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虚構の戴冠  作者: 長野智
第2章

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     *




「レイ、どこに行ってたんだよ」


 レイティアはその日、使用人として王宮でまったりと働いていた。ベルマン侯爵家の令嬢であるために、ほかの使用人も扱いが難しいようだ。そのためレイティアはあまり仕事に追われない。サクリスと話していても咎められることはないし、今も周囲の使用人仲間は気付けばどこかに消えていた。


 レイティアはサクリスに腕を掴まれ、驚いた顔で振り返る。


「まあ、サクリス様。また来てくださいましたのね」


「レイ、誤魔化さないでくれ。……昨日、離宮に行っていただろ。誰に会いに行ってたんだ。オレは昨日、毒の件で最後まで王宮に拘束されていて、あの時間は離宮に居なかった」


「サクリス様に会いに行きましたのよ、それなのにおりませんでした」


「……俺が王宮に居たのは、王宮で働いているレイなら分かっていたことだろう? 言えないのか? 候補者の中に魅力的な奴でも居たのか」


 サクリスの目に炎が宿る。


 レイティアは昔からその目が大嫌いだった。レイティアのことを恋人のように思い、独占し、嫉妬し、まるで自分のものであると疑わない目である。


 死ねばいいのに。そんな想いを込めて、レイティアは美しい笑みを浮かべる。


「サクリス様以上の方なんておりませんわ。サクリス様が離宮にいらっしゃらないことを、本当に知らなかっただけですの」


 愛らしく眉を下げるレイティアを見て、サクリスは珍しく絆されることなく難しい顔をしている。


「……レイ。怖い思いをしているなら教えてほしい。今度は誰に脅されたんだ。オレのことを心配して言わない健気さは理解しているが、レイが悲しい思いをすることだけは耐えられない」


 サクリスは拳を握りしめ、怒りを覚えているようだ。


 しかしレイティアは笑みを浮かべたまま、


「本当に大丈夫ですのよ」


 そんな本音を伝えるのだが、


「分かった。レイは言わなくていい。オレが守るからな」


 サクリスから返るのは、見当違いな言葉である。そしてもうレイティアからは自分の求める答えが得られないと感じたのか、サクリスは拳を握りしめたまま、その場を立ち去った。


 サクリスの背中を睨みながら、レイティアがこぼす。


「本当はわたくしが自分のことを好きではないと分かっているくせに……受け入れようとしないあのプライドが、本当に気持ち悪いのよ」


 レイティアとサクリスが出会ったのは、レイティアが十歳、サクリスが五歳の頃だった。


 その出会いが、レイティアにとっての地獄の始まりである。


 蝶よ花よと育てられたレイティアは、幼い頃から美しかった。一方のサクリスも、五歳にしてすでに容姿が整っており、近しい年齢の令嬢からは常に熱い視線を向けられていた。


 二人が出会ったのは、ベルマン家でおこなわれたレイティアの誕生日パーティーである。


 そこで初めてレイティアを見たサクリスが、レイティアの美貌に一瞬で恋をした。それだけではない。恋をすると共に、女性から熱い視線を向けられることに慣れているサクリスは、レイティアも自分のことを好きなのだと疑いもしなかった。


 しかしレイティアの好みのタイプはサクリスのような優男ではない。レイティアは自身よりもうんと大きく、筋肉質で、はつらつとした笑顔の異性に惹かれるのだ。この食い違いが、いくつもの悲劇を生んだ。


 レイティアが恋をするたび、その異性はレイティアの前から姿を消した。どんなに隠れて恋を育んでもうまくいかない。気がつけば相手は消え、レイティアが取り残される。そしてサクリスが現れて、笑みを浮かべて言うのだ。


