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虚構の戴冠  作者: 長野智
第1章

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 ガコン! とアベルが隠し通路の床を押し上げると、カインはすでにアベルを待つようにベッドに腰かけていた。


 アベルが突然訪れても驚く様子はない。最初のような猫を被ることもなく、じっとアベルの動きを見守るだけである。


「……待つくらいならおまえがこっち来てもいいんだぞ……」


 小さな穴から出てきたアベルは、自身の服に着いた埃を払いながら、いつもの古びた椅子に座る。


「嫌ですよ。歩くならともなく……こう、飛び降りるとか、這い上がるとか、そういう動作は苦手なので」


「飛び降りるったって、この穴から隠し通路に降りるぐらいのことだろ……ってもおまえ、なんか運動神経悪そうだもんな。まあいいわ」


 心底馬鹿にしたような目に腹立たしさを覚えなくもないが、カインは懸命にも何も言わなかった。ここで何かを言ったところで、カインの分が悪いことは明らかだ。カインは負け試合をしたくない性分である。


「じゃあ俺から報告でもしようか」


 ひと呼吸置くと、アベルはくしゃくしゃになった紙を自身の手元で広げた。


「集められた俺たちとユセフを除く四名の情報だ。情報筋はこの王宮の人間だから、間違いはないと思うぞ」


「……あなたが聞いて、素直にこの王宮の人間が喋ったんですか? 僕には不思議でなりませんが」


「俺がもともと持っていた情報と、あとは動き回って噂話を集めてきただけだ。俺が聞いて話す奴が居るわけないだろ」


 アベルはさっそく、メモの一番上の名前を読み上げる。


「まず、リドニス・ベルグ。三十歳。婚姻ナシ。経緯は知らないが、唯一ユセフに会える立場にあるらしい。おそらくユセフと手を組むだろうな。恐ろしくユセフに傾倒している男だ。そして、こいつ自身の能力も、王宮内では高く評価されている。それこそ、ユセフの次に国王にと望まれているほどらしい。優秀な男だそうだ。今回の候補者たちの中で、一番警戒したほうが良いだろうな。この男のネットワークは分からない」


 カインの反応を待つこともなく、アベルは続ける。


「次、サクリス・ウィッドニー。二十五歳。婚姻ナシ。幼い頃から一人の女にベタ惚れで、ずっと追い回してるらしい。相手はレイティア・ベルマン。ベルマン侯爵家のご令嬢だ。ウィッドニーからの求婚から逃げ続け、今は『花嫁修業をしたいから』とかなんとか言って、王宮で使用人として働いていると。ウィッドニーは伯爵家だからベルマン侯爵家は断っても良さそうなものだが……厄介なことに、国王の血を引くサクリスの後見人として、ラングラン公爵が立った。国王になる可能性でも見出したのか、利用する目的であるのは確かだな。それが厄介でベルマン侯爵家はウィッドニーを無碍にも出来ない。まあ、ラングラン公爵家は四大公爵家のひとつだから仕方がないが……ほかの候補者にも言えるが、おそらく候補者の後見人となった貴族が、自分たちの駒を王にしたいがために、ユセフがこのまま王となることに反対でもしたんだろう。だから王家はこの後継争いで、その不満の声を一掃したいと」


「……ああ、体裁上後継者を決めるという大義名分で厄介者を集めて、あとは内部で勝手に殺し合ってもらおうということですか。なるほどそれなら、王家は手を汚さなくて済みますし、候補者が死んでしまえば反対している貴族も『仕方がない』としか言えませんね」


 カインは呆れたようにため息をついた。


「次、ジルデオ・サイエンとイズリコ・サイエンだな。ジルデオが二十三、イズリコが二十の歳だ。この二人は兄弟で、ジルデオの後見人としてアズーロ公爵がついている。イズリコも一緒に来たのは……おそらく、ジルデオを補佐するためか。まあ、イズリコは家でも冷遇されていたようだから、その命を賭してジルデオを守れとでも言われているのかもな。とはいえ、リドニス・ベルグ以外の三人に対して言えるのは、随分無能が集まったということだ。そういう奴らの後見人に立ったほうが扱いやすいから分からんでもないが……可哀そうなもんだよ」


