表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構の戴冠  作者: 長野智
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/26

 アベルがすべての部屋の位置、その他の間取りを教えると、カインは自身の耳で把握していた距離感と照合し始めたのか、しばらく図を見ていた。そして一人で何かに納得をして、部屋にかけられた時計を見上げたかと思えば、次には『耳』と書かれた依代を自身の耳に押し当てる。


「どうした」


「ああ、やっぱり、交代時間です。少し待ってください。この衛兵が今どこの担当なのか、移動の歩数で把握します」


 アベルにはまったく分からなかった。距離感、歩数、そんなもので本当に分かるのかと疑わしく思いながらも、カインの目が真剣であるために何かを言うこともできない。


 カインは小さく数字を数え始めた。時折「ここですれ違う」「複数の足音」「遠くから聞こえる」とつぶやきながら、図を見て一人でうなずいている。何かが繋がっているらしい。


 三十分後――大きなあくびを漏らしたアベルを前に、ようやくカインが耳から依代を離した。


「おおよそ理解しました。ローテーションは国王の部屋から考えて、王妃、第二王子、大聖堂、離宮、という流れで回っているようです。今この衛兵が居るのは大聖堂なので、そのあと離宮の警備に回るとして……そうですね、実際に動くのは五日後の午前にしましょうか」


「……なぜ」


「この衛兵が次に第二王子の部屋の警備につくのがその時間だからです」


「……何が関係あるんだよ」


「そのうち分かりますよ。あなたにはやってほしいことがあるので、今から言う手順を覚えてください。失敗すれば、あなたは処刑されるでしょう。ああ、死なないので大丈夫ですかね」


「いい性格してるなほんと……はぁ。分かった。残念ながら俺は一回で覚えられるからな、処刑はされない。期待するな」


 それは残念。そんなことを言いながら、カインは複数枚の依代を取り出した。


     *


「んで、俺が動く担当かよ……まぁあいつ運動神経悪そうだしな、気持ちは分かるが……」


 五日後の早朝。アベルは指定された時間になると、部屋の扉から堂々と外に出た。


 付近に衛兵の姿はない。アベルはひと気のない廊下を静かに進む。


 おおよその衛兵の位置は伝えられている。カインがアベルに嘘の情報を伝えていなければ、アベルは衛兵に会わずにエヴァリーチェ大聖堂にたどり着けるだろう。


(どこまで信じられるか、この機会に見てやってもいい)


 アベルの部屋の、カイン側ではない隣はイズリコ・サイエンの部屋となる。イズリコの部屋の前には衛兵が二名。しかし衛兵が現れる角を曲がる直前で、アベルは壁の高い位置にある通気口に手を伸ばした。


 ここからはアベルの領域だ。アベルは王宮の間取りを完全に把握している。


(信じられるのはやっぱり足と経験だよなぁ。俺の育ちの悪さがここに来ておおいに役立つとは)


 通気口の中に入り蓋を戻すと、アベルはさっそく王宮内の図を広げた。それは、やけに独自的に書き換えられた、王宮の設計図だった。


『へえ、あなた、やけに王宮に詳しいと思ったら……そんなものまで持っていたんですね』


 カインの意外そうな顔を思い出す。


 目を丸くするその表情は、普段のカインよりも幾分幼く見えた。


『俺の情報は足で調べたと言っただろ。俺が動き回ると騒がれるから、通気口の散歩をしてたんだよ。もちろん、離宮も王宮もな。そうしたらルーズベルトの書斎にたどり着いてな。あー、分かるか、ルーズベルト・アントン。この国の宰相で、国王の右腕だ。そいつの書斎で、なんか面白いものはないかと探していたら見つけた』


『……まず、厳重な管理がされていなかったんですか。そしてそれ、持ってきてしまって大丈夫ですか』


『鍵はかかってたぞ。だけどまぁ、俺はストリート育ちで行儀が悪いから、鍵をこじ開けるのは得意なんだ。多重解除式で二日くらい時間はかかったが……あとこれは原本じゃない。俺が書き写したものだ。よく見ろ、簡略化されてるだろ』


 カインはその図を見下ろすと、言うに事を欠いて「本当だ、あなたにしか分からない意味不明な図ですね」と馬鹿にしているのか褒めているのか分からない言葉を返した。


 ともあれ、これなら落としたとしても誰も王宮の設計図であると分からないだろう。


 アベルはそれを見ながら、慎重に通気口を進む。目指すのは正反対の出口である。そこから出ると、王宮の正面庭園に出ることが出来る。離宮の内外には衛兵が多いため通気口を選んだが、正面庭園には衛兵は居ない。そのため庭園に出てからは身を潜めながら大聖堂へと向かう算段だ。