「レイ、もう怖くないよ。脅されていたんだろ? オレがレイを守るから」


 レイティアはいつしか、サクリスを殺したほど憎むようになった。


 ベルマン侯爵家に生まれながら、婚約者が一向に出来ない。すべてサクリスに邪魔をされ、サクリス自身がレイティアの婚約者になろうと求婚を繰り返す。


 レイティアが十八になると、レイティアの父も「これ以上は保留にできない。受け入れてくれるか」と、とうとうレイティアに持ち掛けた。


 だからこそレイティアは、「サクリス様に相応しい淑女となれるよう、王宮の使用人として花嫁修業をしてまいります」と、王宮へと逃げ出した。




「随分怖い顔をしてるじゃないか、ウィッドニー」


 離宮に向かう道すがら、サクリスは突然声をかけられた。


 それは王宮を出てすぐ、庭園に出た直後である。


「……ベルグ、生きてたか」


「期待に添えなくて悪かったな」


「オレがやったとでも思ってるのか?」


 心外だとでも言わんばかりの目。その色に、リドニスも眉を揺らす。


「……用がないのならオレはもう行く」


「まあ待て。最近、ベルマン令嬢が離宮に出入りしているだろう。気になっているんじゃないのか」


 その場を離れようとしたサクリスの足が、不自然に止まる。


「おれも彼女の動きが怪しいと思っていてな。ベルマン家には毒草がある。そして、茶器を用意したのもベルマン令嬢であると情報も入っている」


「オレのレイを疑っているのか」


「誰かに指示された可能性は高いだろう」


 サクリスは勢いよく振り向いた。


「……脅されているかもしれないと」


「その通りだ。……ウィッドニー、おまえ、ベルマン令嬢に『王になったらすぐに使用人をやめて結婚をする』と条件を出されているんだろう?」


 レイティアにそう言われたからこそ、サクリスは絶対に王になるのだと息巻いている。


 サクリスは肯定するようにうなずいた。


「彼女は『王妃になること』に執着しているのかもしれない。だからおまえとの結婚も長引かせて、本当はユセフ殿下との結婚を狙っていたという可能性もあるだろう。だから王宮にやってきたと思えば辻褄も合う」


「馬鹿な。レイは恋よりも権力を選ぶような女じゃない。それに、ユセフ殿下は顔も分からないじゃないか。そんな相手と権力のためだけにレイが結婚をしたいと思うはずがない」


「それはおまえの願望だ。……考えてもみろ、離宮には死から蘇った第一王子が居る」


 サクリスの眉がぎゅっと寄せられた。


「ユセフ殿下は厳重に守られていて狙えないと分かったベルマン令嬢が、離宮に居て簡単に会えるアベル殿下に狙いを変えるのは自然な流れだ。王家の血を継いでいるという点で、第一王子はほかの候補者よりもやはり頭ひとつ抜けていると思わないか。そしてティーパーティーでのあの余裕の態度。すでに何かが決まっているのもしれない」


「……たしかに、あの態度には違和感がある」


「だが、それを逆手にアベル殿下に脅されている可能性もあるだろ? アベル殿下は計り知れない」


「……それをなぜオレに教える? おまえは王座に興味がないのか」


「残念ながらない。おれは生きて帰るために、出来るだけ危険因子を確認して避けたいだけだ」


「なるほどな。オレが王になることに協力をして、守ってもらおうという魂胆か」


 リドニスは何も言わないが、それを肯定と受け取ったのか、サクリスはふっと口の端を吊り上げた。


「いいだろう。オレに情報を寄越すなら、オレがおまえにとって危険となり得る相手を殺してやろう。もともと、俺のレイを脅したかもしれない第一王子はその対象だ」


「……だが、あの王子は死なないらしい」


「言っているだけだ。死なない人間など居るわけがない」


 また何か分かったらオレのところに来い。鋭い目をしたサクリスは、決意したような強い足取りで離宮へと戻って行った。


 それを見送っていたリドニスが最後、「馬鹿は扱いやすくて助かるな」とつぶやいた言葉は聞こえなかったようだった。

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