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虚構の戴冠  作者: 長野智
第3章

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      *




 王妃はある日、桐谷清十郎という東洋人に、処刑の場で突然呪われた。


 桐谷清十郎という男はなかなか読めない男だった。複数の刃先が向けられているというのに命乞いをすることもなく、むしろ挑発をするように笑みを浮かべ、そして焦りも見せず王妃に告げた。


「おまえに呪いを与えよう。俺の子はカイン、彼を殺すかもしれないそこの危険因子に、七倍の復讐を与える」


 王妃は自身の腹に触れた。


 途端、気分が悪くなった。吐き気がして、座っていることも出来ず、王妃はその場から退席となる。


 国王は早く殺せと、兵士をせっついた。


 しかし。


「……陛下、死んでおります」


 桐谷清十郎は、王妃に呪いをかけたその姿勢、表情のままで息絶えていた。


 王妃の精神状態は、その日からゆっくりと壊れていく。


 腹が膨らみ、出産をするその日でさえ、朝から号泣し、「どうしてこの子がこんな目に」と何度も繰り返していた。


 そして生まれた子どもを見て、王妃は悲鳴を上げた。


 赤ん坊を投げ、助けてくれと暴れ始める。みな取り押さえることに必死だったが、正直、生まれた赤ん坊の髪の色を見て、周囲も気味悪がっていた。


 あの東洋人と同じ色をしていたからだ。


 この国では、闇色の髪の者など居ない。王妃があの日桐谷清十郎から言われた言葉を知る者は、「呪いなのだ」と察していた。


 王妃は気が狂いそうだった。


 不義の子ではあるが、それでも誰よりも愛した男との子である。その子が呪われ、そして何より、子は父親によく似ていた。


 国王にバレるかもしれない。


 王妃は呪いへの恐怖と、不義の子であることに気付かれるかもしれないという恐怖から、さらに心が不安定になっただろう。


 王妃は子を隠した。国王には「あんな髪色の子を外には出せない。死んでしまったと公表するしかない」と伝え、国王と子を会わせないようにした。


 国王も、周囲の噂から髪色の件を知っていたから、会うまでもなく王妃の言葉が事実であると疑うこともしなかった。それよりも、王妃が不安定になっていることに気を遣い、子を幽閉することに賛成した。


 その時点でアベルを殺さなかったのは、王妃が「幽閉する」と言ったからだ。


 かくして、アベルは生まれてすぐに、幽閉されることとなった。


 アベルのそばに居たのは、オルド・フィリップという男だ。


 物心ついたときからアベルのそばに居て、いつもアベルの相手をしてくれた。文字の書き方、読み方、ひと通りの教養を教えたのもオルドである。


 幽閉棟は狭く、窓もない。アベルが「外を見たい」とわがままを言えば、夜中にやってきて、衛兵の交代時間に、幽閉棟の前までだが、抱きかかえて少しだけ外に出してくれた。


「ねえオルドさん。俺はいつになったら外で暮らせる?」


 アベルが五歳の頃。アベルは純粋に、オルドにそう問いかけた。


「……実は今、アベルのために外に家を用意しているんです。完成したら、そこで一緒に暮らしましょう」


「……本当に? 俺、オルドさんと二人で暮らせるの?」


「そうですよ。そこで暮らし始めたら、たくさん遊びに行きましょう。連れて行きたいところが山ほどあるんです。きっと楽しいですよ」


「うん! 俺、オルドさんと一緒に行く!」


「ただし、この話は内緒です」


「分かった。いつになったらおうち完成する?」


 アベルの言葉に、オルドは少々悩むように腕を組む。


「そうですね……少し遠いところになるので、完成はかなり先になるかもしれません。完成までに僕が確認に行ったり、調整したり、距離があってどうしてもタイムラグが生まれるので……あと五年ですかね。アベルが十歳になったら、一緒にここを出ましょうか」


 あと五年。アベルはそれから先、ずっと大好きなオルドと一緒に居られるのならと、幽閉棟での退屈だった暮らしも一気に楽しく思え始めた。


 オルドは嘘のない男だ。誠実で、優しくて、アベルにとびきり甘い。オルドから聞く外の話もワクワクするものばかりで、それが直接自分の目で見られるようになるのかと、待ち遠しい日々が続いた。


