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ルーズベルト・アントンが死んだ。
その情報は、すぐに国王――シリウスの耳にも届いた。
書斎に居たシリウスは、ルーズベルトの秘書からその事実を聞き、デスクの上で拳を震わせる。
「……ユセフとリドニスは無事か」
「はい。ユセフ殿下もリドニス・ベルグ様も、現在は安全に過ごされております」
「……まさか、ルーズベルトが狙われるとは……」
国王から見ても、ルーズベルトは頭が切れる男だった。だからこそ邪魔だと何者かに判断されたのかもしれない。
深いため息を吐くシリウスを前に、気まずそうに秘書の男が口を開く。
「陛下、実は、もう一件ご報告があります」
鋭い目が、秘書を見上げた。
「後継候補者であったサクリス・ウィッドニー様および、王宮にて使用人として勤めておりましたレイティア・ベルマン令嬢が、先ほど、離宮のサクリス・ウィッドニー様の部屋で亡くなっているのが発見されました。毒を飲んだ心中と思われます。飲んだ毒はベルマン家の毒草から抽出できるもので、ティーパーティーでリドニス・ベルグ様に使用されたものと同一です」
「……あの二人は。あの……疫病神のような二人はどうしている」
「……お二人とも、ご健在です」
秘書が言葉を言い終えるよりも早く、シリウスは握りしめた拳でデスクを強く叩きつけた。
「なぜあの二人が生きている! 真っ先に殺されると思っていたというのに……! このまま残られても厄介だ。すぐに処刑しろ!」
「……で、ですが、国民を無意味に処刑するなど……」
「罪などでっち上げれば良い! そうだ、あいつはリリディアナの子として処刑しよう。国民も国を捨てたリリディアナに良い印象を持っていない。当時も国を捨てた王妃など見つけて殺せと、一部の過激派が言っていたからな。そして今は、国を乗っ取ろうとして王宮に忍び込んだのだと言って殺せばいい。公開処刑だ。そうすれば国民も、シンシアも安心するだろう」
サクリスが死んだことは、シリウスにとっては僥倖である。あとの候補者たちも順調に死んでくれたら良いのだが、カインとアベルだけは早めに死んでくれなければ気持ちがまったく落ち着かない。
ルーズベルトというシリウスの右腕も殺された。ルーズベルトが簡単に殺されるはずもないため、ルーズベルトを上回る切れ者が居たということである。
その事実に、シリウスはどうしても焦りを隠せない。
「国民に伝達しろ。リリディアナの子が王宮に忍び込んでいた、王宮を乗っ取ろうとしていたために公開処刑を実施するとな」
「は、はい! ただちに!」
秘書の男は怯えたように、書斎から慌てて出て行った。
「まったく……シンシアも不安定な状態だというのに……」
現王妃、シンシアは、「アベルが候補者として離宮に居る」という噂を耳にしてからずっと部屋に引きこもっている。
たまに出て来てもシリウスとは目も合わせず、怯えるばかりだった。最近では顔色も悪く、口癖のように「すみません」と繰り返す。見るたびに痩せおり、シリウスはますます心配していた。
いったい誰がアベルの噂など流したのか。シリウスは頭が痛くなってくるのを感じながら、再び深くため息を吐きだした。
バン! と、ノックもなくカインの部屋に入ってきたのは、知らない男だった。
カインは怯えたように、上目に男を見上げる。
「カイン・シュナイゼル。明日、おまえの公開処刑が決まった」
「え……ぼ、僕のですか……」
「逃げることは考えるな。この離宮は衛兵が監視しているからな」
男は結局名乗ることもなく、言いたいことだけを伝えて乱暴に扉を閉めた。
「公開処刑ということは、国民を集めるということか……」
まさかこちらがリスクを冒さずとも、国王からアクションを起こしてくれるとは思ってもみなかった。
すぐにアベルに伝えなければ。そう思って隠し通路に手をかけようとしたのだが、カインが隠し通路の取っ手に触れる直前、そこは下から開かれた。
「よお、聞いてたぞ」
「……あなた、本当にタイミングがいいですね」
カインは呆れたように告げ、いつものようにベッドに腰かけた。
隠し通路から顔を出したアベルもそこから身軽に出ると、木製の椅子に座る。
「公開処刑レベルのことがこのスピード感で決まるということは、国王が言い出したってことだな。ルーズベルトが死に、サクリス・ウィッドニーが殺されたことも耳に入ったか……そのうち、ジルデオ・サイエンが死んだって聞けば発狂するんじゃないか?」
「さらに僕たちが二人とも生きている状況ですから余計でしょう。国王の算段では、僕たちは一番に殺される予定だったのでしょうから」
カインは落ち着いた様子で笑みを漏らす。
「まあどちらにせよ好機です。国王自ら国民を集めバルコニーに出てくれるそうなので、あなたに依頼した公印の入手は不要になりました」
「ああ、そのようだな。まあ面白いことも分かったから、今回公印のためにまた通気口を散歩したのは意味があったよ」
アベルは上機嫌に背もたれに深くもたれる。
カインは何かを考えながら、王宮を詳細まで把握しているであろうアベルに問いかけた。
「……バルコニーに通じている部屋には、通気口はありますかね」
「バルコニーの前には小さな応接間があったが、そこに通気口はない。ただ、設計図を見るに、位置的に暖炉がある。暖炉がある場合基本的にはその付近の通気口は暖炉の煙突とぶち当たらないように回り道しているんだが、その小さな応接間に設置された暖炉には煙突が二本あるようだ。基本的に二本目の煙突は使わないのか普段はダンパーが閉められているが、開ければそこから侵入は可能だな」
「……その口ぶりだと、煙突が二本ある暖炉は別の部屋にもあるんですね」
「ああ、ある。ちなみに、煙突が一本の場合は掃除が簡単だから通気口とは繋がっていないんだが、煙突が二本の場合は、脇にそれた二本目の煙突は通気口と繋がっていた。普段はダンパーが閉まっているが、おそらく掃除のためについているんだろう。バルコニー手前の応接間の暖炉に二本目の煙突があったのはラッキーだったな」
「つまり、そこから出入りが可能……ただ、当日は国王が居ることで目が多いことが懸念点ですね」
カインは一度言葉を切って思考すると、短く息を吸い込んだ。これまでになく悩ましい顔をしている。
「……僕、通気口とか入れる自信ないんですよね……」
「だろうな。おそらく煙突を上ることも、二本目の煙突へのダンパーまでたどり着くことも出来ないと思うぞ。おまえ、腕力なさそうだしな」
「当日、国王を殺すのはあなたに任せます」
「……まあ、おまえは公開処刑の対象者だからな。おそらく国民の前に晒されているんだろうよ」
アベルはすっかり呆れた様子だ。
「どうせ今回も『説明した手順を一回でも間違えれば死ぬ』とか言うんだろう」
「言います。ただし今回は、あなたが間違えれば僕も死にます」
だから一回で覚えてくださいねと、そう言って、カインはあまり見せない晴れやかな笑みを浮かべた。