 通気口の網目が見えた。天井を進んでいたアベルが網目から下をそっと見ると、衛兵が二人立っている。ちょうど候補者の部屋の前のようだ。イズリコやジルデオの部屋を通過する通気口を選んでいないため、おそらくリドニスの部屋だろう。しばらく進んだと思っていたが、無事衛兵に見つからずに離宮の中腹までたどり着いていたらしい。


 衛兵は静かだ。だからこそアベルは音を立てないよう、衣擦れさえ気を付けて動いていたのだが。


 その網目を通過しようと真上に差し掛かったところで、はらりと、アベルのポケットから紙が落ちた。


『これを、大聖堂の目立たない場所……絶対にバレない場所に貼り付けてください』


 そう言ってカインがアベルに渡した、人型の依代だった。全部で五枚ほどあったのだが、そのうちの一枚が抜けたようだ。


 落ちたのは網目の上。アベルはそれが下に落ちないよう、そっと掴もうと手を伸ばす。


 しかし。


「何か物音がしないか」


 突然の衛兵の言葉に、アベルの手がぎくりと揺れた。


 その拍子に指先が依代に触れ、網目の隙間から依代がするりと抜ける。


「……ん? なにか落ちてきたぞ」


「なんだこれは。……外国の文字が書かれた……紙か?」


「なぜ上から……」


 依代を拾った衛兵は、落ちてきた通気口を見上げる。


「……引っかかっていたのが落ちてきたのかもしれないな。一応怪しいものだし、班長に渡してくる」


「ああ。もうすぐ次の持ち場だから早く戻れよ」


「分かってる」


 衛兵の会話を聞きながら、見つからないようにと網目を避けた体勢だったアベルは、静かに焦っていた。


(まずい……一枚なくなったところで支障はないが、あれが相手に渡るのはリスクが高すぎる……回収が必要だ)


 けれども、アベルには時間もない。カインから一番口酸っぱく言われたのは「時間厳守」だ。


『あなたが時間を間違えると、すべての計画が狂います。いいですか、絶対に衛兵の配置換えの時間には、エヴァリーチェ大聖堂の付近に居てください。大聖堂には専属の衛兵が数名居ますが、配置換えで新しい衛兵が来ると、必ず点呼を取るために一か所に集まります。その一分程度の隙をついて中に侵入しなければ、チャンスは二度と訪れません』


 カインはその言葉を、アベルに複数回伝えていた。それほど重要であるということだ。


 先ほど衛兵が「もうすぐ次の持ち場」と言っていたから、あと少しで移動が始まるのだろう。


(くそ……あの衛兵、班長に渡しに行くと言っていたな)


 このチームの班長は誰なのかを知らないため、アベルは素直にあの衛兵を追いかけるしかない。


 しかし動きづらい通気口と廊下を歩く衛兵ではスピードが違うから追いつけるはずもない。そうなると先読みをしたいものだが。


(離宮内の衛兵の出入りは基本的に裏口からだけだったはず……班長が離宮内の衛兵の中に居ないなら、裏口で待てばいいが……)


 班長が離宮内に居る可能性を切り捨てるのか。そうは思うも、迷っている時間はない。アベルは動きながら考える。通気口をたどれば、裏口への先回りは可能だ。一か八か。裏口付近の通気口にやってきたアベルは、衛兵が通りがかったらすぐに降りられるよう、網目に手をかけて待っていた。通気口は幸いにも天井にある。ここなら衛兵の動きもよく見えるだろう。


(頼む、来てくれ……)


 目を閉じてひたすら待つ。すると少しして、足音が聞こえた。これはあの衛兵の足音だろうか。緊張しながら網目から下を注視していたアベルの視界に、歩いてきた衛兵の頭が映る。そして一瞬、衛兵の手にあの依代が見えた。


 音を立てないように蓋を外し、身軽に下に降りた。一瞬で周囲を確認したが、衛兵の姿はない。しかし離宮を出た先には衛兵が二名居るため、依代を持った衛兵がそこに行くまでに処理しなければならないだろう。


 アベルは衛兵の背後から物音を立てないよう忍び寄り、素早い手つきで頸動脈を絞める。騒がないようにと口も押さえ、容赦のない力を込めた。


 すると、一瞬驚いたように暴れた衛兵だったが、すぐに体から力が抜けた。


 依代を回収したアベルは、再び天井から通気口に戻った。その数秒後、裏口に立っていた衛兵二人が、出入り口付近で気絶している衛兵に気がついたようだ。


「おい、どうした! 大丈夫か!」


「体調不良か? これから持ち場移動があるが……」


「……遅れるわけにはいかないからな。仕方ない、急ぎで班長を呼んでくる。先に移動を始めてくれ」


 すでに通気口内の移動を始めていたアベルの耳に、小さくそんな会話が聞こえた。


(……もう持ち場移動が始まるのか)