「……あなた、全体的に報告を省略していませんか」


「したよ。聞くか? たとえば、リドニスが三十まで結婚していないのは男色だからだと言われているとか、ジルデオのコンプレックスはイズリコとは正反対の醜い容姿だ、とか。サクリスは五歳の頃に当時十歳のレイティア嬢にひと目惚れして、それからずっと二十年間追いかけ続けてはフラれ続けてるとか……要らないだろ」


「要りません」


「だろ。俺も言いたくない。あとは読め」


 うんざりとした顔で、アベルはくしゃくしゃのメモをカインに突き出す。


 少しばかり突き出されたメモを見ていたカインだったが、差し出されたためになんとなく受け取った。


「ま、一週間で裏付けまで取れたのはそこまでだな。今のところ、候補者はみんなこの離宮に居るが、俺たちの部屋からは離れているし会うこともない。ちょっと様子を見に行ってはみたが、ウィッドニーは相変わらず王宮で働くレイティア嬢を追い回してるし、サイエン兄の部屋からは、兄が弟を罵る声しか聞こえない。ベルグはやたら王宮に通っていてほとんど離宮に居ないから何の情報もない。まったく緊張感がなくて困るよ。これから殺されるってのに」


「そうですね。まあ、最後にいつもと変わらない生活を送れるのは、最大の幸せでしょう」


「……そうだ、あと精霊祭について。この精霊祭で、候補者たちの顔合わせを目論んでいるらしいぞ。当然、国王と王妃が参加する式典だから、俺とおまえは呼ばれてないが」


「エヴァリーチェ大聖堂でおこなわれるあれですか。この国の安寧を願うための、平和の式典でしたっけ」


 少し考える素振りを見せたカインは、おもむろに「あなた、王宮の敷地内の建物配置に詳しいですか?」とアベルに問いかけた。


「間取りまで詳しいけど、なんだよ」


「エバリーチェ大聖堂がどのあたりにあるか分かりますか。この部屋からの位置を教えてください」


「この部屋からは一番離れたところにある。えっと……」


 一度カインに渡したメモを奪い取ると、アベルはそれを裏に向けて、図を描き始めた。


 真ん中に王宮を描くと、左側の少し離れたところに離宮を描き、そしてその反対側、王宮の右側に「大聖堂」と文字を入れる。


「なるほど……このまま、僕の報告をします」


 ニヤリと笑うその顔に、アベルはまるで面白いものを見つけた子どものような笑みを浮かべた。


「調査したところ、僕とあなたを除く、各候補者の部屋についている衛兵は二名。離宮と王宮、大聖堂の衛兵はローテーションで回っています。国王と王妃、第二王子、大聖堂の衛兵は特に手厚く、王族の部屋には二名にプラスして複数名の衛兵がランダムに歩き、大聖堂は専属の衛兵もプラスされて、外の出入り口に二名、室内ホールの出入り口に二名、室内ホールの外周廊下を二名がそれぞれ反対周りに歩いています。一日の勤務時間は十六時間。八時間ごとに約三十分かけて次の持ち場に一斉に移動します。休憩はありません。勤務後は一日休暇が与えられ、そしてまた十六時間の勤務。これが続けられています」


「……おまえ、それどうやって調べたんだよ。それこそ、おまえが聞いて素直に答えてくれたわけじゃないだろ」


「まあ……あなたが足で情報を得たのなら、僕は耳というべきですかね」


「……耳? もしかして、『衛兵に忍ばせろ』とか言ってた人型の紙が関係あるのか」


「相変わらず察しが良くて助かります」


 一週間前。アベルはカインから「どの衛兵にでも良いので、これを衛兵のどこか見つからない場所に忍ばせてください」と紙を受け取った。人型のそれは二枚あり、それぞれに『耳』と『爆』という文字が書かれていた。アベルがそのとき「なんだよこれ」と聞いてもカインは答えなかったのだが……アベルはひとまず、その辺りにいる衛兵にトイレへの案内を頼み、道中で尻ポケットにそれを忍ばせた。もちろん、衛兵が尻ポケットに意識を向けないよう声をかけたが、アベルが「一度死んでいる」という噂が出回っているのか過度に怯えられ、すぐに逃げられてしまった。


