二人とも引くことなく、視線ばかりがぶつかり合う。


「……それで、依代は大聖堂に貼れたんですか」


「貼った、死角にな。そっちこそ、あの爆発の位置……狙ったのはユセフの部屋か」


「はい。王家は第二王子を大切にしていますから、王家への宣戦布告として仕掛けるにはもってこいです。おそらく第二王子は死んでいないのでしょうが……後継争いという土台がありますから、第二王子が狙われたところで誰も不思議には思いません。誰が仕掛けたのか、今頃関係者は推測に忙しいでしょうね」


「その中で俺たちが一番に疑われたが、関係ないみたいな態度で部屋に居た上に、大それたことが出来るような繋がりもないだろうと判断されて、犯人から除外された確率が高いと」


「おそらく」


 アベルは数度うなずき、口を開く。


「次は大聖堂の爆破か。その件に関して、俺の出る幕はこれ以上はなさそうだな。候補者の動きでも見ておくか」


「ひとつ成功させたので、少しだけご褒美をあげてもいいですよ」


「なんでおまえが飼い主みたいな立ち位置なんだ。俺が利用してやってんだよ」


「はいはい、額を出してください」


 悪態をつきながらも、アベルはおとなしく前髪を退けた。すると開けたそこに、カインが依代を押し付ける。出会った頃にもやっていた、カインいわくの「呪いの所有者を見る」ときと同じ動きである。


 少しして依代をアベルの額から離すと、カインは訝し気に眉を寄せる。


「なんだよ」


「……あなたの中に、心臓がありません」


「…………はぁ?」


「おそらくそれこそが呪いでしょう。あなたが死ぬためには、心臓の在り処を探す必要があります。それ以上は分かりませんでした。父は力を使う際、術を複雑に組む傾向にあります。ひも解くのは至難です。とりあえず今、現段階で分かるのはそこまでですね」


「なんだそれ……ちなみに、解呪方法は父親にしか分からないのか」


「そうですね。通常の場合、術を組むときにその中に解呪方法も刻みます。父がどこかに残しているか、あるいは父が一般的な術式のキーワードを解呪に入れていた場合は解呪が可能です」


 アベルは何気なく、自身の胸に手を置いた。そういえば意識したことはなかったが……改めて手を置いてみても、確かに心臓の音がしない。


「……なるほど。分かった。ありがとう」


 なんとなく自分が死ねない理由に納得をしたアベルだったが、次にはぽかんと口を開けて動きを止めるカインの間抜け面が気になって「だからなんだよ」とうんざりと問いかけた。


「いえ……あなた、お礼とか言えるんですね」


 なんて緊張感がないのかと、アベルはそう思ったが、あえて口に出すことはなく、肩を落とすにとどめた。


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