 イレギュラーが起きたのは、アベルが八歳の頃だった。


「あれ? ここ、なに?」


 幽閉棟に、突然知らない少年が入ってきた。


 ちょうど衛兵の交代時間で、誰も立っていなかったのだろう。


 やってきた少年は、アベルを見て目を丸くする。


「わあ、綺麗な目。……あれ? 精霊が居なくなっちゃった」


「……誰?」


「ぼくはユセフ。六歳。あなたは?」


「アベル。八歳」


 幽閉棟の中、牢に閉じ込められるように居るアベルを見て、ユセフは心底不思議そうだった。


「ねえ、何してるの?」


「……何をしてるように見える?」


「? えっと、遊んでるの?」


「遊んでないよ。……ユセフって、王子でしょ? 俺の弟」


「え! お兄ちゃんなの?」


 ユセフは牢のすぐ近くに座り、出来るだけアベルの近くにやってきた。


「ねえ、どうしたら一緒に遊べる? もっとこっちに来てほしい。ぼく、お兄ちゃんと遊びたい」


「俺は遊びたくない。……ユセフ、精霊は? いないの?」


「うん、居なくなっちゃった。どこ行ったんだろ」


「俺のことが嫌いなんだよ。俺、呪われてるんだって。精霊が居たら、どんな呪いか教えてほしかったのに」


 ユセフはまん丸な目をして、首を傾げた。


「のろわれてる?」


「そうだよ。俺は呪われてる。だけどその呪いが分からないなら、おまえに用はないよ」


「どうして? もっとお話したい」


「俺はおまえに興味ないなんだから、時間の無駄」


「ユセフ殿下!」


 バタバタと騒がしく入ってきたのはルーズベルトだった。


 牢の前に座るユセフを見て、慌てて立ち上がらせる。


「ここに入ってはいけません! 妃殿下にも言われているでしょう! 行きますよ」


「やだ! ぼくお兄ちゃんとお話しする!」


「お兄ちゃん……?」


 ルーズベルトが振り返る。目が合ったアベルは、牢の中でニヤリと笑っていた。


「ルーズベルト、はじめまして。ユセフのお兄ちゃんのアベルです」


「……なぜ、そのことを」


「なぜだと思う?」


 ルーズベルトは一瞬考えたが、子どもの戯言とでも思ったのか、何も言わずにユセフを連れて立ち去った。


 アベルはただオルドから聞いていただけなのだが、そもそもオルドがアベルと関わりを持っていることは広く知られていない。ルーズベルトの耳にも入っていなかったのだろう。


 その後、やってきたオルドにその出来事を伝えると、オルドは困ったように笑っていた。


「あまりからかってはいけませんよ。怪しまれて、出られなくなっては困りますから」


 それでもやっぱり怒らないオルドに、アベルはご機嫌にうなずいた。


 やがてアベルは十歳になり、とうとう幽閉棟を出ることになった。オルドが「深夜に来るから絶対に起きていてください」と言っていたから、アベルは昼間のうちにたくさん寝て、準備も万端である。


 必要なものはこっそりまとめておいたため、オルドがやってきたのを見て、アベルはすぐに外に出ることが出来た。


 二人で手を繋いで幽閉棟の外を歩く。夜中であるためひと気はない。


「ねえオルドさん、どこから出るの?」


「実はね、王宮には抜け道があるんです。庭園の裏にあるそうなので、そこから出ましょうね」


 小さな声で会話をしながら、二人は物音を立てないように慎重に歩いていた。


 アベルにとっては外の空気も新鮮で、夜風も気持ち良い。そしてオルドと手を繋いで歩けるというだけで幸せで、すでに胸がいっぱいだった。


 二人がこそこそと歩いていると、ちょうど庭園を抜けるかというところで、犬の鳴き声が聞こえた。芝生を駆ける音もする。気付いたオルドは、とっさにアベルを抱きかかえた。


「オルドさん?」


「逃げますよ」


 オルドは振り返ることなく、全力で駆け出す。


 しかし犬の足から逃げられるはずもない。すぐに追いつかれて、オルドの背中に犬が飛びかかる。


「オルドさん!」


「アベル! 目を閉じなさい! 耳もふさいで!」


 オルドの背中に複数の野犬が嚙みついていた。オルドはアベルを守るように抱きかかえ、地面と自身で隠している。苦悶の表情を浮かべているが、決して苦し気な声を出すことはない。


 むしろ心配そうなアベルに「大丈夫ですから」と何度も伝えていた。


「アベル……いいですか。僕はアベルが、大好きですから……だから、どうか、生きてください。行き先は……ポケットに……」


 オルドの体から力が抜ける。下に居たアベルは重たいということよりも、オルドが動かなくなってしまったことが気がかりで、ついオルドの体から外に出てしまった。


 アベルに気付いた野犬が、勢いよく飛びかかる。


 そこから、アベルには記憶がない。


 気がつけば誰も居なくて、オルドだけが倒れていた。


「オルドさん?」


 オルドの背中は血まみれだった。肉が裂かれ、骨がむき出している。


「オルドさん!」


 呼びかけてもオルドは起きなかった。揺さぶっても目を開けない。


 やがてどこからか足音が聞こえた。


 アベルは泣きながらも、オルドが言っていたポケットを漁る。


 紙が出てきた。住所が書かれている。それをしっかりと持って、近くの植え込みに身を隠した。


 アベルはじっと、静かに泣きながら、植え込みからオルドを見ていた。アベルはどうしても、オルドとそこでお別れをしたくなかったのだ。しかしやってきた大人たちが、オルドを引きずるようにしてどこかに連れて行ってしまった。


 どうしてアベルは死んでいないのだろうか。アベルだって野犬に噛まれたはずだった。


 どうしてアベルは、オルドと一緒に逝けなかったのだろう。


 どれほど泣いてもオルドは戻らなくて、アベルは数時間後、明るくなる前に一人で王宮から抜け出した。




「オルドさん。俺は絶対に許せなかったんだ。こいつが、オルドさんを殺したこと」


 アベルは、ルーズベルトの書斎の通気口から、ルーズベルトの死体を落とした。


 仰向けに叩きつけられた死体が軽く跳ねる。アベルは感情もなくその様を見下ろしていたが、すぐに通気口を閉め、その場を離れた。


 音を聞きつけて書斎に入ったのか、遠くから衛兵の騒ぐ声が聞こえた。ルーズベルトの死は王宮ですぐに話題になるだろう。


 アベルは自身の部屋に戻ると、その日はもう何もやる気が起きなかったのか、ベッドに横になり静かに目を閉じていた。

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