「……あれは依代です。僕の力を込めています。あれを媒介として、僕が持っているもう一方の『耳』に繋がるようになっているんです」


 カインはポケットから、アベルが一週間前に渡された人型の紙と酷似したものを取り出した。そこにも『耳』と書かれている。


「……力? それは、父親が使った『呪い』と似た力か」


「そうですが……正しくは違います。僕のは応用しているだけなので。ご存じの通り父は陰陽師の一族で、僕は父の力を継いでいます。そして、僕は復讐のために、父以上にこの力を伸ばしてきました」


「父親以上? 何ができる」


 カインはすぐに答えることなく、探るような目をアベルに向ける。アベルは眉を揺らしてそれに答えた。


「……複雑なことです。知識のない人に説明をしても理解できないでしょうが……たとえば、地獄を顕現できます」


「……地獄とはなんだ」


「日本の価値観ですよ。だから理解できないと言ったでしょう」


 呆れたようにため息を吐いて、カインは続ける。


「簡単に言えば、相手を一瞬で殺すこともできます」


「……それを使えば復讐はすぐに終わるんじゃないのか? なぜやろうとしない。国王や第二王子に使えば、国は一気に大混乱だ」


 カインが持っていた『耳』と書かれた紙を取り上げると、アベルは興味もなさそうにそれを眺める。裏と表を何度も見比べて、ここから何か聞こえるかを確認するように耳に押し当てていた。


「一瞬で終わらせたくないからですよ。一瞬の死の中には、苦しみも後悔もありませんからね。……少しずつ崩して、この国にも王家にも、どうにもならない絶望がどんなものか教えたくて」


「……分からんでもないな」


 ひと通り紙を確認したアベルは、そのまま紙をカインに差し出す。


「さっき言っていた情報は、これで衛兵の会話を聞くことで知ったのか」


「あなた……興味がないなら最初から聞かないでもらえませんか。まぁいいですけど……ちなみに、王宮の衛兵は優秀なので無駄話はしませんよ。その依代から細かな情報は得られません」


 じゃあどうやって分かったんだよ、と、アベルはじっとりと目を細めてカインを見ている。


「足音と物音です。これでおおよその勤務形態と、距離感が掴めました。ただ僕は王宮内の間取りと建物配置には詳しくありませんから、どこが誰の部屋なのかまでは定かではなく、どこが大聖堂なのかも不明でした。これから僕の頭にある距離感と間取りを照合したいので、あなたが知っている、王族と、各候補者の部屋の位置を教えてもらえますか。大聖堂は先ほど分かったので不要です」


 カインはそう言いながら、先ほどアベルが書いた図を二人の間に差し出した。

 しかしアベルはカインを見て動かない。何かを考えているかのような表情を、カインは上目に見て首をかしげる。


「何ですか?」


「父親以上だっていうなら、俺の呪いの解き方も分かるんじゃないのか」


 カインは少しばかり間を置いたが、はっと短く息を吐いた。


「残念ながら分かりません。基本的に、その力を行使した人物にしか解呪は不可能なんです。なのでその呪いの根本なら僕でも分かるかもしれませんが、解呪は期待しないほうがいいですよ」


「……最初、俺がおまえの父親に呪われていることが分かっただろ。そのときにその呪いの根本とやらを見たってことか」


「違います。あれは依代を使って、あなたに本当に呪いがかけられているのか、またその呪いの所有者を確認しただけです。所有者は父でしたから、僕はあなたの話を信じました」


 アベルはぎゅっと眉を寄せ、訝し気な表情で「そうか」と残念そうにつぶやいた。


「分かった。俺はこの呪いが何なのかもよく分かっていない。ただ、呪いのせいで死ねないんだ。どういう条件でこうなっているのかも知りたい。呪いの根本が分かれば、条件も分かるか」


「……ええ、おそらくですが」


「ならいい。今度でいいから、俺の呪いも見てくれよ。俺はそろそろ死にたいんだ。この人生でもう数回死んだ。けど生きてる……十歳の頃、死に損なったあのときから、死にたくてたまらない」


 アベルの言葉をしっかりと聞いたカインは、その上で、差し出した紙をひらりと揺らした。


「僕に協力することが第一条件です。具体的に、誰がどの部屋に居るのかを教えてください」


 相変わらずのカインの様子に、アベルの肩からも力が抜けた。

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