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虚構の戴冠  作者: 長野智
第5章

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 ――処刑が実施される、少し前。


 アベルは気絶したリドニスの腕を肩に回し、その足を引きずりながら堂々と王宮内を歩いていた。


 今は衛兵の服を着ているから、アベルであるとバレることもない。髪も帽子の中に隠している。周囲は処刑の準備に忙しく、一衛兵の動きなどよく見てもいなかった。


 たまに「何があったんですか」と気絶したリドニスに驚いて声をかける者もいるが、「体調が優れないそうなので部屋に」と告げれば心配そうにしながらも納得して立ち去っていった。


(ったく、毎回危ない橋渡らせやがって……)


 とはいえ、こんな動きをカインができるはずもない。たとえカインが処刑対象じゃなかったとしても任せられなかっただろう。


(結局、公印は不要でも職印は必要になって取りに行かされたし……)


 昨日の作戦会議から今日まで、かなり無理をさせられたものだ。


「あ、すみません」


 アベルが声をかけると、一度通り過ぎた衛兵が振り向いた。


「これ、本日の配置だそうです。変更になったから周知するようにと少し前に班長から受け取ったのですが、リドニス・ベルグ様の介抱をしたいので、お願いできますか」


「……ああ、配置」


 アベルが渡した書類には確かに職印が押されている。内容をじっと読んだ衛兵は、次にはアベルに目を向けた。


「これでは応接間の警備が薄くなるが……これは、誰から?」


「第一班のラクラン班長です。自分も違和感があったのですが、すぐに処刑場の準備に行かれてしまって……」


「そうか、ラクランさんは確かに処刑場の設置で忙しいな……なるほど。ベルグ様は大丈夫なのか?」


 衛兵の目は今度、ぐったりとしたリドニスに移る。


「はい。気分が悪いそうで……正直、早く横にしてあげたほうが良いとは思います。医師の手配はしていますので」


「そうか。分かった。これは俺から周知しておく。悪いな、俺も忙しくて、本当は手伝えたら良かったんだが……」


「大丈夫です。そちらをお願いします」


 衛兵がくるりと背を向け、アベルが作成した配置変更の伝達書を持って立ち去った。


 アベルは見送ることなく足を進める。


 処刑まであと一時間。少しでも遅れたら、カインの命はない。


(あいつは少し、俺を信用しすぎじゃないか……?)


 最初は警戒心も高く、読めない印象だったものだが。


 アベルは、リドニスを人通りの少ない通路へと連れた。そしてポケットに入れていた「耳」と書かれた依代を取り出す。


「三十秒後だ」


 依代に伝えて、アベルは再びリドニスの腕を肩に回した。すぐに人通りの少ない通路を出る。


 バルコニーに繋がる小さな応接間はすぐそこだった。やはり国王が来る場所だからか、人が多く行き交っている。


 そんな中、アベルがリドニスを引きずりながらそちらに向かっていると、遠くから爆発音が聞こえた。


 少し前にリドニスを気絶させた場所の近くに仕掛けておいた依代だ。しかし大聖堂の爆破よりも大きなものではない。


 衛兵はほとんどが爆発の場所へ向かった。残った衛兵もほかの爆発物がないかを探している。準備をしていた者たちも混乱しながら、しかし国民が集まっているために準備の手を止めるわけにもいかない。


 その隙に、アベルはリドニスを、バルコニーに繋がる応接間へと連れ込んだ。


 バルコニー付近のカーテンの中に二人で隠れる。ここのカーテンは装飾であり、開かれることもない。量もあるから、隠れるには充分である。


(……このあと、新しく設定した配置変更の移動のために応接間の中から人が居なくなる。そのタイミングでこいつを立たせて毒を打ち、手に剣を固定して刺したら逃げるだけだ)


 時間にして一分。中から人は消えるが、怪しまれないようにと外には衛兵を多く設置した。異変に気付いて入ってくるのは一瞬だろう。一度も確認できていないこの応接間の暖炉から、果たしてスムーズに逃げられるだろうか。


「ぐっ……」


 ピクリと、リドニスの瞼が揺れた。


 覚醒しようとしているのか。アベルは注意深く様子を見ていたが、リドニスは結局目を開けなかった。


 それからいくらほど経ったのか。息を潜めていたアベルの耳に、やけに響く足音が届く。


「陛下、こちらが本日の段取りでございます」


「……私はアレの首が飛んだのを見たらすぐに戻る。段取りなど不要だ」


 差し出された紙を、国王は受け取らなかったようだ。


 その足音はアベルの横を通過し、バルコニーへ出た。国民の歓声が聞こえる。想定以上に人が集まっているようだ。それほど、リリディアナは国民の反感を買っていたということか。


 アベルは壁にもたれていた体を正し、リドニスの姿勢を整える。


「それでは陛下、これよりカイン・シュナイゼルが参ります」


「ああ。早くやれ」


 付き人が下がる。アベルの横を通り抜け、応接間を出て行った。


 ひとつ、ふたつ、足音が出て行く。


 先ほどまでの歓声とは違うざわめきが聞こえた。カインが出てきたのだろうか。


 最後の足音と共に扉が閉められる音がした瞬間、アベルはリドニスを引きずり出した。


 ベルマン家の毒をリドニスの腰に打つ。一度毒を飲んだことのあるリドニスには効き難い可能性もあるが、そこは願うしかなかった。


 神経毒でリドニスの筋肉が一気に硬直した。アベルはすぐにリドニスの手に剣を結び付けて固定し、硬直によって自立するリドニスを国王の背後に連れる。


 あと三十秒。


 太陽の光が眩しかったのか、リドニスが目を開けた。


 リドニスの手に、アベルの手が添えられている。


「……これは……?」


 ぼんやりとする思考の中、国王の背中が見えた。国王はバルコニーの下に夢中でリドニスに気付かない。


 国民の声。バルコニーに国王。状況を見て、カインの処刑があることを思い出す。


 それではどうして、自分がこちら側に立っているのか。


「よお、ユセフの厄介な犬」


 リドニスの剣が、アベルの誘導により国王を貫いた。


 心臓の裏側を一突き。国王は振り向きもしない。


 リドニスの目が、自身の腰元にしゃがんでいる存在に向けられる。


「おまえも、これで退場だ」


 アベルは笑い、そしてすぐにどこかに消えた。


 悲鳴が聞こえる。リドニスに貫かれた国王は、ふらりと揺れてバルコニーから落下した。


 リドニスが事態を理解したのは、自身が背後から衛兵に取り押さえられてからだった。

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