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「……ルーズベルト、俺に聞きたいことがあるんじゃないのか」
馬車への道中、意趣返しでもしてやろうかと、出てきたのはそんな言葉だった。
前を歩くルーズベルトは少し黙っていた。聞き方を迷っているのだろうか。しかしこのルーズベルトという男、国王以外にはなんら興味はなく、なかなか残酷で無慈悲な男であるから、その聞き方の迷いも決してアベルを思ってのことでないのは間違いない。
せっかく話題を提供してやったのに、結局ルーズベルトが反応をしたのは、馬車の扉を開けた頃だった。
「十五年前、あなたは野犬に食われて死にました。なぜ生きておられるのですか?」
一度動きを止めたアベルが、馬車に手をついた。その仕草に何を思ったのか、ルーズベルトの手が馬車から離れる。
「はは、おかしなこと言うんだな、ルーズベルト。俺は生きてるだろ?」
「いいえ、あなたは死にました。十歳の幼いあなたが確かに息絶えていることを、ほかの誰でもない私が確認したのですから」
重たい沈黙が落ちる。少しばかり二人は睨み合っていたが、やがてアベルが馬車に乗ることでその時間は終わった。
「そうか、俺は死んでたか。じゃあここに居る俺は、ルーズベルトの知る俺じゃないかもな」
「……何を馬鹿げたことを」
アベルのことを王子として迎えに来たくせに、ルーズベルトはなんと同じ馬車に乗り込んだ。アベルが計り知れないために監視でもしたいのだろう。そんな緊張感の高まるルーズベルトの斜向かいで、アベルはマイペースに車窓から外を眺め、早々に寛いでいた。
「そういや後継者を正式に決めると言っていたが、どうせユセフが王になるんだろ? 時間の無駄じゃないか」
「……陛下は、平等に決められたいとのことです」
「ハッ、俺相手に繕う必要なんかあんのかよ。言わなくても分かる。……リーズバング王国は精霊と共に生きて、精霊を最も重んじてる。ユセフはその精霊が唯一愛した人間だ。王にしないわけがない。後継者をわざわざ集めて改めて次代の王を決める必要なんかないだろって言ってんだよ」
ルーズベルトはその推測をどう思っているのか、じっとアベルを見るばかりである。
しばらく二人は見合っていたが、折れたのはアベルだった。
「国王の懐刀であるルーズベルトが俺を迎えに来たところを見ると、俺は絶対に逃せないような結構重要なポジションか? ……そうだな。次代の王はユセフに決まっているが、その上で形式上後継者候補を集めたのが『後継争いと称して殺す』ためだった場合は重要になるが……」
ここで言い訳のひとつでもしたら良いものを。黙るルーズベルトを前に、アベルは退屈そうに短い息を吐く。
ルーズベルトはその立場から、曲者の扱いには慣れている。それならばここで肯定のような沈黙を置くのはあえてということか。
(相変わらずこいつとの会話、つまらねぇ……)
ルーズベルトは必要以上にしゃべらない。昔からそうだ。幼いアベルが何かを聞いても、必要がなければ平気で無視をする男である。まああの頃のアベルは目に見えて迫害され幽閉もされていたために、そのような態度でも仕方なかったのだろうけれど。
「……あなたはここで、何をしていたのですか?」
長く間を置いて、ようやく言われたのはそんなことである。
アベルはかすかに間を置いた。挑むようにルーズベルトを見ると、ルーズベルトのどこか疑う目と視線がぶつかる。
「……ここで? 今はつまらない会話しかできない仏頂面の男と、なんにも楽しくない時間過ごしてますけどぉ?」
あえて外した物言いだ。気付いたルーズベルトは、今度は不愉快だと言わんばかりに眉を寄せた。
「十歳で死んでいなかったことは不可解ですが、あのあとあなたの遺体が消えていたことから一旦納得しても良いでしょう。しかし、それからあなたがそんな推察が出来るほど学べるはずがありません。どこで学び、どのように生きて、どうしてマクィア国に居たのですか? よもや、復讐をお考えで?」
「ははっ、だからおとなしくついて来たんだろうって?」
つまらなそうに深く椅子に座っていたアベルは、薄く嘲笑を漏らすと、今度はぐっと体を前に倒した。自身の腿に肘をつき、ルーズベルトを上目に見る。
「そうだって言ったらどうする?」
「……納得します。あなたは、オルド・フィリップの死を忘れていません」
先ほどよりも、うんと重たい間が落ちた。アベルの目に剣が募る。しかしそれも一瞬だ。ルーズベルトがぞくりと背を強張らせた瞬間には、アベルはにこりと笑っていた。
「オルドさんはいい人だったな。父親みたいで俺は大好きだったよ。おまえたちが殺さなかったら、今も一緒に生きていただろうな」
ガタゴトと馬車の車輪が回る。特に騒がしい音ではないが、二人の間に流れる沈黙の中では、その微かな音はあまりにも大きい。
ルーズベルトは否定も肯定もしない。いつまでも言葉を返さないルーズベルトに、アベルはハッと乾いた息を吐く。
「ルーズベルト、ここでの沈黙は肯定だ。復讐をするかもしれない男に、殺害の自白はするべきじゃない」
アベルは冗談めかして言ったが、声色には鋭いものがあった。
やがて、沈黙を貫いていたルーズベルトが固く閉ざしていた口を開く。
「……どうせ知ることになるのです、あなた以外の後継候補者をお教えいたしましょう」
話題を変えたかったのか、あるいはその情報を得たアベルの反応を見たかったのか。ルーズベルトの考えることだ、どうせろくなことではない。察して、アベルはまたしても車窓から外を眺めていた。
「……候補者は全部で七名おります。もちろん、ユセフ殿下も含めて七名です。そのほかは、第一王子であるアベル殿下、ベルグ侯爵家の嫡男リドニス様、ウィッドニー伯爵家の次男サクリス様、サイエン伯爵家のご兄弟ジルデオ様とイズリコ様、最後に、シュナイゼル家より、カイン様です」
「……シュナイゼル家? 爵位がない女にも手ぇ出してたのかオトウサマ。万年発情してる男は違うねぇ」
「慎みなさい。いくらアベル殿下といえど、陛下を侮辱することは許されません」
「……この発言が侮辱だって分かってんなら、種まき散らすことを止めてやればいい。それをしないということはどう思われるかを分かった上でやらせてるんだろ? 文句言うなよ」
国王は色狂いだ。特に綺麗な見た目の女には目がなく、アベルの兄弟は数えきれないほど存在する。
アベルの唇がゆるりと弧を描いた。それはアベルにとってはまったくの無意識で、そしてルーズベルトはそれを見逃さなかった。
しかし次にはまるで幻であったかのようにいつもの表情に戻り、アベルはつまらなそうに本を開く。ルーズベルトが何かを言うことはなかったが、その目だけはやはりずっとアベルから離れることはなかった。
道中会話は無かったが、ルーズベルトが一度だけ「それは東洋の本ですか」とアベルに聞いた。文字は読めないが、そちらの文字であることは分かったのだろう。黙々と本を読んでいたアベルは目を上げることもなく、まるで独り言のように「有名なラブストーリーだよ」と質問の回答にもならないような言葉を返しただけだった。
それからも二人には会話もなく、馬車が王宮に着く頃には、アベルはその本を読み終えていた。




