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虚構の戴冠  作者: 長野智
第4章

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 ユセフの耳にカインの公開処刑が決定したと届いたのは、国王が命令を出した翌日のことだった。


 報告に来たリドニスの胸倉を掴み、珍しく怒った表情を浮かべている。


「どうしてカインくんを殺す! リドが何かを言ったのか!」


「言っておりません。落ち着いてください」


 振り払うようにリドニスから手を離すと、ユセフは行き場のない感情を込めて応接室の壁を叩きつけた。


「お父様は兄さんとカインくんを殺したいだけだろう……! そんなの殺人と変わらない!」


「……先日、ウィッドニーとベルマン令嬢が心中しておりました。その件も焦りに繋がったのかもしれません」


「……なんだって?」


 声を震わせながら、ユセフはゆっくりと振り返る。


「ウィッドニーとベルマン令嬢が亡くなりました」


「……なぜ」


「分かりません。離宮のウィッドニーの部屋で、ティータイムでも過ごしていたのか、二人はテーブルに座って亡くなっていたそうです。おそらく心中だろうと言われていますが」


 表情に驚愕を浮かべ、引きつる笑みを浮かべたユセフがハッと息を吐く。


「救えなかったのか……死んで、しまったのか……」


「……殿下、候補者同士が殺し合うというのはどうしても避けられません。すべてを救えるわけがないのです」


「分かってる。分かってるけど……それでも、願うくらいはいいだろう。誰にも死んでほしくないんだよ。誰が王になったっていい。こんな馬鹿げたことで命を落とす必要なんかない。ルーズベルトだって、こんなことがなかったら生きていたはずだろ……」


 目を泳がせながら、ユセフは悔しそうに眉を寄せた。


「つまりお父様は、候補者が死んだことで焦って、手っ取り早くカインくんを消そうと……いよいよ手段も選ばなくなったのか。一国の王が、国民の処刑命令を出すとは……」


「ユセフ殿下……お気持ち、お察しいたしますが」


「嘘だな、リド。精霊が笑っている。……おまえも、何かをしているね」


 きゅっと、リドニスは唇を引き結んだ。


 ユセフの目がまっすぐにリドニスに向けられている。リドニスは目をそらさない。


「……精霊は何も言わない。誰がどうしようと、私に何かがない限りはどうでもいいらしい。だけど……リド、私は君を信じてもいいのかな」


「……もちろんです、ユセフ殿下。おれはあなたのために生きると誓い、これからもあなたの正義に従います」


 精霊の気配はリドニスには分からない。けれど時折ユセフの目がどこかに向けられるから、おそらく近くには居るのだろう。


 リドニスもユセフの視線を追ってみるが、やはりユセフには何も見えなかった。


「リド、私はカインくんを殺させない。何もしていない彼がここで処刑されるなんてあってはならないからだ。処刑の日程は?」


「明日の午後と聞いております。公開処刑とのことで、国民にも昨日の時点で情報を流しているそうです」


「公開……? どうしてそんな……」


「基本的に陛下は、アントン閣下というブレインが居なければ暴走する節があります。陛下に苦言を呈することが出来るのもアントン閣下だけでしたから……そして、カイン・シュナイゼルを早く消してしまいたいという私情が一番大きいのでしょう」


 ユセフは何かを考えながら、室内を歩き始める。落ち着いていられないのだろう。


 国王はユセフの言うことなど聞かないから、ユセフが「中止にしろ」と言っても無駄だと分かっている。それではどうすればこの公開処刑というイベントが回避されるのか。


「ユセフ殿下、まさか、止められるおつもりですか」


「当たり前だ。このまま罪のない国民が理不尽に処刑されるのを見ていろと言うのか……?」


「カイン・シュナイゼルはアントン閣下を殺したかもしれないんですよ」


「あくまでも憶測だ。それに、もし本当にルーズベルトを殺していたとして、それで公開処刑なんかされないといけないのか。カインくんにだって、そうしなければならなかった理由があったかもしれないだろ? すべてを決めつけて、自分の正しさを振りかざして相手を押さえつけるやり方は私はしたくない」


 ユセフは変わらない。


 リドニスが知る限り、ずっとまっすぐで清廉潔白だ。そんなユセフがリドニスには眩しく誇らしく、そして同じほど憎らしく思えるときもあった。


 綺麗なだけでは王にはなれない。


 だからこそ、その綺麗さをユセフが捨てないのであれば、その部分はリドニスが補わなければならないだろう。


「……分かりました。おれもあなたに協力します」


「ありがとう、リド。私はすぐに国民に間違いであったと伝え……」


 動き出そうとしたユセフを、リドニスが素早く捕まえた。


 ユセフが驚く間もなく、リドニスはユセフの腕を縛り上げる。解けないようにしっかりと、そして動けないようにソファの脚にも紐が絡んでいた。


「リド……?」


「すみません、ユセフ殿下。おれは、あなたに王となってほしいのです」


 リドニスは次に、ユセフが喋れないようにと口に布をかませる。


「精霊様、おれはユセフ殿下に危害を加えません。おれの行動を見ていたら分かるはずです。おれはユセフ殿下に王になってほしいだけです。すべてが終われば殿下は解放いたします。ですからどうか、俺の邪魔をせず、殿下もこのままにお願いいたします。本日の処刑が終われば、すぐに戻りますので」


「ん、んぐ!」


 本日という言葉に反応したユセフだったが、縛られた紐がソファの脚に絡んでいて立ち上がることも出来ない。


 精霊は了承したのか、ユセフを助けることはしなかった。ここは無理に出さないほうが安全であると判断したのかもしれない。あるいは、リドニスのこれまでの行動を見て、ユセフに危害を加えることはないと理解が出来ているのか。


 リドニスは最後に「すみません」と言葉を残し、静かに部屋を出た。


 ユセフへの報告を遅らせたのはわざとだ。絶対に止めると言いだすことは分かっていた。しかしこの処刑を止めるわけにはいかない。リドニスからすれば、カインも消しておくべき対象である。


 ユセフが王となる上で、一パーセントでも危険な可能性のあるものはすべて排除しておきたかった。


(アベル殿下も危険だ。……あの人はどこか、普通じゃない)


 サクリスにアベルを排除させる作戦は失敗してしまったから、もうリドニスが手を下してもいい。アベルは消すべきだ。そんなことを思いながら、リドニスは国王への報告のため王宮を歩いていた。


 公開処刑の準備で王宮も騒がしい。バルコニーは国王が出られるようにと準備が進み、国民もほどよく集まってきているからか、整備にも人が割かれていた。だからこそ、隙が生まれたのかもしれない。


 ちょうど角を曲がったところだった。


 リドニスの背後に、何かが降った。


 その気配に気付き、リドニスはすぐに振り返る。黒い何かが見えたところで背後に回られ、近くの部屋に引きずり込まれた。


 首が絞まる。酸素が奪われ、数秒後には、リドニスの意識は奪われていた。

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