 ここから目的の出口まで、おおよそ十分。しかし出口から無事正面庭園に出られたところで、持ち場移動中の衛兵の目が正面庭園にも広がることになる。


 十数分後――アベルが思った通り、正面庭園には持ち場移動中の衛兵が複数歩いていた。


(全員が背を向けたときを狙って、ひとまず外に出るしかない。そこからは植え込みに身を隠しながら……しかし、大聖堂に向かう衛兵よりも早く移動しないといけないのか)


 次のことを考えながら、アベルは衛兵が背を向けたタイミングで通気口から飛び降りた。すぐに近くの植え込みに身を隠す。


(あいつらの近くを抜けないといけないが……確か衛兵は順路通りに、少し回り道をして大聖堂に向かうはずだ。それなら、身を隠さず庭園の真ん中を突っ切れば先に大聖堂に着くことはできる)


 まさにハイリスク・ハイリターンの作戦である。もう少ししっかりとカインから衛兵の動きを聞いておくべきだったか。


 衛兵は順路通りに進み、アベルに背を向けて離れたところに向かっている。それを見送り、アベルは身をかがめたまま正面庭園に姿を見せた。


 足は速いほうだ。今は何も考えず、直線距離で大聖堂に向かう必要がある。とはいえずっと姿を出したままというのはリスクが高いため、アベルは時折植え込みに身を隠しては周囲を窺っていた。


 その時間もあってか、アベルが大聖堂についたのは、ちょうど大聖堂の衛兵たちが点呼を取っているときだった。


 休む間もない。見つからないようにとなんとか大聖堂の裏に回り込み、窓から転がり込むように中に侵入する。


 直後、衛兵が持ち場に着くためか、大聖堂に入ってきたようだった。アベルは焦りながらも音を立てないよう、なんとか室内ホールに入る。


「はぁー……いけた……」


 ようやく一息。もう少し余裕を持って動けるはずだったが……無事侵入まで出来た安堵から、アベルの体の力も抜ける。


 ホール内に衛兵は居ない。そもそも大聖堂の室内ホールは決められた者しか入ることが許されていないのだ。


 アベルは深呼吸を繰り返し、カインの指示通りに死角に依代を貼り付けていく。依代には東洋の文字で『爆』と書かれていた。


 五枚の依代をすべて貼り付けると、アベルは扉付近に座り込んだ。


『あなたが所定の時間に大聖堂に侵入できている前提で僕も動きます。大聖堂の室内ホールの外周を歩く二人の衛兵が、室内ホールの扉からもっとも離れたときに合図を出すので、その隙に外に出てください。もし僕の計算が狂っていたら、室内ホールの扉から近いところで合図が出るかもしれませんが』


 果たして、その合図とやらは何なのか。そもそも、その合図で衛兵の目を抜けられるのか。アベルは詳細を教えられていない。


 ひとまず落ち着けるために衛兵の足音に耳を傾けていたが、アベルには室内ホールの外周を歩いている衛兵がどの位置に居るのかまったく分からなかった。


(あいつを百%信じないと出られないということか……)


 この作戦がアベルを犠牲にすることで成り立つ場合、カインは合図を寄越さないだろう。だからアベルには詳細を教えなかったのかもしれない。


 試すつもりで作戦に乗ってはみたが……貧乏くじを引いていた場合のことも考える必要がある。


 しかしひとまず合図を待つため、アベルはしばらく扉付近で息をひそめていた。


 いくらが経った頃だろうか。


 静かな大聖堂では時の流れが遅く、すでに一時間が経ったようにも思えるし、まだ数十分しか経っていないようにも思える。少なくとも、そろそろ自分で脱出を考えなければと、アベルが思考を始めた頃だった。


 突然、どこかから空を裂くような爆発音が聞こえた。


 地が微かに揺れる。外の衛兵たちが、慌てたようにその場から離れる足音がした。


(合図……って、爆発かよ……!)


 アベルはそのチャンスを逃すことなく、室内ホールからそっと廊下に出た。外には衛兵は居なかった。遠くから「王宮が燃えてるぞ!」「おい、嘘だろ」と焦った様子の声が複数聞こえるから、ある程度の数の衛兵が様子を見に集まっているのかもしれない。


 アベルは立ち止まることなく、正面にあった窓から大聖堂の外に出る。


 植え込みを進み、ようやく王宮が見える位置に来たとき、確かに王宮の一角が燃えているのが見えた。


(あの位置、確かユセフの部屋だ……まさか……)


『……そうですね、実際に動くのは五日後の午前にしましょうか』


『……なぜ』


『この衛兵が次に第二王子の部屋の警備につくのがその時間だからです』


 カインの言葉を思い出す。


 アベルが、カインの指示でとある衛兵に忍ばせた依代は二枚。一枚は『耳』と書かれており、それはカインが持つ『耳』と書かれたもう一枚の紙と繋がっている、音を拾うためのものだと言っていた。もう一枚は『爆』。これの意味は分からなかったが……。


「はは、やりやがった……最高だな」


 アベルは身を隠して呆然と燃え盛る王宮を見上げながら、乾いた笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