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虚構の戴冠  作者: 長野智
第3章

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 その頃カインは、アベルの隣の部屋で、少しだけ開けた窓から外を見ていた。


 少し前までユセフが居たのだが、アベルが着替え中だと言えば少し話して立ち去った。だから今は誰も居なくて、カインはただとある二人を観察している。


「また離宮に来たんだな」


 サクリスが厳しい声でレイティアの腕を掴む。


 離宮の裏口付近でのやり取りである。二人の立場上、衛兵は見ないふりをしているようだ。カインの部屋は端っこで裏口に比較的近いところにあるために、二人の様子がよく見えた。


 おそらくレイティアはこのあとカインの部屋に来ようとしたのだろう。いつまでもカインが動かないから痺れを切らしたに違いない。


「サクリス様にお会いしたかったんですもの」


「本当か? この間はオレが居ない間に離宮に来ていたじゃないか」


「どうして疑いますの? 機嫌がよろしくないのかしら」


 レイティアは掴まれた腕をそっと外す。


「あの第一王子に会いに来たんじゃないのか? レイは王妃になりたいようだからな」


「……何をおっしゃっておりますの?」


 第一王子と聞いて、カインも不思議そうに首を傾げた。


 どういう思考回路で、レイティアがアベルに会いに来ていると思ったのか。カインでは到底繋がらない思考のため、考えても分かりそうにもない。


「あの男がレイを脅しているんだろう? レイ、無体を強いられているんじゃないのか」


「違いますわ。わたくしはサクリス様に……」


「そう言えと言われたのか? そうでもないとレイがオレ以外に会いに来るわけがない。レイが浮気なんかするわけがないからな」


 それとも、浮気をしているのか? そう続けたサクリスは、再びレイティアの腕を掴んだ。


 力が強い。レイティアはその痛みに顔を歪めるが、サクリスが離すことはない。


「そのようなことしておりません!」


「ではなぜ結婚してくれないんだ! オレのことが好きならもう結婚してもいいだろう! それなのにレイはいつものらりくらり……!」


「痛いですわ! 離してくださいませ!」


 ヒートアップする二人を尻目に、カインは依代を取り出した。


 依代には『溶』と書いている。カインは依代越しに二人がまだ言い合いをしているのを一瞥し、『溶』の文字を親指で二度ほどなぞった。


 すると文字がややにじむ。それを確認し、カインはふっと息を吹きかける。


「きゃあ!」


 レイティアが甲高い悲鳴を上げた。


 次には「何ですの! 痛い!」とサクリスにしがみつく。


「どうした……?」


「助けてくださいませ! い、痛いですわ! お腹が、熱い!」


 レイティアのエプロンに挟まっていた紙が、ドロリと溶けていた。それは服を溶かし、レイティアの肌を焼く。


 腹から脚へ。伝いながら広がっていくそれに、何が起きているのかも分からないレイティアはただ、サクリスに縋ることしかできない。


「痛い! 助けて! お願い!」


「レイ、な、なんだこれは……どうすれば……!」


 レイティアの悲痛な悲鳴が響く。肌を直で溶かされる感覚は激痛以上のものだろう。


「レイ、大丈夫だ、一旦座って……」


 レイティアの脚から力が抜けた。神経が溶かされたのかもしれない。サクリスはとっさにレイティアを支え、そっと地面に横たえた。


 レイティアは苦痛にもがいている。サクリスには何もできない。そんな二人をじっと見ていたカインは、突然持っていた依代を真ん中から破いた。


「ッ! あ……痛い、痛いですわ、サクリス様……脚が、動かなくて……力が入りませんの……!」


 レイティアを溶かしていたものは、すで肌から消えていた。サクリスはそれを確認し、自身が羽織っていた服をレイティアの腰元に掛ける。


「立てそうか?」


「た、立てません……脚が、脚が……」


「大丈夫ですか!」


 レイティアの悲鳴を聞いて見ないふりも出来なくなった衛兵が、心配そうに問いかけた。


 サクリスは睨むように衛兵を見上げる。


「気にするな。持ち場に戻れ。転んだだけだ」


「あ……はい、申し訳ございません」


 衛兵は申し訳なさそうに戻って行く。途中、二人のところに向かおうとしていた衛兵にも事情を説明し、引き連れて戻っていた。


 そんな衛兵たちを見送ったサクリスは、先ほどとは打って変わって、やけに穏やかな笑みをレイティアに向ける。


「レイ、もう王宮の使用人は辞めよう。立てないから仕事はできないだろう。大丈夫だ、オレが養ってやれる」


 痛みに耐えていたレイティアは、ピタリと動きを止めた。


 ぎこちなくサクリスに目を向ける。聞き間違いかと、そう言いたげな表情だ。


「……何を、言っておりますの……?」


「安心しろ、オレはレイが動けなくなったからといって愛を失うような薄情な男ではない。ラングラン公爵には、後継者候補を降りたとオレから説明するよ。王にならなくても、ベルマン侯爵家と繋がりを持てたと分かればラングラン公爵も喜んでくれるさ」


 レイティアをそのまま抱き上げて、サクリスは上機嫌に離宮へと入っていく。


 おそらく自分の部屋へ連れて行くのだろう。レイティアは微かに震えていた。しかしカインは途中から興味もなくなり、そっと窓を閉めた。

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