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虚構の戴冠  作者: 長野智
第5章

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 拘束されたリドニスは、拘束されているにもかかわらず、存外丁寧に独房に入れられた。


 その独房に入れられるのは王宮で重罪を犯した者だけであり、ここ百年近くは「独房」としては使われていなかったからか、衛兵はそこが本来の用途で使用されるということにやや緊張していた。


 石造りのそこは、重たい扉を開けると数段の階段がある。その数段を下りてすぐ、広めの牢ががらんと広がっていた。


「ここで一旦お待ちください。今、ブレーミー大法官を呼んでいますので」


「おれはやっていない」


 後ろ手に縛られているリドニスは、牢の中に入れられてゆるりと振り返る。


 格子で区切られた牢からは、牢の外に立つ衛兵の姿がよく見えた。衛兵も戸惑っているようだ。


「……みんな信じられない気持ちなのは同じです。ただ、あまりに目撃者が多く、そしてあなたが剣を手にしていたので……」


「おれは嵌められた。アベル殿下がやったんだ」


「……そう思いたい気持ちは分かります。失礼します」


 衛兵は軽く頭を下げ、ぎこちない仕草で独房を出て行った。


 衛兵が居なくなると、途端にそこは静まり返る。リドニスはぐるりと牢を見回して、諦めたように座り込んだ。


 そこは牢だというのに、本がいくつか積まれていた。リドニスは読まないような本だ。小さめだがベッドもある。マットレスやシーツは随分傷んでいた。不思議と生活感があるそこは、独房として機能しなかった百年近くの間はずっと「幽閉棟」と呼ばれていた。十五年前に最後の住人が居なくなって以来そのままである。


「ユセフ殿下は無事だろうか……」


 アベルはユセフを殺そうとしている。だからこそリドニスを嵌めたのだ。


 リドニスの目が届かない今、ユセフが危険である。


「リドニス・ベルグ様」


 ギイィ、と古びた音を立てて、外と繋がる重たい扉が開かれた。


 入ってきたのは瘦せこけた初老の男だった。リドニスはその男をよく知っている。罪人を裁くときには必ず立ち会う男で、その見た目や雰囲気から、一部の間では「死神」と呼ばれている。


 司法の最高位に居るその男、バドル・ブレーミーは、くぼんだ目元を長い髪の毛で隠しながら、うっそりとリドニスへと目を向けた。


「……ここに来たのは随分久しぶりです。まさか、ほかでもないあなたを裁くことになるとは」


 バドルは笑うこともなく、牢の前にやってくる。


「あなたは国王を殺しました。多くの国民がその罪の目撃者です。間違いないですね」


「……おれは殺していません」


「状況証拠だけでも、あなたは国王を殺しています。今更『殺していない』という言葉だけでその罪が覆るとは思っても居ないでしょう」


 バドルの言葉に、リドニスは目を伏せる。


「そう、あなたは賢い方です。だからこそ無駄な言い訳をせず、ここで私に許しも請いません。……正直、わたしはあなたが国王を殺したとは思っていません。何者かに嵌められたのでしょう。ユセフ殿下の友人であり、国王となるにふさわしいと言われるあなたが、自らその評判を落とすなどしないのでしょうから」


 リドニスは動かない。そんな横顔を見ながら、バドルはスッと目を細める。


「あなたは知っていたのですね、ご自身が王へと推されていると」


「……ええ、知っていましたよ。馬鹿馬鹿しい、王となるのはユセフ殿下です」


「そうです。しかしユセフ殿下は王の器ではありません。彼は傀儡、そしてあなたが真の王にと期待されていました」


 バドルの薄い唇が、歪に弧を描く。


「……よくご存じでしょう。シリウス陛下もそれを望んでおられました。表の王として精霊に愛されたユセフ殿下を立たせ、裏ではあなたが国を動かす。ユセフ殿下に忠義を誓っているあなただからこそ、陛下も信頼しておられた」


「ユセフ殿下のお力になれるのなら、おれはなんでも良かったですよ。周囲がどう思っていようと関係ありませんでしたから」


「内部の事情を知る者は、今回のあなたの行動を見てこう思ったでしょう。権力が欲しくなり、手段を選ばず国王を殺したと」


 石造りの独房にバドルの言葉が跳ね返る。反響したそれは、静かに余韻を残して消えた。


「本題です。わたしはあなたを裁きません。なぜなら、王を失ったこの国で、次代の王にと期待されているあなたを裁くなど、そのような愚かなことはできないからです。あなたを裁けば国が滅びる。あなたは、国王を殺して玉座を奪った者として指をさされながら、王となるのです」


 リドニスの伏せていた目が、鋭い色を持ってバドルを射抜いた。


「……おれは王にはならない。王となるのは、清廉潔白なユセフ殿下だ。あの方こそ王にふさわしい」


「それでも良いでしょう。ただし政治を握るのはあなたです」


 ピクリと、リドニスの眉が揺れた。不快な仕草だ。


「とはいえ、あなたをすぐに出すことはできません。国民の間で不信感が高まっているからです。なので後日、事態の収拾のため、次代の王として表に立つユセフ殿下が国民へ初めてお顔を出し、これからはユセフ殿下が精霊と共に王となることを宣言します。あなたが出られるのはそのあとです」


「……犯人が誰かというところには興味がないと」


「真実などどうでも良いのです。必要であれば黒幕を仕立て上げましょう。そしてあなたが王になる。その未来だけを覚えておいてください。わたしがここに来たのはそれを伝えるため、そしてわたしが正しく動いているのだと王宮の者に知らせるためのパフォーマンスです。王宮の者には、この筋書きを伝えておりませんから」


 ゆっくりと言い終えると、バドルはくるりと背を向ける。


 リドニスは止めなかった。ただバドルの背を睨みつけ、その重たい扉がしっかりと閉まるそのときまで目をそらさなかった。

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